子供たちと森の主⑭
その様子はもちろんシモンも気付いたようだ。
恐らく、彼女の計画としてはこちらの戦況が好転し落ち着いたら、遠回りをしてこちらに向かってくる予定だったのだろう。
そうして遠回りの移動を相手に強いる事によって、移動中にベズィーの射撃で数を減らし、コギル達の危険を少しでも減らそうとしたのである。
だが、それも移動の速度がシモンと同じかそれ以下の相手に通じる戦法であって、移動能力の高い騎兵となると遠回りをしていると追いつかれてしまい、結果一人で戦闘をする事になってしまう。
つまり、この戦術はシモン以外の安全度は高いが、その分シモンは一方的に危険であると言える。
誰一人失いたくないという気持ちが、この戦術を選ばせた事は想像に難くない。
シモンの声が通信機越しに聞こえてくる。
『ごめんみんな! ちょっと誤算! そっちに直線で向かうから、援護出来る人はお願い!』
その声に焦った様子はないが、それでも余裕はない事は伝わってくる。
見やると、こちらに全力疾走してくるシモンと、それを追う騎兵達が見える。
速度は、同等、いや、僅かに騎兵の方が早いようだ。
騎兵に速度で拮抗するというあたり、シモンの尋常ならざる力を感じるが、それでもこのままだと途中で追いつかれてしまうだろう。
ヨハンは、数匹残ったゴブリン達の殲滅をコギルとトーアーサに指示し、ベズィーとポルルにはシモンへの援護を指示する。
その脳内では、またもや過去の記憶がフラッシュバックを起こしていた。
〇〇〇
父が病に倒れて一週間が経過した日の事だった。
依然体調がよくならない父。まだ6歳だった僕たちは、どうしていいかわからなくて悶々と過ごしていた。
そんな中、書斎からシモンが飛び出して駆けてくる。
「お兄様! これ!」
差し出してきたのは、父が手書きで書いた一冊の本である。
どうやら何かのレシピが走り書きで書かれている様子だった。
「万病に効く薬?」
「そう! これきっと万能薬の事じゃない!?」
シモンがやけに前のめりだが、もちろん僕も父の体に少しでもいい影響が出るものが存在するならば、それを取りに喜んで死地にでも向かうだろう。
その本をパラパラとめくってみると、喉に聞く飴という物や、腹痛と歯痛に効く丸薬の事などが書いている。
主にカンポウという薬草から作るという事だが、聞いたことのないものも多かった。
僕はまず、シモンに質問してみる事にした。
「これ、いくつか聞いたことのない植物が材料に入っているようだけど、植生はわかるの?」
「その本の後ろの方に植生地がわからないものは『植生地不明』ってかいてあって、他の本も見ているけど、アセンヤクっていう薬の元になるガンビールノキっていう植物の情報が無いと思う」
その答えを聞いた僕は、再度万病に効く薬のページに視線を落とす。
成分はアセンヤク、カンゾウマツ、ケイヒ、チョウジ、ヤクチ、シュクシャ、モッコウ、ショウガ。
それらを植物性の油でまとめて、保存のために銀箔で覆って丸薬にすると書いている。
今回は油でまとめる必要も、銀箔で覆う必要もないだろうから、成分を纏めて食事に混ぜればいいと思われた。
けれども、殆ど聞いたことのない名前で、どうすれば手に入るかよくわからない。
その答えを、シモンが知っているようだ。
「お兄様、そこに書いている殆どの物は菜園で育てているし、近くの林にお父様が植林してるみたいだよ。例えばケイヒっていうのは、調味料として育ててるシナモンの木の皮を使うみたい。なんだったらシナモンで代用できるかも?」
「そうなのか。情報が無いのはガンビールノキっていう植物なのか。けど、名前から調べるって大変じゃないか?」
「さすがにそれは難しいって思って探してたんだけど、これ! 見てみて!」
シモンから植物の絵が描かれている別の本が手渡される。
その絵の隅に、『ガンビールノキ』と書かれていた。
「実は丸くて、毛が生えてる感じなのか。この辺りでは見かけない感じだね?」
その本のに書かれている文字は父の書いた筆跡で間違いなさそうだった。父は絵心まであったのだろうか、それとも描いたのは別の人物なのか。
これがもし、父以外の人物が描いたのであれば、ガンビールノキなる植物を知っている人物は父だけではないと考えられる。
とはいえ、流石に父といえど誰も知らない植物を父だけが知っているなどという事もあるまい。村の人にでも聞いてみるべきだろうか。
僕はシモンに確認してみる事にした。
「わかった、シモンはこの植物を探して、万病に効く薬を作りたいって思ってるんだよね?」
「もちろん!」
「じゃあ、プランはどう立ててる?」
「まずは村の人にこの絵を見せて情報を探す。なければお父様にも確認して、アブセンスに使いを出してもらう。でも危ないって止められる可能性があるから、お父様に知られるのはなるべく避けたい」
なるほど、と僕は顎に手を置いて考える。
大体僕とシモンのプランは同じだった。
「わかった。じゃあ、すぐに行動を開始しよう」
「さすがお兄様! 判断が早い! 私は村長の家に行ってみるね!」
「了解、僕は薬農家のおばさんの所に行ってきいてみるよ」
そうして、6歳だった僕たちの小さな冒険が始まったのだった。




