子供たちと森の主⑤
「そうだね、みんなが出してくれた問題点について一つ一つ考えていこうか」
顎に手を当て、真剣な表情でヨハンは言う。
ベズィーは、内心で疑問符が浮かんできたが、ヨハンが真剣な表情で言葉を続けてきたので黙る事にした。
「えっと、まずはベズィーの提案してくれた誤射についてだっけ。これは射手の裁量だけで防いだりといった、戦場の兵士の技能で防ぐ事は難しいと思う。だから明確にルールを作って──」
長くなりそうだったヨハンの言葉だが、それをさえぎる形で、傍らで腕を組み、半眼になっているシモンが文句を発した。
「お兄様そこはさあ、みんなは悪くない、次は頑張っていこう。でいいんじゃない?」
だが、そのシモンの言葉に、ヨハンは異論がある様子だった。
「いや、折角みんなが問題点を提示してくれてるんだ、向き合って回答する必要があるんじゃないか?」
「それはそうだけど、根本的な所が違うよ。今この人たちに必要なのは今後に向けた改善策じゃなくて気持ちだから。少なくともお父様ならみんなの様子を見て気持ちを改善する言葉を投げかけると思うけどなー」
そのシモンの言葉にどれほどの意味があったのか、ヨハンが身を乗り出して声を上げる。
「そんなバカな! 父上ならきっと今後どうすべきか話したはずだ!」
「それはさあ、お兄様が相手だからじゃないかなー」
「父上が人によって態度を変えるとでも言いたいのか!」
硬化したヨハンの態度に、ついにはシモンも身を乗り出すように声を上げだす。
「もー! 違うよ! それに人によって態度や対応を変えるって別に悪い事じゃないでしょ! そんなのただの最適化じゃん! お兄様は本当に頭硬い!」
「そんな事は……あるかもしれないけど! でも、僕なりにみんなの力になりたいって思ってるんだよ!」
「それはわかるし、尊重したいよ!? でもズレてるって言いたいの!」
突然始まった兄弟喧嘩を前に、一同は唖然とした表情を浮かべるしかなかった。
その表情が絵だとすると、タイトルは「ポカン」だろうか。
だが、当の二人は一同との温度差など顧みずに口論を続ける。
「だって、実際問題大事な事じゃないか!? このまま個人の裁量としてしまう方がみんな自分を責める結果になってしまう。だからそうじゃないって示さないといけないと僕は思う!」
「それはわかってんの! わかってるし正しいよ! でも今じゃないでしょって話だよ!」
「じゃあいつなんだ!」
「こういうのは夜とか、食事を交えてとかでしょ!」
「それまでにまた襲われるかもしれないじゃないか!」
「もう! めんどくさいなあ! 本当に頭硬いし人の気持ち読めないよねお兄様は!」
「そ、そんな事ない! 僕だって人の気持ちくらい読めるとまではいわないけど、汲み取る努力をしてるさ!」
「へえー! じゃあベズィーがお兄様の事ちょっといいなって思ってるの気付いてた!?」
突然名前が挙がったベズィーは、顔を赤くして困惑する。
むしろ、誰にも知られたくなかった事を暴露されて恥ずかしくなり、他の3人に目をやると、全員知っていたからこそ気まずいといった様子で目をそらした。
ベズィーは、先ほどとは異なる涙が目じりに浮かんだ。
「え!? いや、まだ知り合ったばかりじゃないか!」
「そんなだから頭硬いって言ってんでしょ! お兄様はアレでしょ? お互いの性格をよく知って、明確に愛していけると思ってから好きになるとかいうタイプでしょ? 世の中には会った瞬間に好きになるってケースもあるから!」
「そんな……シモンもそんな事あったのか!?」
「そ……れは経験ないけど! 今そんな事関係なくない!?」
「関係あるさ! その感じだとベズィーの件も疑わしい! なあ、ベズィー! 君からも言ってくれ! シモンは間違っていると!」
突然指名されたベズィーに、全員の視線が集まる。
それはベズィーにとって、まさに地獄の光景だった。
心臓は体を揺らすほどに大きく鳴り、そのせいで周りの音すら聞こえない。
体中の血液が顔に集中してしまっているかのような顔面が火照った感覚は、恐らく赤面してしまって耳まで赤いのかもしれなかった。
また、そのせいで感覚は無かったが、目からは恐らく涙がこぼれそうになっているのが、視界のにじみからわかる。
それでも、ベズィーは何か言わないといけないと自分に言い聞かせ、口をパクパクさせながら声を絞り出そうとしていた。
「あ……あの……わた、私……」
時間が経つほどに、皆からの視線が辛い、ベズィーは真っ白になってしまって何も考えられない頭の中で、逃げ出したいという気持ちだけが大きくなってしまう。
その様子に、ヨハンがはっとした顔をしてこちらに駆けよって来た。
そして、彼はポケットからハンカチを取り出し、ベズィーの目元を優しく拭いながら、真っすぐにベズィーへと視線を向けて言う。
「ごめん、ベズィー。これはベズィーがどう思っていようと、ただのイジメだ。本当にごめん」
そう言ったヨハンの視線は、本当に後悔しているそれだった。
ベズィーは地獄のような時間から解放された安心感で涙が更に溢れてしまうが、それをヨハンは丁寧になんどでもふき取ってくれた。
先ほどから涙を拭いてくれた事に対して「ありがとう」と言いたかったが、喉の奥からこみ上げるしゃっくりのようなものがつかえてしまって、そしてそのつかえを吐き出すと泣き崩れてしまいそうで言えないでいた。
心臓は今も尚早鐘のように鳴っていて、今自分がどういう感情なのかわからない程、脳内は混乱していた。
そんなベズィーをヨハンはじっと見たあと、シモンに謝罪の言葉を発した。
「確かに僕は人の気持ちに敏くないみたいだ。それに、自分の考えを通そうとして感情的になって言い過ぎた。シモンのいう事は間違ってない。ごめん」
これには、腕を組んで一連の流れを見ていたシモンも、目を伏せて謝罪を口にする。
「私もごめん。お兄様にわかって欲しくて感情的になっちゃった。お兄様のいう事も間違ってないよ。多分どっちも最終的には同じ考えなんだと思う。先に何を解決するか、そういう手段が違っただけなのに、責めちゃってごめん」
それを聞いたヨハンは、「ああ」と頷くとベズィーに小さな声で「大丈夫?」と囁きかけ、ハンカチを手渡してくる。
ベズィーはヨハンとシモンのやり取りに言いようのない違和感を感じていた。
自分たちの知っている喧嘩や、仲直りと少し違うように感じるのだ。
その正体が何かはわからない。一体何だろうと意識を向けようとした所で、ヨハンが全員の顔を見渡して声を発した。
「みんな、ごめんなさい。まだ早いけどここで野営する事にしよう。そして、食事しながら今後の事について話し合いたい。でもその前に」
ヨハンはまず、ポルルの方を向いた。
「ポルル、君の精霊魔法には助けられた。そして後方の敵に反応できなかったとはいえ、気付いたのも素晴らしい。これからも僕たちをサポートしてくれると嬉しい」
次にコギルに視線を向ける。
「コギル。不幸な事故があって残念な事になったけど、それでも大きな怪我をしていない事実が、君の魔力操作技術、そして肉体操作の精度が高い事を物語っている。訓練じゃなくて、咄嗟に出来たという事も併せてすごい事だと思うし、作戦立案も指揮も出来るすごい人なんだなって感じてる。よければ、これからも頼りにさせて欲しい」
呆気にとられるコギルの顔もそのままに、次はトーアーサへと向いた。
「トーアーサ。あの混乱の戦場の中、何もできなかったのではないと僕は思っているよ。何もしないという選択を君はしたんだ。これは中々できない。焦って何かしなきゃと行動すると、誰かの何かを妨害する恐れがある。連携がうまく取れていない状況を君は素早く察知して、下手な行動をとらなかったんだ。僕はまだまだ勉強中だけれど、君が力を振るえるように頑張るから、是非力を貸してほしい」
最後に、ベズィーに視線を向けた。
「ベズィー。君の射撃の威力は凄い。僕も父上と一緒に弓矢を使った事があるけど、僕にはあんなにも魔力を込めて撃つ事はできないし、馬に当たってしまったけど、あの軌道でそのままいったら相手の頭に当たったんじゃないかなと思うくらい狙いも正確だった。目が良くて、動けて攻撃も出来る。まさに一人で完結できる万能な存在だと僕は思った。その……僕は少しシモンの言う通り、色々欠けている所があると思うけど、嫌じゃなければ、今後も力を貸してほしいんだ」
そう言いながらヨハンは、ベズィーに笑いかけながら言った。
「どうかな」
ベズィーは、全員に語り掛けるヨハンの言葉に、先ほどの仲直りの時に感じた違和感を再認識していた。
そして、答えも分かった。
大人なのだ。それも異常なほどに。
齢13歳、ベズィーよりも一つ年下のヨハンとシモンは、村の大人たちよりも大人だと感じるのである。それはどこか、異国の文化に触れた様な感覚だった。だから違和感なのだ。
(この人たちは、本当にこれから凄い事を達成するんだろうな。きっと自分達とは見えている世界が違う、そんな気がする)
呆然とそんな事を思いながら、ヨハンを遠い存在と感じたベズィーは、最早思考を放棄してコクコクと頷いていた。
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