子供たちと森の主⑪
その後、辛そうな父親と一緒に三人で無言の食事をとって、誰も何も言わないまま自室に帰った。
僕はベッドの上で膝を抱いて座り、何も考えないように意識して視界を彷徨わせる。
けれど、頭の中では「このままじゃ駄目だ」という考えがぐるぐる回ってしまって離れない。
(シモン、怒ってるかな)
心の中で独り言ちた僕は、こういう時は尊敬する父の言葉を思い出そうと机に向かう。
父は言っていた、何かに悩んだら、問題点を書いてみるといいと。
僕は、まだ真新しいメモ帳を開いて思いつく事を書いていく。
紙面にサラサラとインクが走り、「シモンと喧嘩した」「薪が上手く割れなかった」「シモンの料理が上達しない」「父が病に臥せっている」と箇条書きされていった。
ここに、僕なりの答えを書いていく。
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・シモンと喧嘩した=仲直りする。
・薪が上手く割れなかった=上手くなるように練習する。
・シモンの料理が上達しない=コツを教えて、練習に付き合う。
・父が病に臥せっている=看病する?
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僕は、自分の書いた文字達と睨めっこをした。
書いた答えのどれもがしっくりと来ない。どの答えも正しいように思うのに、本当にそうなのだろうかと疑問が浮かぶ。
うんうんと苦悩する僕は、こういう時はもう一度父の言葉を思い出そうと、目の前のメモ帳から心のメモ帳へと思考を移した。
すると、程なくして父の声が心の中で聞こえてくる気がした。
『そうだな。ヨハンやシモンは能力がある分、難しい問題の解決も出来てしまうかもしれない。だけれど、基本的に問題の解決方法は一つとは限らない』
心の父は、メモ帳に書いた箇条書きを指さした。
『真正面から捉えた場合、真正面からぶつかる事になる。それでもきっと、お前なら解決できるだろう。だが、もし他の方法を知りたいなら、もっと細かく砕いてみるか、もしくは見る角度を変えてみる事だ』
その言葉に、僕は顎に手を当てて考える。
父の言った砕く、というのは恐らく細分化するという事だろう。もう十分細かく問題点を分けているように思う。
であれば角度だが。
少し悩んで、ある事に気付いた。この問題点は主観ではなく、客観であるのではないか。
そう思い、それぞれの立場に立って問題点を書き始める。
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・僕の考えや想いをシモンに理解して欲しい。
・シモンの想いや考えを理解したい。
・二人の考えを纏めて、最適な行動をしたい。
・僕は薪を上手く割る事が出来なかったが、手を抜いている訳ではない。
・シモンは料理を行う事ができなかったが、頑張っている。
・父が病に臥せっているので、力になりたい。
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問題点というよりも、願望が入り混じった箇所があったり、想いや状況を追加しただけだったりもする箇所があるのは僕も分かっているが、こうしてみると少し印象が違う。
だから、これに対して、状況を加味して答えを書いてみる事にした。
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・僕の考えや想いをシモンに理解して欲しい=落ち着いて伝える時間と場所を用意する。
・シモンの想いや考えを理解したい=落ち着いて伝える時間と場所を用意する。
・二人の考えを纏めて、最適な行動をしたい=落ち着いて伝える時間と場所を用意する。
・僕は薪を上手く割る事が出来なかったが、手を抜いている訳ではない=今上手くなる必要はないから、シモンと話し合って役割分担できないか相談する。
・シモンは料理を行う事ができなかったが、頑張っている=今上手くなる必要はないし、将来的にもシモンが上手くなる事を望んでいるかわからない。シモンと話し合って料理を僕が担当しようと提案してみる。
・父が病に臥せっているので、力になりたい=僕たちに医療の知識はない。だから生活を完璧にこなす事できっと父上も安心してくれる。シモンと話し合ってどう進めるべきか確認する。
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ここまで書いて、よし、という声が漏れる。
(つまり、僕が今やるべきことは、シモンと話す事だ)
そう心の中で答えを出して、シモンの顔を思い浮かべる。
口を引き結び涙をこらえて、それでも溢れる涙を憎むかのように皺の寄った眉間。
僅かに震える体は、まるで彼女の前髪を微細に揺らしている様に感じた。
(怒ってる、よね、やっぱり)
僕の決意は、胸中のため息と共に漏れ出していく。
それじゃあダメだ、頑張らなきゃ、と頭の片隅では思うのだが、心では現実から逃げ出したい気持ちが浸食していた。
どうして逃げ出したいのだろう、と不思議に思う。
喧嘩している事は事実だが、いずれ仲直りする必要はある。それに、話すだけじゃないか、何を躊躇う事があるんだ。
そう自問自答しても、直ぐには答えが出てこない。
怖いし、恥ずかしいし、なんとも言えない気持ちになる。
でも。
(僕にとって、シモンは絶対必要だ。今も、これまでも、これからも。だから絶対に分かり合わなくちゃいけないんだ)
そう心の中で決心して立ち上がり、部屋のドアを開ける。
すると、全く同時に、隣の部屋のドアも開いた。
僕の隣の部屋。つまり、シモンの部屋だ。奇しくも彼女も同時に部屋を出たのだ。
なんとなく気まずくなって、何も言えないでいると、彼女の方から話しかけてきた。
「お兄様、話があるんだけど」
彼女にしては自信なくもごもごと話すその言葉に、少し笑いそうになったが、それでも話してくれた事が嬉しい。
僕は答える。
「ああ、僕もそう言おうと思っていたんだ」
「じゃあ、リビングに行きましょ」
そう言って、今居る二階の廊下からリビングに向かうシモン。
僕は、その背中を見つめながら後を付いていったのだった。




