子供たちと森の主④
彼女、ベズィー・シモンズは、自分の無力さを痛感していた。
今になって、出立前はなぜあんなに自信があったのだろうと悔しくすらある。
ベズィー、コギル、トーアーサ、ポルルの4人は、アブセンスの中ではかなり実力があると目されていた。
ベズィー自身、狩りで動物や魔物達を追い詰め、倒す事に自信があったし、他の人間達もそれぞれの得意分野では村随一の実力を持っているはずだった。
だけれど、今回の集団戦闘では思うように動けなかったし、結果も無残なものである。
ベズィー達は戦闘の後、まずは全員で損害を確認したのだが、散々な結果であった事はいうまでもない。
馬を二頭失い、一頭は荷物ごとどこかに消えてしまったため、積載されていた食料なども失った事になる。
もう一頭、コギルの乗っていた馬は絶命していた。皆で黙祷を捧げて荼毘に付し、幸い無事だった荷物を回収して全員の馬に振り分ける。
当然、この戦いで得るものなどはなく、せいぜいがゴブリンの装備していた武具となるが、身長1メートルほどのゴブリンが装備していたものを使える筈がなかった。
辛酸を舐めるとはこの事かと、村の四人は一様に苦い顔をしている。
こんな事では、ヨハンやシモンに呆れられてしまうだろう。
それはベズィー達の目標からするとまずいと思った。
ベズィー達の目標、それは、ヨハン達と共に村を出て、勇者一行の助けになる事である。
陰惨な表情で見つめ合う村の四人は、ヨハン達がどんな表情で自分達を見ているのかを確認するのが怖かった。
だが、確認しない訳にもいかない。四人は同時にヨハン達に視線を向けたが、その表情は想像していたものと違った。
ゴブリンの死体を見つめ、真剣な表情のヨハン。だが、そこに悲壮感や自責、後悔などのマイナスな感情は見えず、寧ろ、何か価格の高い新しいものを購入するときのような、何かを前向きに考えている表情をしているのだ。
そんなヨハンが、こちらの視線に気付き明るい声で言った。
「今回は辛勝だったね。仕方ないさ、初戦は圧勝してしまうより負けるくらいがいい。僕たちに改善すべき点がある事を強く認識させてくれたと考えよう」
その声は明るく、まるで失ったものなど無いとでもいうようだった。
シモンも同意のようで、軽く腰に手を当て、深刻にならない程度に明るい声で続いた。
「そうだね。後半は圧勝だった。それってつまり純粋な戦力は圧倒的にこちらが上だったってことだね。でも、その実力差を先制攻撃、数的有利、地形の理、連携。複数の要因でイニシアティブを取った相手が上手かったよね」
その意見に、ヨハンは付け加える。
「特に最初の一撃だよ。人じゃなくて馬を狙ったのは上手い。矢が当たったのが人だったなら機動力自体は変わらない。戦略的撤退が容易だった筈だ」
「でも、弓矢は1セットだけじゃなかった。少なくとも3セットはあったよね。全員で射撃しなかった理由はなんだろう」
このシモンの問いに、ヨハンは顎に手をあて、考える。
「うーん、きっと初手が強すぎると逃げられる可能性を考えたんじゃないかな。強すぎず、それでいて弱すぎない初手で僕たちを釣ろうとした、という事じゃないかな」
事実、誰も逃走を考えなかったし、ベズィーやコギルは積極的に前に出ようとしていた。ゴブリン達の戦術は見事に成功したと言える。
その事を意識すると、ベズィーは自分が安易に攻勢に出ようとしたこと、その結果誤射に繋がってしまった事を恥じる様にうつむいた。
ちらりとコギルの方を見やる。
彼は、大きな怪我こそないが、きっと体中に打ち身の痣ができてしまっている事だろう。
ベズィーの脳内では、今回の戦犯は自分ではないかと泣きそうな気持で思っていた。
だから、勇気を出して真っ先に口を開いた。
「ヨ、ヨハンくん!」
その声を聞いたヨハンは、気楽な様子で「なんだい?」とこちらに疑問符を投げてくる。
(軍や組織は厳しい場所。狩人だって、一つの判断ミスで命を落とす事がある。だから失敗したものには厳しい罰を与えるし、その後重要な仕事を任せないようにする。今回の失敗で、もう一緒に旅に連れて行ってくれなくなるかもしれない。それでも)
「ごめんヨハンくん! 今回の責任は私にあると思う! 味方を撃っちゃうなんて最低だよね。でもね! それがなければ本当はみんな、もっと出来る人たちなの!」
彼女の夢は、いつか村を出て、人類が見た事もない魔獣を狩る事だった。
その夢を馬鹿にする者も多かった。いや、事実アブセンスの村人は笑い話くらいにしか捉えていない。
だけれど、彼女は本気だった。寝ても覚めても、どうすれば村から出て一人前の狩人として、いや、世界を股にかける狩人になれるか、そればかり考えていたのだった。
そんな彼女にとって、ヨハンとシモンは突然舞い降りた大きなチャンスだった。
神に感謝すらした。ヨハンとシモンが村にやってきた夜、興奮してしまって一睡もできなかったほどだ。
ここで責任を被れば、そのチャンスは逃す事になるかもしれなかった。
このチャンスを逃せば、もう二度とチャンスなど訪れないかもしれない。
けれど、自分は周りのみんなの事も知っている。
コギルは、貴族がアブセンスに遊びにやってきたときに出来た子供だ。
だけれど、コギルの母親は、その貴族の妾にはなれなかった。あくまで、非公式の子供として扱われ、少額の手切れ金を持ってきたその貴族を、コギルの母親は蹴飛ばして追い返したそうだ。
以降母親一人で育てられたコギルは、父親に対して憎しみを覚えているのかというと、そうではないらしい。
ただ、村を出て、そして強くなって騎士になり、父親に再会して見返してやるんだと語っていた。
どこまでも前向きな、コギルらしい考えである。
そしてトーアーサ。彼女はこの村で生まれた子供ではなかった。
冒険者という職業の両親が、様々な街や村を転々としていて、その最中にトーアーサは生まれたそうだ。
冒険者とは何でも屋だ。決まった住居を持たない者、または持てない者がつく職業で、彼女の両親は料理の技能が高かった。
ある時は傭兵の従軍調理師として、またある時は町の定食屋の手伝いとして、そうやって町や村を転々とする都合上、彼女は大よそ友達と言える存在はいなかったそうだ。
そんな一家がアブセンスにやってきた時、アブセンスには宿が無いため、ベズィーが住む家に宿代を支払う契約で転がり込んできたのである。
ベズィーとトーアーサは同じ歳であった事もあり、すぐに打ち解ける事ができた。
そんな様子に安心したトーアーサの両親は、少し遠出をすると言ってトーアーサをベズィーの家に預けたまま遠征に赴いた。
それから数年。彼女の両親は帰ってきていない。
彼女は、両親から受け継いだ料理のスキルを使って旅をして、もう一度両親に会いたいと語っていた。
いつも眠そうな彼女の目の奥には、しっかりと芯のある、強い気持ちが見て取れた。
友達も居らず、ずっと両親と旅をしていたトーアーサにとって、それは人生の大きな目的だろう。
村長の息子、ポルルは、己の中に眠る精霊という存在のルーツを知りたくて、エルフの住む地に行きたいと昔から言っていた。
だが、村長のケティルはポルル一人では無理だと言っており、今回のヨハンとシモンについていきたいと考えているのだろう。
精霊という存在についてはよくわからないが、かつてポルルが、自分の中に得体の知れない何かが居る感覚なのだと語っていた。
きっと、彼なりにその存在に悩み、生きてきたのかもしれない。
それを解決するのは、きっと村で生活しているだけでは不可能ではないかと思う。
ここに居る村人全員の事を知るベズィーは、それぞれの夢や目標を絶対に諦めて欲しくなかった。
たとえ、それで自分の夢が潰えるのだとしても。
だから、ヨハンの目を真っすぐに見て言う。
「ごめんなさい! 私のせいです。だから、私は今回でクビになってもいい。でも、みんなは今後も旅に連れて行って欲しい!」
必死だった。昂った感情に顔が熱くなり、目じりには涙さえ浮かんだ。
それでも、彼女はしっかりとヨハンの目を見据えていた。
それを聞いた残りの村人たちは驚いたようにベズィーを見やり、口々に否定の言葉を発した。
コギルは、唾を飛ばして言う。
「違う! ベズィーが誤射してしまったのは、俺が前に出てしまったからだ!」
ポルルは、彼にしては大きな声を張り上げた。
「僕が、僕が最初に後ろに光が見えたのにみんなに警告できなかったんです! それに、馬も荷物も失って、一番被害を出したのは僕です」
トーアーサは、うつむくようにして言う。
「私、何もできなかった。何をしていいのかわからなかった。あそこでちゃんと動けていれば、違う結果になっていた、と思う」
皆一様に自分の非を説明する事態に、それを受け止めるヨハンとシモンは、顔を見合わせ困った顔をしていた。
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