子供たちと森の主③
ケティルから旅の物資を借り受けたヨハン達一行は、南の森に向けて進んでいた。
進んでいる場所は平原である。見通しは悪くないといったところか。
所々大きな岩や木々があったり、平原とはいえまっ平な地面が続いている訳ではなく、地面が盛り上がっている箇所があったりもするので、その陰に何者かが潜んでいる可能性もある。警戒は必要だと思われた。
対して、進む一行の布陣について、ヨハンとシモンはあまりよくない状況だと認識していた。
まず、馬と荷物であるが、各々に一頭ずつ馬がケティルから貸与されており、荷物も各自の馬に積み込んでいる状態だ。
一番機動力があるのはヨハンとシモンに貸し与えられている、以前も貸してもらった白馬と黒い馬である。
他の馬も悪い馬ではないが、食料や寝袋などを積載している都合、速駆けは難しいのではないかと思われる様相だった。
そして隊列はこうだ。ヨハンとシモンを中心として、索敵警戒を兼ねて前方を騎士に憧れるコギルが行うと買って出た。その後ろ、ヨハンとシモンの左右を守るように弓使いのベズィーと、短剣を獲物にしているトーアーサ。後ろにポポルという布陣だ。
この布陣の提案者はコギルで、ヨハンは反対した。シモンも「これだと、強襲されたときに対応が遅れない?」と疑問を呈していたが、コギル曰く、前衛はコギルで、トーアーサが前衛サポート、ベズィーは先頭時に後ろに下がってポルルと後衛、ヨハンとシモンは遊撃という構成との事だ。
ヨハンとシモンは顔を見合わせて疑問符を浮かべたが、コギルが自信満々といった様子で語るので、大筋で合意しながらも、自分達を陣形の外側に置いてくれないかと頼んでみたが、今回の隊長にあたる人物はヨハンとシモンであり、それを守る配置にしなくてはならないとコギルが豪語し、ベズィーも頷いたため、そのままで行くことにした。
長閑な平原に見える道中、だが、不安な気持ちで進むとその長閑さの裏に何かが潜んでいる気がして、全員緊張していた。
今回の移動ではコギルが索敵警戒を受け持つという話だったが、現時点では全員が神経を張り巡らせている状況だった。このまま進むのは厳しいかもしれないとヨハンとシモンは感じていた。
その時、後方のポルルから「あれ?」という声が聞こえる。
ヨハンがどうした、と声を掛けようとした刹那。
「うわぁあああ!」
馬の嘶きと共にポルルの悲鳴が聞こえてくる。
見やると、ポルルの乗っていた馬の脚の付け根に矢が刺さっており、ポルルを振り落として走り去る所だった。
シモンが声を上げる。
「敵襲! 後方の岩陰から狙撃! どうするお兄様!」
シモンの視線の先の岩陰に、笑うゴブリンの姿が見えた。
ゴブリンは洞窟に生息する妖精族の肉食生物だ。
緑色肌をしており、肉食の生き物特有のとがった歯を持っている。
背は大人でも小さく、肉体も強靭と言えるものではないが、群れを作り、道具を生産し、効率のよい狩りによって食料を得る。
つまり、ヨハン達一行は彼らにとって食料なのだ。逃げられないように馬から狙っていくのか、それとも戦闘能力を削ぐ為に人間から狩っていくのか、遠くに見える彼らの算段は今のところ分からなかった。
それに、岩陰に上手く隠れているため、全体の人数もわからない。
少なくとも3匹は見えている様子だった。
ヨハンは状況を把握し、声を出す。
「ポルルを回収して散開しよう!」
言いながら、ヨハンは馬上から手を伸ばし、ポルルを引き上げて馬を走らせようとする。
そのすぐ後方では、弓矢を構えたベズィーが必死に声を上げていた。
「ヨハンくん! 近づくにしてもその間に狙撃されちゃうから、一旦下がって! あたしが狙撃手を倒すよ!」
これにシモンが異を唱える。
「だめだよ! 数的不利で撃ち合いは悪手でしかないよ!」
混乱の中、更に一人の人物が介入する。
コギルだった。
「俺に任せろ!! うおおおおおおおお!!」
一直線に突撃するコギル。だが、それはベズィーが弓を構えた射線と重なった。
「ちょ! 射線に出ないで!」
そう声を張るベズィーだが、時すでに遅く、弓を放ってしまっていた。
通常矢を射る時は、距離によって山なりに放物線を描かせるように飛ばすものだが、魔力を込めたそれは、真っすぐに飛ばしても矢が落ちないのである。
だから、ベズィーは標的に向けて真っすぐに弓を射った。そしてその矢は不幸にも、同じく真っすぐ標的に向かっていたコギルの乗る馬の後ろ脚に命中した。
魔力を込めた弓矢の威力はすさまじく、馬がもんどりうって倒れてしまう。
もちろん、その上に乗っていたコギルは宙に投げ出され、程なくして落下した。
受け身をとっていた様子だが、そうでないなら死亡していたかもしれない程の衝撃だろうことは、遠目に見ても明らかだった。
この混乱の中、唯一冷静のように見えたトーアーサだが、実際はそうではなく、どう動けばいいか判断できかねているだけである。
(まずい、このままだと動けないコギルがいい的になってしまう)
ヨハンの胸中の声が聞こえたわけではないだろが、ゴブリンがコギルに向けて弓を構えているのが見えた。
その刹那。
「エルプティオ!」
シモンの声と共に、キューンという甲高い音がしたかと思うと、赤い玉が凄まじい速度でゴブリンの隠れる岩に命中し、爆発音を鳴らす。
その音の中にあって、いっそ美しくも聞こえるシモンの声がヨハンに届いた。
「お兄様! 突っ込むから制圧お願い!」
その依頼への返答を、ヨハンは行動でもって返す。
「トニトゥルゥス!」
その言葉の後に、空気を叩くような破裂音がし、先ほどと同じ岩をヨハンの手から伸びた雷が削る。
ポルルも意図を察し、続いてくれた。
「精霊よ」
轟、という音と共に火の玉が岩に当たり、炎が辺りを焼く。
派手で強烈な魔法の連続に、ゴブリン達は何事か喚きながら岩陰に隠れて動けなくなってしまった。
しかし、ゴブリン達の混乱はそれで終わらなかった。
派手な魔法に注意が向いている内に、赤い魔力の残像すら見える程の全速力で駆けていたシモンがゴブリン達の背後から強襲したのだ。
シモンが振り下ろす長剣は、ゴブリンが鎧で武装していようとも、鎧ごと切り裂く勢いである。
全体で7匹ほどだったゴブリンの一団は、堪らず後退を試みようとしたが、その時には既に馬で駆けてきていたヨハンとポルルが退路を断つように到着していた。
ヨハンはポルルを馬上に残し、馬から飛び降りてゴブリンに一太刀を入れる。次いで、駆け寄ってきた別のゴブリンの振り下ろしたこん棒を盾で受け、魔法を唱えた。
「|ウィス・エレクトリカ!《電気》」
すると、こん棒を盾に振り下ろしたゴブリンは感電したように、いや、事実感電して、痙攣を起こし倒れる。
その姿を見た他のゴブリンは、狙うならポルルだと標的を定めるが、近づくゴブリンは、ヨハンが盾で殴って頭蓋を陥没させられるか、剣で切り裂かれるか、もしくは後ろからシモンに一刀両断されるかといった始末だ。
そしてとうとう残ったゴブリンが最後の一匹になったが、そのゴブリンは必死の逃走を見せたのである。
しかし、ポルルが「精霊よ」と言葉を発すると、風の刃が最後のゴブリンをずたずたに切り裂き、そのゴブリンは動かなくなった。
こうして、今回の遠征の最初の戦闘は終わったのである。
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