子供たちと森の主⑨
ヨハンはシモンの背中を見ていた。
その背中は凛としており、実際よりも大きく見える。
恐らく、何事も長考しがちなヨハンに比べて、突発的な状況判断はシモンに軍配が上がるだろう。
さらに言えば、そういった瞬発力に秀でた彼女は戦闘能力においても自分を上回っているだろうとヨハンは分析していた。
同じ年齢のライバルとして、その事実は悔しくもあるが、それ以上に頼もしく、そして誇らしいと感じていた。
だから、こうして安心して先頭を任せることができる。
そんな頼もしい背中を見ていると、シモンの隣を進むベズィーが声を発する。
「まずい、あれは武装したゴブリンだよ。それに数が多い」
言われて前方を見やる。だが、武装した何かであることはわかるが、それがゴブリンかどうかはヨハンにはわからなかった。
それでも、シモンは全員を静止するように手振りで伝え、左耳を指さすジェスチャーをする。
これの意味する事が分かった全員は静かにうなずき、意識を全員の左耳に装着され魔法機具に意識を向ける。
フックのような形をした銀色のそれは、耳の裏から引っ掛けるように装着している。
これは、尊敬する父が開発した『魔力通信機』というものである。
魔力はエネルギーである。このエネルギーによって発生する波を利用し、特定の波、周波数を利用して感応させ、その感応を頭蓋に振動として変換し、音声として鼓膜に伝える技術。父曰く『骨伝導音声通信』なるものを可能とする魔法機具である。
使い方も簡単で、装着している時点で体から微弱な魔力を受け取り受信状態となっており、指で触れながら魔力を通せば送受信可能状態となる。その状態でしゃべれば、数キロ程度の範囲にある受信可能な通信機すべてに音声を届ける事ができるというものだった。
これをペトロが開発したのは、勇者一行との旅を終えて引退した後らしく、勇者と共に世界を旅したケティルやピュズリも、この魔力通信機を初めて見せた時にはしばらく空いた口が塞がらない状態だった。
声を振動と考えた常識を超えた着眼点もそうだが、その振動を魔力で再現させる事で遠く離れた相手の鼓膜に伝えるという技術はどうやって思いついたのか。やはり父の才能には驚きを通り越して呆れるばかりである。
そんな父の英知の一端に、先頭で緊張の面持ちをしたシモンは軽く指で触れて声を発する。
『みんな、問題なく聞こえる?』
目の前のシモンと、耳の通信機から二重で聞こえてくる声。タイムラグも殆ど発生しないが、僅かに残響音や反射音を伴った音のように聞こえて変な感じがする。
シモンは、全員が頷くのをちらりと見やってから言葉を続けた。
『使い方は昨日の作戦会議で話した通り、通信機を使って話したいときはこうして指を当てて喋ってね』
言いながら、シモンは耳に当てた指をトントンと軽く叩くように動かして見せ、続ける。
『でも、全員が一斉に話すと混線して誰が何を言ってるかわからなくなっちゃうから、その辺り気を付けて。気を付けるって言っても難しいとは思うけど、その辺はみんなの感覚で頑張ってね』
さりげなく無茶な事を言っているのだが、それに気づいた者は軽く噴き出したり、笑みを浮かべたりした。
緊張が程よく解れた所で、シモンは声を硬くし、指示を出す。
『基本的に戦闘指示は私が出すから従って。皆も思う所あるかもだけど、指示系統が乱れるとパフォーマンスが落ちるから、一旦は従って欲しい。じゃあ指示いくよ? 私が敵を釣る為に真っすぐ突出する。その後方をお兄様、コギル、ポルルは少し離れて付いてきて、ポルルの射程距離になったら援護お願い。ベズィーとトーアーサは密かに右方から回り込んで射撃。ただし、射撃開始は私の号令を待って。くれぐれも私が接敵して敵を釣る前に攻撃しないでね。ヘイトがベズィー達に行ったら負けだから、気を付けていこう』
通信機で一斉に返事をすると混線する為、全員肉声で「了解」や「わかった」と口々に答えるのが聞こえてくる。
そして、シモンが通信機から手を放し、長剣を抜刀して裂帛の気合と共に声を出した。
「じゃあ! 作戦開始! 全員抜刀! いくよ!」
「「了解!」」
声と同時に全員馬から飛び降り、駆け出した。
ベズィーとトーアーサは身を低くし、なるべく木や岩の影を縫うように駆けていく。
正面の先頭を走るシモンは、瞬きの間に姿を見失ってしまう程の速さで駆けてゆく。その姿は、体から赤く発光する魔力の残像が尾を引く軌跡を描いており、美しくもあった。
その後ろを遅れて続くヨハン達。その視界にゴブリン達の全容が見えてくる頃には、相手も戦闘態勢に入ったようだ。
ゴブリンの一団が雄叫びを上げてこちらに向かってくる。
そのゴブリン達の数は30匹程。全員重武装をしており、剣と大楯を持って突進してくる。
幸い遠距離攻撃を行うものはいないようだ。
シモンからの指示が飛んでくる。
『お兄様! その場で待機! 私が一当たりしてお兄様の方に逃げるからよろしく!』
『わかった!』
通信機越しにお互いの意思疎通を済ませると、今度はベズィーから通信が入る。
『シモンちゃん! 狙える場所に着いたよ、どうする?』
『私がお兄様の方に後退を始めたらきっと敵の部隊は縦に伸びるから、その中間くらいの敵を間引く感じでお願い!』
『了解だよ!』
『私はもしもの時に備える』
最後の声はトーアーサだった。こういった射手を奇襲に近い使い方をする場合に、射手が狙われた場合に備えての周囲警戒は非常に重要な役割だと思われた。
だが、そのもしもの時は、予想外に早く訪れた。




