冒険者協会
ヨハン達は、ゾモスの案内を受けて冒険者協会にやってきていた。
中に入ると、石造りのしっかりとした空間が広がっており、入ってすぐは待合室、その奥には受付カウンターが見えた。
優に100人は待機できるであろう空間に、整然と椅子が並べられており、椅子に座って待っている人間は片手に木の札のような物を握り締めている。
「265番でお待ちの方ー」
そんな声が待合室に響くたび、木札を持つ人間達は自分の木札をちらりと確認する。
恐らく、そこに自分の受付番号が記されているのだろう。
毎回確認するのも、別段自分に割り振られた番号が覚えられないからという訳でもなく、単に確認したくなる習性が人類にはあるのではないだろうか。
ともあれ、ヨハン達が冒険者協会に入ると、直ぐに小綺麗な服を着た男に話しかけられた。
「どうも、本日はどのようなご用件で?」
「えーと、個人証明カードを発行してもらおうと思いまして」
「承知しました。それでは、こちらの番号でお待ちください」
ヨハンに渡されたのは、177番と記載された木札だ。
「他の方々は、付き添いですか?」
言われて、ヨハンはシモンやベズィー達も同じ用件である事を伝えると、どうやら一人一人別々に受付をする必要があるらしく、ネモフィラとゾモスを除く、人数分の木札が配られた。
木札が全員に行き渡ったところで、ヨハン達は手近な椅子に腰かけ、話を始める。
「なんか、想像してたより静かで事務的な感じだね」
ベズィーである。コギルも同感なのか、周りを見渡しながら声を潜めて言う。
「それに、待っている人間たち、ちょっと生気が……って感じがするな」
「どんなイメージだったかは知らないが、どの町の冒険者協会もこんなものだよ」
そう言うのはゾモスだ。他の町の冒険者協会の様子も知っているのか、彼は説明を続ける。
「基本的に自分の住処や仕事を持っている人間には用がない場所だからな。裏返せば、用があるのは住所の無い人間や、仕事の無い人間となる。今日食うのにも困って受付の人になんとか仕事を回してもらわなきゃならないから、みんな協会側のいう事をよく聞くし、協会ってのは国営だから受付の成績なんてのはあってないようなもんだ。だから民営みたいなガツガツした感じではなく、誰に対しても一定の丁寧さで対応してくれるのさ」
へえ、とヨハン達の口から感嘆の声が漏れる。
知識としては父、ペトロから聞いてはいたものの、実際に目で見ながら解説されると、説得力が違う。
特に、冒険者という単語からは中々想像できない実態である。
ゾモスは、そんなヨハン達に気をよくしたのか、指を立てて続ける。
「よく比べられるのは、傭兵組合と狩人組合だが、協会と大きく異なるのはどちらも民間の施設って事だ。ただ、傭兵組合の出資は主に民間軍事会社となっていて、民間軍事会社ってのは結局戦争屋の側面がある。国にも関わってるっちゃ関わってる筈なんだが、表向きは国には所属してないって体裁をとってる。狩人組合も魔物討伐なんかで国と関わる事があるが、こっちはもっと地域に根付いた、本当に地元の企業が素材や食材を集めやすいように組織されている組合だな」
再びヨハン達の感嘆の声が漏れた。
自分達の知らない知識を聞くのは楽しいもので、長そうだと思っていた待ち時間も、意外と短く感じるかもしれない。
そこに、意外な人物が説明に続いた。
「協会は国営。とは言っても、宗教団体からの寄付で賄っている部分が大きいですし、勿論企業からの寄付、あとは遊牧民族からも僅かですが寄付が入っています。殆ど国側は管理を任されているだけで、運営方針に口を出す事すら難しいのですけどね。この地域の宗教団体ではヴァン教やアース教が強いですから、協会の幹部は殆どその信者です」
ネモフィラだった。
今までの言動から、真面目な話などできないと勝手に決めつけていたが、語る言葉には確かな説得力があり、かなりの知識量を伺わせた。
尊敬の念を込めてネモフィラを見つめたヨハンだが、ネモフィラと目が合うと、彼女は怯えたように「ヒッ」と小さな悲鳴を上げたので、心と共に視線も沈んだ。
ネモフィラは、そんなヨハンの様子に罪悪感でも感じたのか、一つ咳払いをして少し声高に説明を始めた。
「冒険者協会の成り立ちについては諸説あるのですが、一番有力なのは、国と遊牧民、難民との対立から始まったと言われています」
「遊牧民と難民? なんでだ?」
コギルが疑問符を浮かべ、その顔にぴしりと指を突き付けながらネモフィラが言葉を続けた。
「国は領主から、領主は領民から税を徴収し、運営しています。しかし遊牧民や難民は領民ではありませんから、税を徴収する事ができません。難民は町の周囲にテントを張って生活し、遊牧民も町から町へ移り渡りながら、それでも決まった住所を定めないため、税を得られません。しかし、町自体に入る事は危険物を持っていなければ可能ですから、彼らも町を利用しているのです。だから国は彼らに、決まった働き口を見つけ、住所を取得し、税を納める様にと主張しました。ですが、そもそも安定した仕事を得る事が難しく、税や土地代を払う事が難しいと遊牧民と難民側は主張しました」
パン、とネモフィラは手を合わせて音を立てる。
「そこで、世界的に影響力のある宗教団体、アース教が動いたのです。冒険者組合という組織を設立することで、難民達が仕事を得て、その町の経済活動に参加する事ができる。これが始まりです。国側も税はとれないが、経済効果自体はあるものと認めるとともに、住所で縛れない人間達を管理する為の個人証明カードを発行するなど、様々な管理に役立つだろうと国主導のものへと引き取った結果、冒険者協会へと名前を変えたのです。だから、元々職の無い人々への救済の場だったのですよ。今もその側面が大きいですけどね」
「ふーん、でもなんで冒険者なんだ?」
コギルの鋭い質問に、ヨハン達は一様に頷いてみせる。
その答えも、ネモフィラの知識にあったようだ。
「遊牧民はともかくとして、難民という名前を前に出すと差別が生じると、当時のアース教が考えたためと伝わっています。住所を持たず仕事を探す、という後ろ向きな言葉から、希望のある名前に変じたものが、冒険者、という事です。因みに少数ですが、未開地や遺跡などを転々としながら町でたまに仕事をする生粋の冒険者という人たちもいるようですわね」
そのネモフィラの知識量に、一同はうるさくない程度に小さく拍手を贈った。
その時。
「177番の方ー」
ヨハンの順番が回って来たようである。
この時間が楽しいと感じていたヨハンは、名残惜しさも感じながら、呼ばれた方に向かう事にした。




