点
少しの間があり、フィフスが持ってきたのは、一枚のカードだった。
それは真っ黒なカードだったが、金属のような硬質さと、光を反射して所々虹色に見える不思議な物質だった。
それを水晶玉にあてがったフィフスが虚空の情報を指先で操作しながら口を開く。
「さ、準備できましたので、この水晶玉を手の平で触れていただけますか?」
言われて素直に手を伸ばすヨハン。すると、一瞬水晶玉とカードが淡く光り、やがてその光は収まった。
「登録完了です。このカードには、ヨハンさんの魔力紋が記憶されています」
魔力紋という単語に疑問符を浮かべるヨハン。その様子が分かったのか、フィフスは少し笑って説明してくれた。
「魔力は、波のように広がる性質があると考えられています。そして、その波紋は一人一人異なるらしいんです。だから、このカードと水晶玉にはヨハンさんの魔力の波紋が記憶されていて、本人確認を兼ねてるんですよ。このカードを手に持ってみてください」
手渡されたカードを手にすると、12桁の記号と数字が浮かび上がる。
「それが、ヨハンさんの個人管理番号です。私達は、その番号でヨハンさんの情報を管理していますが、あなたの魔力でないと、カードには文字が浮かび上がらないんですよ」
言ってヨハンからカードを取り上げるが、確かにフィフスが手にしても、文字は浮かび上がらなかった。
「もしカードを紛失してしまっても、水晶玉に番号も魔力紋も記録されていますから、再発行もできます。便利でしょ?」
「凄いですね。こんな技術があったなんて驚きです」
くすりと笑ったフィフスが、人好きのする笑顔で続ける。
「私達協会の人間は、産まれた時からこの端末の操作を覚えるように教育されていますが、これって小さな町や村とかでは存在すら知られてないですからね」
「そうなんですか。僕の父の情報なども入っているのでしょうか」
「うーん、たとえ家族とはいえ、個人情報だからなあ、詳しくは話せないんですけど、お父さんの名前は?」
「ペトロ・トリスメギストスです」
「そう、ペトロ・トリスメギス……え!?」
「? 何かありましたか?」
「それって元勇者一行のペトロ・マーダーさんの事ですよね!? もしかしてヘルメス・トリスメギストスさんとご結婚されたってことですか!?」
食い入るように言ってくるフィフス、目を瞬かせるヨハン。意外なところから母の名前を知る事になったのである。
今まで頑なに隠されてきた母親の情報が、こんな所で手に入るなど誰が思っただろう。
先のゼノビアとの出会いや領主ダウロとの会話で、どうやら父親がかつてマーダーという家名を名乗っていたことは分かった。
だから、同じマーダーの家名を名乗るチェルシーが実は母親なのかとヨハンは予測していたのだが。
「えっと、知っているんですか?」
そう言うと、フィフスは顔を曇らせる。
「一部の田舎町では、英雄と言われていますよ。私もお会いしたことが一度だけあります」
その顔に込められているのは、決して明るいものではない様に思われた。
ヨハンの心にざわざわとした何かが這いずり回り、それをなんとかしたくて口を開く。
「そのお話を詳しく聞いても?」
だが、フィフスの顔にあったのは、人好きのする笑顔ではなく、事務的な笑顔だった。
「ごめんなさい。詳しくとなると個人情報もあると思いますので、機会がありましたら後日」
別段、噂話や個人の体験談程度であれば、個人情報という事もないのではなかろうか。そう考えるヨハンだが、それでも、それが決まりならば従うしかない。
だから、ヨハンの口から漏れたのは、ため息の様なあきらめの言葉だった。
「……そうですか」
「では、冒険者協会の説明を行わせていただきますね」
そこから、フィフスによる事務的な説明が続いた。
①資格制度
個人証明カードには様々な資格情報が記録される。
例えば戦闘技能、調理技術、乗馬技術、魔法技術、運搬技術など、項目は数えだしたらきりがない程である。
そしてそれらはE級から始まり、D級、C級、B級、A級、S級へと昇級することができる。
例えば乗馬なら以下の様な感じである。
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乗馬E級
馬の世話をすることが出来る。
乗馬D級
馬に乗り、移動する事ができる。
乗馬C級
馬に乗り、移動する事ができる。かつ馬の生態を熟知し、長期間の運用が可能である。
乗馬B級
C級相当の技能に加え、騎乗戦闘を行う事や、障害物をものともせず移動する技能を有する。
乗馬A級
B級相当の技能に加え、運搬用の装備を運用する事が出来る(馬車など)。
乗馬S級
A級相当の技能を有し、それを用いて偉業を達成した者。
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という具合に、それぞれ技能のクラスが存在し、その保有するスキル(技能)に応じて仕事の斡旋をしてくれるのだという。
各スキルに関しては、冒険者協会主導で技能検定が行われており、意欲あるものは沢山の技能を取得するらしかった。
また、これら技能は傭兵組合や狩人組合でも有効であり、各組合には協会が貸与している端末があるので、スキルを保有して損はないとフィフスは付け加えた。
②仕事
仕事に関しては、その人のスキルに合わせた仕事を、本人と相談した上で行うそうだった。
つまり、毎回カウンターで受付と相談して仕事を決めていくのである。
勿論、複数人で仕事を請け負う事も可能だが、規模が大きい仕事は限られてくるため、お勧めは一人で受ける事らしい。
人気の仕事は草むしり、運搬などのスキルがあまり必要ないものだが、調理資格保有者はかなり人気で、町の定食屋で臨時の調理手伝いをするもよし、行軍する傭兵、商隊と帯同して野営時の調理などを行う仕事も割りが良いらしい。
さらに、調理の資格以外に草花採集、生物素材採集の資格も持っていると、糧食だけでなく行軍しながら食料調達できるので特に重宝されるそうだ。
③報酬
報酬については、協会と依頼者がやり取りを行い、幾ばくかの手数料を引いて労働者に支払うとの事だった。
これは金銭的なもめ事を防ぐためでもあるらしく、もし依頼者がなんらかの事情で報酬を支払えないという事になった場合は、協会が立て替えて支払うそうだ。
逆に直接依頼者から金銭のやり取りをすると罰則はあるのかというと、労働者側には特にないそうだ。
ただし、依頼者側には手数料に相当する金額を納めてもらうという、罰則とはいえない程度の罰則は存在するので、あえて直接のやり取りを行いたいという依頼者も殆どいないそうだ。
ただ、今後直接雇いたいという依頼者などが直接やりとりをする、という事は多少あるらしい。
それこそ協会からすれば願ったりかなったりな事である。
協会としては別に利益をあげたいわけではないらしく、手数料を取っているのも、直接雇用した方が割安という事にし、そのまま就職できるのであれば応援したいという方針らしい。
そんな説明を受け終わる頃には、日も落ちかけており、そろそろ夕食かという時間に迫っていた。
ヨハンが協会の出入り口の付近まで歩くと、他の面々は既に終わっていたらしく、退屈そうにたむろしているのが見えた。
「遅くなったね、ごめん」
「お兄様遅い!」
シモンがややむくれているが、それよりもネモフィラやゾモスであろう。
彼らは別に用もなく、ただ待っていたのだ。お詫びの気持ちで頭を下げると、ゾモスは笑って「いいからいいから」と言ってくれる。
コギルが外を一瞬見やって、言う。
「じゃあ、俺は宿を探してくるから、お前らは適当に遊んでろよ」
「私もいく。コギルのセンスが心配」
「僕も行きたいです!」
トーアーサ、ポルルも同行するようだ。
「じゃあ、悪いけど頼むね」
ヨハンがそう声をかけると、コギルは嬉しそうに笑い返し、颯爽と町に消えていく。
その後ろ姿をなぜか驚愕の眼差しで見ていたネモフィラが、くわっと目を見開いて言う。
「ゾモス! わたくしたちの任務をいいなさいな!」
「えっと、ヨハン達の監視、という事になっております」
「という事は、皆さんが二手に分かれた時はどうしますの!?」
「考えてませんでしたね……ただまあ、多少はいいでしょう」
「良くありませんわ! つまり、わたくしたちの体も二つに……すると最大で6分割しなくては!?」
「ネモフィラ様、ヨハン達はそろそろ町を見て回るそうですよ」
「ゾモス! 何をもたついているのですか!? さあ! いきますわよ!」
「……はあ、承知しました」
そうして、冒険者協会への登録はつつがなく終わった。
フィフスとヨハンの胸に黒い点を残して。




