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子供たちと森の主⑫

 リビングには、花崗岩でできたソファテーブルの周りにコの字を描くようにソファが並べられている。

 僕とシモンは、対面になるようにソファに身を沈めた。

 ソファは水牛革の製品で、非常に丈夫なのだが柔らかく、心地よく体を預ける事ができた。

 ソファの肘掛けをそっと指先で撫でると、ひんやりとした革の表面が優しく指先に感覚を返してくる。

 しかし、今はその感覚を楽しんでいる時ではない。シモンと話しをしなくてはならないのだ。

 だけれど、何から切り出せばいいのか僕にはわからなくて、視界をうろうろとさせてしまう。

 それはシモンも同じなのか、彼女は何かを考えるようにテーブルを見つめていた。

 僕は兄として先に声をかけようと口を開きかけたが、彼女のほうが早かった。


「さっきはごめんね、お兄様」


 こういう時、僕はどうしても一歩踏み出すのが妹よりも遅れてしまう。

 もっと頼りになる存在になりたいのに、そうなれない自分。いや、妹の事を認めているからこそ、妹に頼りにされたいという願望なのだろうか。

 それとも、自分が妹よりも劣っているかもしれないと恐怖しているのか。

 そのどれでもないようでいて、どれも当て嵌まるような、曖昧な自己認識。

 自分に嫌悪感を感じそうになって、それを振り払うように、僕は口を開いた。


「僕の方こそ、ごめん」


 その言葉の後、沈黙が訪れた。

 まるで空気にかかる重力だけ変化したように、重い何かが空間を支配している。

 その何かは、重いだけじゃなくて硬いのだ。さっきまで手持ち無沙汰に肘掛けを撫でていた指先も、その空気の硬さに動く事を躊躇っている。

 見えない何かに拘束された体の内、唯一自由に動く眼球を妹に向けて観察してみる。

 彼女は、どう思っているのだろうか。僕にどうして欲しいだろう。

 相変わらずテーブルを見つめる彼女は、何かを伝えようとしているのは明白だ。

 でも、切り出し辛いと感じている、それはわかる。こちらも同じだからだ。

 なんとかしなきゃいけない、妹の為に、彼女の為に、僕も一歩を踏み出さなきゃいけない。

 その気持ちが体をやや前のめり動かし、口を動かす力となった。


「「あのさ」」


 まるで斉唱(ユニゾン)のように二人の声が同時に重なり、僕も妹も呆気にとられた顔になる。

 すると、腹の奥から不思議な痙攣を感じた。

 体全体をゆする様な、喉の奥をつつくような。

 その感覚を堪えていると、表情筋にも力が入り、口角が自然と上がっていく。

 どうやら、その症状は妹にも表れているらしく、口角は上がり、少し前のめりになってお腹の辺りに手を添えて何かを堪えている。

 数秒後、僕たちはその衝動を堪え切れなくなって、衝動の赴くままに大声で笑ったのだった。

 妹は左手で腹を抱えて、右手はソファの肘掛をバンバンと叩き、目尻から涙さえ浮かべて大笑いしている。

 多分、僕もそう変わらないだろう。両手でお腹を押さえて前かがみになって笑っている僕の頭蓋には、二人の笑い声が大きく反響していて、もう何も考えられなかった。

 何も考えられないし、悩みや恐怖、恥ずかしさなども全て無くなってしまった。

 今僕たちの頭の中にあるのは、きっと二人の笑い声しかないと、根拠はないけれど確信できる何かがあったのだ。

 ひとしきり笑いの衝動に身を任せた二人は、すっかり軽く、そして柔らかくなった空気の中で、お互いの目を見てどちらが話すか伺う。

 今度は、僕から話すことにした。


「なんかさ、僕は何を怖がってたんだろうね」


 その言葉に、妹の目には理解の色が浮かび、笑顔のまま口を開いた。


「そうだね、おかしいよね。私もさっきまで凄く怖かった。理解されなかったらどうしよう、拒絶されたらどうしよう。そんな事考えたってしょうがないのにね」


「ああ、そうだね。でも今ならわかる。僕もシモンも、お互いを理解したいって思ってるし、理解されたいって思ってる。受け入れて欲しいと願ってるし、受け入れたいって望んでる。だから、足りないのは気持ちをちゃんと伝えて、ちゃんと聞く事だったんだ」


 その言葉をきっかけに、僕と妹は今後の事について話し合った。

 得意不得意に関しては、僕の提案で当面役割分担をする事にした。

 後はシモンの提案で、父の書斎の本から治療に役立つ知識がないか捜索する事にした。

 そしてお互いのいい所、悪い所を言い合って、笑いあって、僕たち兄妹の仲直りは終わりを迎えた。


 そして、部屋に帰る階段の途中で、シモンは振り返ってこう言ったんだ。


「お兄様。私は苦手な事が多くて、お兄様程上手くできない事が多いと思う。でも、得意な事に関しては信じて欲しい。私なら出来るって、そう思って欲しい。お兄様が信じてくれるなら私、きっと頑張れるから」


 そう言った彼女のはにかんだような笑顔は、まるで内側から光が溢れているかのように見えて、僕は一瞬言葉を失った。

 それでも、ちゃんと答えなきゃと口を開いて──。


〇〇〇


 通信機に指を当てて、ヨハンは言った。


『シモン。僕は君を信じてる。だから、絶対に死ぬな』


 ゴブリンの群れに向かう彼女の背中に向けて、信頼を口にした。

 返事はかえって来なかった。けれどそれでいい。きっと聞こえているし、返事がなくてもお互いの気持ちが伝わっていると信じている。

 そしてヨハンは、ベズィーの下に向かって走りだした。

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