子供たちと森の主⑮
「すみませーん」
僕は、この村、オーティウムで薬農家をやっているチェルシーおばさんの家の前で、ノッカーを叩きながら呼びかける。
不在かもしれないし、家に居ても直ぐには出てこれないかもしれない。
もう一度だけ、と思って僕はノッカーを叩いた。
「すみませーん、留守でしょうか」
「何か御用ですか?」
背後から聞こえた声に振り返ると、一人の女性が立っていた。
その人物は日の光を反射してキラキラと光る金髪を腰まで伸ばし、頭には大きな麦わら帽子を被っていた。
オーバーオールに長袖のシャツを着て、その所々が土に汚れており、何かの作業をしていた事が分かる。
僕はその人物を知っていた。
「お久しぶりです、チェルシーおばさん」
そう言った刹那、僕の背筋に寒気が走った。
チェルシーと呼ばれたその女性は、目にも止まらぬスピードで僕の目の前に屈みこんでおり、お互いの息遣いさえも感じる程に顔を近づけて微笑んでいた。
その顔に、得も言われぬ恐怖を感じた僕は、一歩後ずさろうとして、それができない事に気付く。
僕の左肩をチェルシーが掴んでいるのだ。その膂力は凄まじく、肩からミシミシという不穏な音まで聞こえてくる。魔力で硬化させているのに、正直、かなり痛い。
そんな異様な空気を放つチェルシーは、笑顔のまま言う。
「お姉さん。ですよね?」
「は、はい、言葉を間違えました、チェルシーお姉様」
僕の肩が、再度不気味な異音を発した。このままだと骨がまずい。
「それも違いますよね? お姉様だと『あ、この人お高くとまっていて、もしかして結構年齢上の人なのかなぁ』って思う人もいますよね?」
「は、はい、すみません、チェルシーお姉さん」
「大変よろしい」
そう言うと、先ほどまでの威圧感と尋常ではない肩の痛みは綺麗さっぱりなくなり、温和な雰囲気となった。
「それで? ヨハン君はどうしてここにいるのですか?」
「はい、それが、ある植物を探していまして、チェルシーお……姉さんであればご存知かと」
「植物? つまり薬草の類という事ですか? それならペトロの方が詳しいと思いますけど」
「はい。そうなのですが、今、父は体調を崩しておりまして……」
その時、一陣の風が僕の前を通り過ぎた。
チェルシーの姿は家の中へと掻き消え、その家の中から嵐が起きているような音がする。
予想だが、家で何かを捜索しているのだろうか。時折陶器が割れるような音も聞こえてくるので、色々と心配になるが。
しばらく待っていると、部屋の扉から白銀のドレスアーマーを着こみ、抜身の片手剣を携えたチェルシーが出てきた。
「さあ! いきますよ! ヨハン君!」
その爛爛と輝く灰色の目、いつも見る農家然とした姿とは違う、覇気溢れる姿に僕は混乱してしまって、ただただ疑問を口にするしかなかった。
「え、いや、どこにです!?」
「あのペトロが怪我を負うだなんて、余程の強敵が現れたに違いありません! 村の危機に立ち上がらなくて何が貴族か! さあ! 貴方も剣を持ちなさい!」
「ええ!? あの……別に父は……その……それに貴族……?」
「何を躊躇う事がありますか! 確かに敵は強いかもしれません! ですが! 貴方の父は強大な敵に引いた事がありますか!? そんな姿を見た事がありますか!?」
「あ、え? あの、いや、ないですけど……」
「ではまいりましょう! さあ勇気ある者よ! 私に、世界に、愛に! 剣を捧げるのです!」
僕は、チェルシーさんの目が本気過ぎて何も言えないでいたが、そこに馬の蹄の音と共に、声が聞こえてきた。
「お兄様!? え、これどういう状況?」
シモンだった。
見やると、馬に乗った村長が見える。シモンは村長の馬に同乗しており、驚愕に目を見開いている。
いや、もちろん村長も目を見開いているのだが、どうやら僕たちと驚く場所が違ったようだ。
「その鎧の紋章……マーダーという家名はやはり偽名であったか……」
その言葉にどれほどの意味があるのか。チェルシーさんの目は、先ほどまでの爛爛とした瞳から、静かで、冷たく鋭利な闇を感じさせる静謐な瞳に変わった。
「なんのことでしょうか」
その声は、暗に「これ以上その事を話すな」という事だろうと、ヨハンにもわかる威圧感を持って発せられていた。
重くなっていく空気、そんな中、シモンの一声が静寂を払う。
「とりあえず! ちょっとお話したいから中にいれてよチェルシー姉!」
そうして、僕たちはチェルシーさんの了承を得て、居間まで案内された。




