子供たちと森の主⑥
彼は、少し悩んでいた。
顎に手を当てて、虚空を見つめる。自分にこんな癖があるのだなと自覚したのは最近の事である。
あれから、まだ日は高いが野営の準備に取り掛かった一行だが、寝袋を設置して火を起こすと、後はやることが無かった。
今は、トーアーサが携帯食料を使って食べるものを作っている。
そこに、こちらに手を上げて声を掛けてくる者がいた。
「ヨハンくーん! ちょっと手伝ってー!」
ヨハンと呼ばれた彼は、呼びかけてきた者、ベズィーに向かって承諾の声を返してそちらに向かう。
向かった先では、シモンが数羽の兎の血抜き作業をしていた。
野営の準備直後の話である、ヨハンとシモンはまずベズィーに謝罪しなくてはならないと思い、腰を90度曲げて頭を下げ、「ごめんなさい」と許しを請うたのだった。
それに対しベズィーは、手をひらひら振りながら、「いいよいいよそんなの」とどこか困ったように言って、ゴブリンの持っていた弓矢を持って狩りに出かけてしまったのだ。
そして、今帰ってきた様だ。
戦果は4羽の兎。見通しの悪くない平原では、こちらも対象を見つけやすいが、翻ってそれは相手もこちらを視認しやすいという事である。
それなのに、使い慣れないゴブリンの弓矢で、それも短時間でこれほどの数を仕留めてくるあたり、ベズィーの凄さを物語っていた。
だから、ヨハンはその感想をそのまま伝える事にした。
「やっぱりすごいな。今回食糧とかも少し失ったけど、ベズィーがいれば心配なさそうだね」
これに、ベズィーは照れたようにしながら手を軽く振り、言う。
「そんなことないって、一流の狩人ならもっとうまくやるんじゃないかな。あ、そうそう、私は拾った弓を調整してみるから、ヨハン君はシモンちゃんを手伝ってあげて」
言って背負っていた弓矢を手にし、火の傍まで歩いていった。
その弓というのは、ゴブリンが持っていた四つの弓のうちの一つで、ゴブリンの中では長弓と呼べるものだった。
といって、ゴブリンの長弓は人間でいう短弓くらいであり、他三つの弓はゴブリンのサイズでの短弓だったため、小さすぎて人間が使うには難しいものだった。
これは、矢玉もそうである。
けれど、ベズィー曰く矢玉は有限で、このまま捨てては勿体ないという理由で、短弓として使えそうな一本を整備し、それ用の矢玉を確保したのだった。
現在ベズィーの装備は元々持っていた長弓とその矢に加えて、ゴブリン製の短弓が加わった形となる。
因みに、その他のゴブリンサイズの短弓とその矢は現在薪代わりに火の燃料として使用している。
これもベズィーの案だ。勿論荷物に乾燥木材を用意しているが、それを使うのは勿体ないとの事である。
他の村人たちは、その辺の木を切って燃やせばいいのではないかと言っていたが、ヨハンとシモンも、生きている木はその50%が水分であり、水分が多いので燃え辛く、枯れて乾燥して含まれている水分が20%程度にまで落ちた木でなければ燃料として使用するのが難しい事を知っていた為、ベズィーに賛成した。
火の近くに行って弓の整備を始めたベズィーを見やりながら、ヨハンはシモンに感想を述べた。
「すごいな、彼女は」
その言葉に、少し意外そうな視線を向けながら、シモンも言葉を返してくる。
「そうだね。勉強になる?」
どこか試す様な、探る様な、そんな上目遣いとなったシモンに、ヨハンは訝し気に思いながらも思った事をそのまま口にした。
「ああ、とても。それにみんな良い人だ。だからこそ、みんなで無事に帰って、これからも沢山教えてもらわないとね」
シモンは、何かをいいかけ、次いで少し考える顔をして口を開いた。
「正直、さっきの戦いを経験して、私は不安で、怖くなった。このまま進めば、誰かを失うんじゃないかって」
最後は消え入りそうになったシモンの言葉に、ヨハンは思わずうなずいていた。
「僕もだよ」
「お父様も、旅の初めはこんな気持ちだったのかな」
「そうかもしれないね」
その言葉を最後に、しばしの沈黙が続いた。
兎の革を剥ぎ、肉を切り分けていく。
シモンは恐らく薄い肉にして湿度の低い風の魔法と火の近くに置いて乾燥させ、少しでも長持ちさせようと思っての作業だろう。
だから、ヨハンもそれに倣った。
言葉を交わさなくても、ヨハンはシモンのやりたい事を察する事ができるし、きっとシモンも同じくヨハンの事を理解しているのだろう。
ずっと一緒に生活している者特有の、言葉の必要ない時間が続く。
ふと、そんな中、割って入る存在が現れた。
「いい肉、使ってもいい?」
トーアーサだった。
彼女は眠そうな目で兎の肉を凝視し、感情のわからない声で言ってくる。
一応、獲ってきたきたのはベズィーであるから、ヨハンは焚火の近くで真剣な顔をして試し打ちしているベズィーに向かって声をかける。
「ベズィー! 兎の肉は使ってもいいのかな!」
「うん! 全然いいよ! 腐っちゃうから早めに使おう!」
彼女は真剣に弓をつがえており、こちらに視線を向けずに答えた。
ヨハンはトーアーサに向き直り、言う。
「だってさ。今日は豪華なごはんになりそうだね」
「うん、ポリッジだけになる所だったから嬉しい。ベズィーに感謝」
ポリッジとは、麦の粥である。味付けは色々あるだろうが、きっと塩で味を調整するくらいのものだろう。
父の下を離れて驚いたのは、ケティル家以外のアブセンスの食事にバリエーションがなく、あまり力を入れていない事だった。
貧しいという事もあるとは思うが、調味料はだいたい塩しかない。
料理自体も、前菜で野菜が切っただけの状態のものが出てきて、スープと嚙み切れないほど硬いパンがメイン料理だ。
ヨハンとシモンが狩りをするようになって、肉の流通が増えてきたが、肉料理といっても単に焼いて塩をふっただけのものが出てくる。
別に食を楽しむ為に村に居住を始めたわけではないため文句は無かったが、それでもたまには、と思う事もあった。
それでも頑なに自分達で調理しようとしなかったのは、時間を無駄にしたくなかったからである。
だから、今ヨハン達が料理を制限する必要性はないと思い、トーアーサに提案してみる。
「トーアーサ、よければ手伝うよ」
その言葉に、彼女は意外にも首を横に振った。
「いい。やることがないなら休んでて」
アブセンスの男たちは、日中畑か森に出かけており、力仕事以外の家事全般が苦手の者が多い。だからヨハンは、料理ができないと思われているのかと理解してもう一度提案する事にした。
「僕は料理も得意なんだ。それに、トーアーサに任せっきりも悪い。だから、手伝わせてくれないか?」
「いい。これは私の仕事、奪わないで欲しい」
「いや、でも……」
言いかけたヨハンの肘を掴み、シモンが「お兄様」と窘めた。
それを受けて、ヨハンは困った顔になって、トーアーサに告げた。
「……ごめん。意地を張りそうになった。そうだね、得意な人に任せるべきだ。悪いけど頼むね、トーアーサ」
その言葉にトーアーサは、ヨハンをじっと見つめるようにして、やがて口を開いた。
「ヨハンは、尻に敷かれるタイプ?」
これにはヨハンも答えに窮した。
若干13歳の多感な時期である。それにまだ恋すらしたことがなかった。
同世代の女性にそう言われて、恥ずかしいという気持ちと、恰好を付けたいという衝動が無い訳ではない。
けれど、ヨハンの脳内では、命を預ける仲間に虚勢を張るべきではないという考え、ここで否定して誰が何の得をするのだという考え、こういった場合、主観でしか見れない自分自身より、客観で見れる他者意見の方が正しい事もあるという考え、そういった考えが自分を押さえつけ、結果、困ったような表情でこう言ったのである。
「そう、かもしれないね」
そのヨハンの苦悩を知ってか知らずか、トーアーサはその眠そうな目を少しきらめかせて、「ふーん」とだけ言って去っていく。
その様子に、ヨハンはため息をついて肩を落としたのだった。
食事の準備が整い、全員が火の周りに集まったのは、太陽は傾き始めた夕刻ごろの事だった。
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