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勝敗の理由

 呪詛のようなヘカテの声が、その口から呼吸音と共に洩れるように紡がれる。


「……くっそ、やりづれえ、そろそろ倒れやがれ」


 対して、やはり淡々と返すシモンだ。


「倒れたくはないかな。だって負けたくないし」


 どこまでも対極な二人、観戦している者たちはヘカテを応援する者が多くなっている様子である。

 ただひたむきに全力で剣を振るい、その力を出し切れなくても諦めず、何度でも立ち上がるヘカテの姿に心打たれる者もあった。


 対して、どこまでも冷静に、大技を狙わず、長剣のリーチを活かして、また時に剣ではなく足や拳で執拗に手足を狙って相手の技の精度を落とそうとするシモンには、渋面を作る者が多い。


 ヨハンはその観戦者たちの様子に少しばかり苦笑いをする。

 恐らくシモンとヘカテは、強さという意味ではほとんど互角なのだ。けれど、この勝負はきっとシモンが勝つ。

 それは剣や体裁きなどの強さとは全く別の要因で、勝つべくして勝つのである。


 シモンだって、心理戦で不利とならないようにポーカーフェイスを作って涼しい顔に見えるだろうが、ヘカテは強い。おそらくベズィー達よりも強いだろう。

 そんな同格の相手に、一瞬たりとも気が抜けず、それでも必ず勝つために精神をすり減らしているはずである。

 負けてもいいのなら、それこそヘカテのように自分の得意な技を全力で打ち込んで、失敗しても笑っていればいい。負けてもいいのであればだ。

 だが、シモンは勝つ事を選んだのだ。だからこそ、相手に合わせて脳細胞をフル回転させ、神経が擦り切れそうになりながらも、瞬時に最適解を求めて攻略している。

 ただそれだけなのに。


 シモンの剣先がヘカテのつま先を突く度、シモンの剣先がヘカテの手の指を弾く度、傭兵たちの中から舌打ちの音や嘆息の音がする。

 ヘカテが耐え切れず倒れ、それでも立ち上がった時は歓声すら上がった。

 

 本人の努力や思いとは別のところにある世間の風評に、悲しい気持ちが顔を曇らせてしまう。

 もう少しだけでいいから、シモンにも味方してほしい。自分の最愛の妹を、まるで悪魔を見るような目で見ないでほしい。


 そんなヨハンの願いを、まるで拒否するかのようにヘカテの裂帛の声がかき消した。


「あああああああああああああああああああ!!」


 ヘカテはシモン目掛けて袈裟切りに剣を振り下ろす。

 だが、シモンは冷静に一歩踏み込み、ヘカテの軸足を蹴り払った。


 盛大な音と砂煙をあげヘカテは倒れこみ、起き上がろうとしたその時、その右目の数ミリ先に剣先があった。


 シモンの、いっそ静かな声が落ちる。


「私の勝ち」


 静寂だった。

 拮抗した実力者同士の戦いにして、勝者を称える者も居ない。あるのはただただ、負けたヘカテへの同情の眼差しだけだった。


 勝者たるシモンは、ただ静かに剣を引き周りを見回した。


 そこにあるのは、嫌悪だ。

 どうしようもない嫌悪が向けられている。

 狡い、汚い、そんな言葉が、どす黒い色を伴って目に込められているのがわかる。


 全力を尽くして勝利した者への対応だとすれば、それはあんまりな仕打ちだった。

 ヨハンはシモンに声をかけようと、ベズィーは周りに不満をぶつけようと、コギル達はシモンの元に駆けつけようと動き出したその刹那、ヘカテの声が全員の耳に飛び込んできた。


「くやしい!! なんで勝てねえんだ!! くそおおおおおおおおおおおおお!」


 四つん這いになり、地面に拳を叩きつけるヘカテのその目からは、大粒の涙が、まるで嵐のように降っている。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 号泣だった。

 これにはヨハンはおろか、シモンも驚いた表情を見せる。

 

 ただ一人、ゼノビアだけはヘカテの姿に愛おしむような、そんな目をして見つめていた。


 やがて泣く声が小さくなった頃、シモンはヘカテの前で片膝をついてじっと見つめた。


 どれほどそうしていただろうか、地面を見たままのヘカテがぼそりと言葉を落とす。


「……なあ。私は弱いのか?」

 

 その言葉に、シモンは少し考えてから答えた。


「あなたは弱くなんかない、凄く強いと思う! と言っても私、村を出たばかりで世界を知らないんだけどさ」

 

 ヘカテは、シモンのその言葉に流れる涙もそのままに顔を上げ言う。


「……手も足もでなかった、何もできなかったのにか?」


 まるで縋るようなヘカテの顔に、シモンは正しく向き合うように、真剣な顔で言葉を返す。


「多分だけどさ。ヘカテは勝ち方を知らないだけだと思う」


 言って、少し虚空に目をやり考えた風のシモン。答えが見つかったのか、言葉を続けた。


「えっと、ヘカテの師匠は、きっと強くなる事を教えてくれたんじゃないかな。私の師匠は勝ち方を教えてくれた。似てるけど、ちょっと違うんだと思う」


 ヘカテは違いが分からず、変な顔をした。

 そのヘカテの手を、隙ありとばかりに両手で掴んだシモンは、嬉しそうに言う。


「でも凄いよヘカテ。私さ、まだ村から出たばかりなのに、慢心してたんだ。実は私って強いんじゃないかって。でも、ヘカテと最初に剣を交えた時に痛感したんだよね。ああ、私の見ていた世界は狭かったんだ、世界にはこんなに強い人がいるって。ありがとう、私の慢心をぽっきり折ってくれて」


 嬉しそうなシモンに、困惑するヘカテ。ギャラリーもどう反応していいかわからないように静観していた。

 ヘカテは、不思議そうにシモンに問う。


「変な奴。普通は強くなる為に師匠に教わるもんなんじゃないのか?」


 すると、シモンは少し苦い笑いを浮かべた。


「……私さ、一回、酷い負け方をしそうになったことがあるんだよね」


 シモンの目は、過去に思いを馳せる者特有の、目の前を見ているようで、別の何かを見る目をしていた。

 ヘカテは不思議に思い、感想を口にした。


「そうなのか? あんたなら、どんな戦いでも飄々と勝ちそうだけどな」


 ヘカテの素直な感想に、一瞬嬉しそうな顔をするシモン。だが、次の瞬間には地面を見て言葉を発していた。


「何もかも失う酷い負けになる所だった。大切な人がね、私を庇って左目を失ったの。あそこにいる私のお兄様も強いんだけど、それでも相手の強さに敵わなくて、大切な人はお兄様を庇って右腕を失ったんだ」


 予想以上に重い話となり、ヘカテは何も言えないでいた。

 見つめるシモンの瞳には、何が映っているのだろうか。覗き込めばきっとその大切な人がいるのだろうか。

 シモンは言葉を続ける。


「情けないけど、そんな状況で、私はもう負けるって確信しちゃったんだ。お兄様もそう。けどね」


 シモンは、はっきりと輝く眼光でヘカテを射抜き、言った。


「その大切な人は勝つつもりだった。右手と左目を失って、自分が戦えなくなっても、私とお兄様に武器を渡して勝とうとしたんだ。情けないけど、私は無理だって思って何もできないでいた。お兄様も、手渡される剣を受け取れなかった。その時、初めてその人は私達に怒ったんだよね。……私、その人に怒られたの初めてでさ」


 言うと、シモンはすうっと息を吸い込み、その言葉を再現した。


「泣いて立ってれば誰かが助けてくれるのか!? それとも諦めたのか!? 俺の子供は、この世界を生き抜くこともできない弱者なのか!? 俺を超えろ! 俺が死んでも、その屍を超えて生きろ! ……ってね」


 果たして、左目を失って、右腕を失った人物がそんな事を言えるのだろうか。

 少なくとも自分が戦えない状態になった時点で、そのように強気でいられるだろうか。

 それほどまでに、その言葉は勝利を確信しているような、そんな信頼に近いものを感じた。

 シモンは、独白のように続ける。


「だから私は、二度と負けないって誓ったんだ。負けないためには勝つしかない。私は自分の実力を上回る存在にだって勝って見せるよ。これ以上、何も奪われたくないから。だから、多分ヘカテと私は同じ強さを学んでいても、何に使うのかっていう所が少し違うんじゃないかな。……あれ? ちょっとわからなくなってきた」


 最後は少し恥ずかしくなってきたのか、はにかむ様な顔のシモンに、ヘカテは溜息をつきながら言う。


「わかった。それが……シモンだっけ? の強さの秘訣って事だな。じゃあ……」


 ヘカテは立ち上がって、恥ずかしそうに笑いながら言葉を続けた。


「……私にも教えてくれよ。その……勝ち方って奴をさ」


 シモンは、思わずヘカテに抱き着いて答えた。


「もちろん!」

────────────────


【Tips】


『奴隷制度』

 産業革命にあたる変革が起きればなくなるかもしれませんが、労働力の分配が正しく行われていないこの世界では、多様な奴隷制度が存在ます。

 一つは村から捨てられた子供を国が買い取り、国家公認奴隷商に預けて労働力の足りていない場所に再分配するというもの。

 もう一つは他種族(亜人という蔑視言葉がある)、主にドワーフを奴隷として労働力にする。

 前者は人権が認められるので、給与は出ませんが生活が保障され、待遇についても奴隷商の監査が入るので悪いものでもありません。

 むしろ、殆どの仕事が世襲制で、仕事を選ぶという文化が無いため、奴隷になりたいと望む村人もいるのが現実です。

 後者は種族が違うので人権は認められず、物に近い扱いを受ける事があります。

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