一方その頃
ゼノビアの試すような視線がチェルシーに向けられる。
だが、チェルシーはその視線をものともせず、優雅に一礼し、言った。
「ゼノビア・レギンレイブル。大変不本意ですが、貴方の実力に感服いたしました。よろしければ、大変遺憾ではありますが、仲良くしていただけませんか?」
そう言って手を差し伸べるチェルシー。
獰猛な顔から変な顔となったゼノビアは、やがてその顔を苦笑いへと変化し、次いで噴き出すように笑った。一人百面相を行ったゼノビアは、つかつかとチェルシーに歩み寄った。
「貴族って奴は、嫌いな相手ににもにこにこ笑顔で握手してさ。ほんとに嫌な奴らだと思っていたが、あんたはちょっと好きになれそうだよ」
言って、がしっとチェルシーと握手する。
すると、それが合図だったようにその場に歓声が沸いた。
「すげえ! なんて二人だ!」
「ゼノビア様は当然として、あの女、いやあのお方は何者だ!?」
空気が揺れる。地震が起きていると錯覚するほどの歓声に、耳をやられているヨハンにゾモスが強引に肩を抱きキラキラした顔をして言った。
「おい、お前の知り合いの女性、あの人は何者なんだ!」
その隣でネモフィラが腕を腰にあてて咎める様に言う。
「ゾモス! トリスメギストス様のお知合いに何者だ、なんて無神経じゃありませんか?」
「そ、そうですか? じゃあヨハン、後で紹介してくれよ」
「それでよろしいです。神経が無いのはいけません。だって神経が無いんですもの」
「ネモフィラ様、意味が分からないのですが……」
「分からないのであれば仕方ありません! だって、私も分からないんですもの!」
「……」
言葉を失ったゾモスに、キラキラした笑顔をしたネモフィラが続ける。
「そんな事より! 命令ですわ! レギンレイブル様のサインを貰ってきてください!」
「ゼノビア様の? ネモフィラ様はゼノビア様がお好きなので?」
「ええ! 暴風の剣士ゼノビア・レギンレイブル様と、爆炎の申し子イシス・レヤック様、森の案内人ケティル・ハルビャルナルソン様は推しです! ただし! 最推しはペトロ・マーダー様です! これは譲れません!」
「はあ……でもそれならご自身でサインを貰いに行ってはいかがですか?」
「!? なるほど! サインはあくまで話のきっかけにし、そこから会話に花を咲かせて、あわよくば仲良くなってしまおうという魂胆ですね!? ゾモス……見かけによらず策士ですね……」
「ええと……まあ……お気に召したなら幸いです」
困り顔のゾモス、それを押しのけてヘカテがヨハンに詰め寄った。
「すげえなあの人、マーダーって家名だから師匠の仲間だったペトロさんの奥さんか何かか?」
答えようとするヨハンだが、その前に気になる事があり、指摘しようかどうしようか迷ってしまう。
その迷いを代弁するように、シモンが困り顔で言う。
「それはいいとして、そろそろポルルが死んじゃうから放してあげて」
ヘカテの腕の先には、喉笛を掴まれ、青い顔を通り越して白い顔になりつつあるポルルの姿があった。
「あ、悪ぃ」
そう言って、ヘカテはポルルの喉笛を掴んでいた手を放す。
ポルルはよよよと崩れるように倒れ、コギルは心配そうに介抱した。
「おーい、大丈夫かポルル」
息も絶え絶えなポルルは、それでも最後の気力を振り絞るように言った。
「腕に……掴むなら腕にして欲しかったんですぅ……」
「いや、ほんと、悪い」
申し訳なさそうに俯くヘカテ。
そんな、一種仲良く話しているような一同に、傭兵からの質問攻めを巧みに躱したチェルシーが合流した。
「昔ならもっと動けたんですが、中々思うようにはいかないもんですね」
その言葉に、コギルが反応する。
「歳って事っすか?」
刹那、コギルの喉笛にチェルシーの綺麗な手が食い込み、コギルの口の端からは泡が零れた。
「何か言いましたか?」
チェルシーの言葉の裏にある殺気に誰も何も言えず、ただ一人、ベズィーが小さく「コギルが死んじゃう……」と零すように言った。
だが、笑顔のチェルシーに、何か言う事など、この場の誰もできなかった。
「ほら、取り敢えずあんた達は訓練に戻りな!」
そんなコギルの命を救ったのは、ゼノビアだった。
彼女も傭兵達に囲まれていたが、手を叩きながら彼らを訓練へと戻し、ヨハン達の前にやってきたのである。
「なんか知らないけど、ここで殺しはやめてくれ。それと、出来ればこの子達を紹介してくれないか?」
「……わかりました」
そう言ってコギルから手を放したチェルシーだが、ヨハン達は紹介を受けるまでもなく、一歩前に出て自己紹介を始める。
「ヨハン・トリスメギストスです。オーティウム村からやってきました。ペトロ・トリスメギストスの息子です。以後、お見知りおきを」
「シモン・トリスメギストスです。隣のヨハンの双子の妹です」
その二人の自己紹介に、ゼノビアは「トリスメギストス?」と一瞬不思議そうな顔をするが、ベズィー達が自己紹介を続ける。
「ベズィー・シモンズ。アブセンス村の狩人です! ケティルさんとペトロさんに鍛えてもらいました! ヨハンくんと一緒に旅をしています!」
「コギル・バーナードだ。ペトロさんの弟子をやってる。同じく旅の仲間だ」
「トーアーサ・ウェイク。右に同じ」
「ポルル・ハルビャルナルソンです、アブセンス村の村長の息子です」
「ああ! もしかしてケティルの子? すげえな、時の流れを感じるねえ」
ポルルの家名に思う所があったのか、ゼノビアは笑顔だ。
「お母さんはピュズリって言います」
「やっぱあの二人はくっついたかー! なんにせよ、会えて嬉しいよ。改めて、私はゼノビア・レギンレイブル。勇者一行時代はペトロやケティル、ピュズリとは仲良くさせてもらってたよ」
「私は養子で弟子のヘカテ・レギンレイブルだ」
和やかにお互いの名乗りも終わり、ヨハンはチェルシーに称賛の声を上げる。
「それにしても、チェルシー姉さんは凄かったんだね!」
「うん! 只者じゃないとは思ってたけど、本当に何者なの!?」
シモンも手放しで称賛を贈るが、チェルシーは困ったように笑う。
「まあ、色々あったんですよ。そんな事より、これから冒険者協会に行くんですよね、それなら私も──」
不自然なくらいに話を変えようとしたチェルシー。だが、ゼノビアにその肩をがっしりと掴まれて言葉を止める。
「逃げられると思ってんのか? これから一緒に飲み屋直行だ。一切合切話してもらうぞ、あんたとペトロの関係をさあ」
「──行きたかったのですが、逃げられそうにないので、気を付けて行ってきてくださいね」
こうして、チェルシーとゼノビア、ヘカテと別れ、一行は冒険者協会へと向かうのだった。
○○○
一方その頃、ペトロ家では。
「うむ、中々の茶葉だな」
「いや、ギヨーム村長。なぜあなたが俺の家でくつろいでいるんだ?」
「これは異なことを言う。友人たるチェルシー嬢が居ないのだから仕方ない事だろう?」
「何がどう仕方ないかわからんが……ほかに友人はいないのか?」
「私に友人がいるとでも?」
「威張って言う事ではないと思うんだが……」
ペトロ家の一室。応接間で優雅に茶などを飲むギヨームと、それに付き合わされて一緒に居るペトロ。
リリィもその場におり、彼女の前にも茶を注いだカップを置いてある。
スケルトンである彼女に飲食は出来ないので、無駄かもしれないが、それでも一緒に茶を楽しんでいる、という形だけでもとってあげたかったのだ。
とはいえ、表情も無ければ言葉もしゃべらない為、相変わらず何を考えているのか、どう思っているのかはわからないのだが。
それでも、ヨハン達が旅へ出てから空いた時間をなるべくリリィと一緒に何かをする時間にし、良好な関係を保つ努力はした。いや、ペトロとしてはそのつもりだった。
その甲斐あってか、一時期妙に不機嫌だったのが、最近は、特に昨夜などはペトロが寝ているベッドに侵入してきたくらいである。
ただ、何故かリリィは全身鎧を着たままだったので、寝返りを打つ度にうめき声を上げる事となってしまったのだが。
それでも、少しずつでも、心を開いてくれているのかもしれないと思える何かがあるから、ペトロの胸は幾ばくか明るかった。
そんな事を考えるペトロに、ギヨームが何かを思いついたように手を打ち、言ってくる。
「そうだ。ペトロ殿も私の友達になってくれないか」
「あ、ああ。それは別に構わないが……」
「おお……おおおお! おおおおおおおお!! 本当かね!?」
「ぅぉう。圧が凄いな村長」
「おいおい! 私と君は友人だぞ! ギヨームと呼んでくれ。なんならギヨッチでもいい」
「なら、ギヨームと呼ばせてもらおう」
ギヨッチの件は気になるが、なんとなく聞くと長そうなので無視する事にした。
すると、ギヨームは立ち上がり、手を差し伸べてくる。
やれやれ、という感じに握手を交わすと、ギヨームは両手を広げてハグを求めてきた。
彼の中の友人は、ハグをするものなのだろう。
仕方なくハグも交わし、背中を軽く2回ほど叩いた所で、ギヨームはリリィの方を向いた。
「うむ! 貴殿も私の友人になってくれないか?」
そう言ってリリィにも握手の手をさし伸ばしたギヨーム。
リリィには握手の作法は以前伝えた事があるので大丈夫だろう。そんな気持ちで見ていると、難無く立ち上がり、ギヨームと手を握り合うリリィ。
実際は、魔物と人間が手を握り合っているのだ。ある意味歴史的な瞬間ではなかろうか。
そういった意味も加えて、ペトロの目の前に広がるそれは、実に微笑ましい光景と言えた。
そして、ギヨームが両手を広げて。
「さあ! 友達の証のハグをし……ぐはあ!!」
両手を広げて近づいたギヨームのみぞおちに、リリィの拳が突き刺さっていた。
「ギヨーム!」
ペトロは慌ててギヨームを背中から抱きかかえ、そのまま寝かせるようにする。
呼吸は荒く、顔は青白い。このままでは命すら危ういように感じた。
だが、なぜ。
そんな思いでリリィに顔を向ける。
すると、リリィは両の拳を顔の下に起き、体全体で不安を示すような態度をとった。
ペトロは、彼女にゆっくりと近づき、努めて優しく言う。
「嫌だったのかな?」
リリィは視線を返してくる。
と言っても、彼女には表情筋も何もない。いや、あったとしても今は全身鎧に身を包んでおり、顔も兜のバイザーで隠されている。
だが、ペトロにはなんとなく自分の直感が間違っていないような気がした。
だから、言葉を続ける。
「嫌だからと言っても、殴るのはよくないな。まずは押し返してみるんだ。それでも止めてくれなかったら、思い切り殴ろうか」
言って自分に出来る限りで優しく微笑んでみる。
気持ちは伝わったのか、どうなのか。
リリィは、先ほどギヨームがしたように、腕を広げた。
どうしたのだ、と目を瞬かせるペトロだが、リリィは構わず何かを待っている。
ペトロは苦笑いを一つ零し、確かに、異性にハグを求められると、戸惑うだろうなと思うに至り、ギヨームは殴られてもしかたなかったかもと考えに整理がつく。
そして、相手は全身鎧だが、それでも努めて優しくハグをし、リリィの耳元に言葉を落とした。
「怖かったんだな。すまない。俺が止めるべきだった。ごめんな」
その言葉を聞いてなのか、ペトロの背中に回ったリリィの腕の力が少し、強まった気がする。
ペトロとリリィが二人だけの世界に浸るなか。
顔色が青から白に変わりつつあるギヨームもまた、この世ではない世界に足を踏み入れかけていたのだが。
暫くの間、誰もギヨームの危険な容体に気付く者はいなかった。




