知らない技術
カウンターに案内され、質素な椅子に腰かけると、そこには受付の女性がいた。
見やると、何故か水晶玉が据えられている。これは他のカウンターにも全て設置されている様子だ。
「本日は個人証明カード発行でよろしいですか?」
「はい」
「住民登録などはありますか?」
「あ、ええと、今は旅をしていますが、オーティウムという村に家があります」
「住民証明などはありますか?」
「いえ、ありません」
「では、文字は書けますか?」
「はい」
「では、こちらの用紙に住所を書く事は可能ですか?」
「はい、可能です」
その受付はにこやかな表情、にこやかな声だが、有無を言わせない何かがあった。
事務的な対応と言ってもいい。
ともあれ、ボストン型の眼鏡をしたその受付に住所を記載した用紙を渡すと、受付はカウンターに据えられていた水晶玉に軽く手を振れ虚空を指で突く動作を繰り返す。
そして、胸元に両手を揃え、何故か指だけを虫の足のようにわさわさと動かし始めた。
目線も虚空の何かを見ているようだが、ヨハンには何も見えないので、総じてこの受付が何を行っているのかさっぱり分からなかった。
すると、先ほどよりも人間味のある声が耳に入る。
「何してるか、知りたい?」
「え、あ、はい」
受付の態度の急変に驚き、思わず赤面してしまう。
先ほどまでは人間味がなく、まるで喋る物質と会話しているように感じた。それに、顔も仮面を見ているような、そんな感じであった。
だが、いたずらっぽく笑う今の受付の顔、そして優しさに満ちた声に思わず心が驚いたのである。
なぜか無性にドギマギしてしまうヨハンに、笑う受付は眼鏡を外し、手渡してきた。
「付けてみて」
「あ、はい」
言われて手渡された眼鏡を付けたヨハンは、驚きの声を上げる。
「これは、凄いですね!」
「でしょ?」
ニコニコと笑う受付の顔を見るのもそこそこに、ヨハンは視線を右往左往させた。
そこには、現実の世界に拡張された情報が追加された視界が広がっていた。
例えば、水晶玉のすぐ上には四角い枠が浮かび上がっており、その中に文字が記載されている。
読んでみると、それはヨハンの名前と住所、その下の技能と銘打たれた枠の中に『読み書き可能』と書いているのが分かる。
先ほど受付が胸元で何かをしていた辺りを見やると、文字盤の様なものが見えた。
「ちょっと書いてみる?」
言われて、予備のものだろうか、アンダーリムの眼鏡を掛けた受付は水晶玉をコンコンと指先でつつき、何かを出現させる。
それは白い長方形の何かだったが、受付がそれを指先でこちらに弾くようにすると、ヨハンの目の前に広がった。
そこには、何やら文字が箇条書きのように書いており、冒頭に時間が記載されていることから、受付の今日のタイムスケジュールではないかと思われた。
「これ、私の個人的なメモだから、好きに書いてみていいよ」
と、言われても何をどう書けばいいのか迷っているヨハンの胸元に、先ほどまで受付けの胸元にあった文字盤が自分の前にも表れたのが見える。
試しに、文字盤の『あ』を押してみると、メモの下の方に『あ』が出現した。
得体のしれない技術に、自分が干渉出来た事に驚きと喜びが沸き上がった。
その沸き上がった感情は、どうやら顔に出ていたようだ。受付の笑顔が、より深まったのが分かる。
少し気恥ずかしくなったヨハン。だが、個人的なメモとはいえ、例えば『16:00 不審な団体への対策会議』だとか、『18:30 レギンレイブル氏の歓迎にについての会議』だとか書いている。部外者に見せていい物だろうか。
だが、わくわくした気持ちは抑えきれず、右手と左手の人差し指で突っつくように文字を打ち、なんとか自分の思った言葉を書き上げた。
『ありがとうございます』
出来上がった文字を受付に見せると、「まあ」とうれしそうに笑ってくれた。
そして彼女は素早く何かを打ち込み、こちらに見せてくる。
『私の名前はフィフスって言います。よろしくね』
音声の伴わないその会話は、沢山の人が存在する空間であるのに関わらず、二人だけの秘密の会話のようで、ヨハンは今までの人生で感じたことの無い不思議な感情に再び赤面してしまう。
そんなヨハンに、フィフスと名乗った受付は口を開く。
「この水晶玉と、その水晶を削って作られた眼鏡はセットなんだけどね。ここに設置されている水晶は全部『端末』と呼ばれてるんです。この端末の情報は、本体という大きな水晶玉に集約されているんだよ」
ヨハンは、今日何度目になるのかわからないへえ、という感嘆の声をあげ、聞き役に徹した。
フィフスは困った顔をしながら、ヨハンの持っていた木札を指さし、言う。
「例えば、この木札にもメッセージを貼って、メモにしてるんだよね」
「そうなんですね、なんて書いているんだろう」
言って、その木札を見やる。そこにはこう書いてあった。
『個人証明カード発行希望』
そして、そこから空白が続き、下の方に。
『この子イケメンすぎてつらい』
自分のことだろうかと、なにやら気恥ずかしい気持ちになったヨハンに、フィフスは苦笑いで告げる。
「さっき、待合スペースにいたクルツって男性いたでしょ? あの人普通に顔は悪くないのに、勝手にコンプレックス感じてるみたいなんだよね」
「はあ、そうなんですか」
とすると、先ほど用件を聞いてきた男がこの文字を書いたという事だろうか。
事務的にただ用件を聞いて去っていった男と、この言葉のイメージが合わなくて困惑するヨハン。
いや、それこそ偏った物の見方だとヨハンは思い直した。
彼にだって冗談を言う事もあるし、食べ物の好き嫌いだってあるだろう。
汚い言葉を使う事だってあるかもしれないし、誰かに甘える事だってあるはずだ。
彼も同じ人間なのだ。かつて父が言っていた『第一印象は大きい』、その意味の本質が垣間見えた気がする。
そしてこのイメージの乖離の元になっているのは、ここの職員たちが一様に人間味を消している事にあるのかもしれない。
田舎ではそんな事は想像できない。優しい、暖かい、そんな人間味のある対応が是とされる田舎と違い、都会ではその人間味は付け込まれる隙となってしまうのではなかろうか。
そんな事に思い至ったヨハンは、思わずその想いが声になっていた。
「フィフスさんって、格好いいですね」
「え? あ、ありがと」
ほのかに頬のあたりが桜色になったフィフスは、照れを隠すように「じゃあ、カードを発行しますね」と言って一旦奥に何かを取りに向かった。




