弟子の戦い②
固唾を飲んで円の中心を見る者達。
円の中心では、木剣を構えた二人が対峙している。
(似ている)
ヨハンは胸中で思わず独り言ちた。
長剣を正眼に構えるシモンの姿と、片刃の剣を正眼に構えるヘカテの姿は、扱う武器こそ違うが、まるで同じ師に教えを受けたが如く、とても良く似ていたのである。
じりじりと身を焦がすような緊張感がその場を支配し、呼吸する事すら憚る、そんな空間。
先に動いたのはヘカテだった。
「くたばれ生意気女!」
幾分口汚い裂帛の声だが、その声が届くよりも早くシモンも動いていた。
ヘカテは袈裟切りに斬り下ろす斬撃を、対してシモンは下からすくい上げる様な斬撃で応戦する。
カァン、という甲高い音が響き、二人の刃は一瞬交わって、弾ける様に離れた。
「……く、重い!」
態勢を崩したヘカテの口から洩れる声。
しかし、シモンの攻撃は終わっていなかった。
ヘカテの斬撃を受けた反動を利用して反対に回転し、今度はヘカテの側面を狙って水平に薙ぎ払いを行ったのだ。
鈍い風の音を伴ったその斬撃は、剣の軌跡が赤い残滓となって見える程に魔力が伴っている。
その斬撃は、鎧を着た大男でも一撃で崩れ落ちる事だろう、そう思わせる斬撃だった。
だが。
「なめんなぁ!」
ヘカテはあらん限りの力を総動員し、素早く四つん這いになって斬撃を回避し、跳躍して距離をとる。
そして、独特の構えをとった。
半身になり、左の腕を肘打ちを打つ時のように前に出し、手首と肘の間に刀身を寝かせて置く様にする。
それはまるで、剣先で狙いを付けるような、狙撃に似た構えだった。
ヨハンの頭に警鐘が鳴る。
「シモン! 相手はニホントウを知っている! 気を付けて!」
その声が届いたのか、シモンも構えを変えた。
下段の脇構えと呼ばれる、シモンが最も得意とする構えだ。
半身となり、剣先を後ろで引きずる様な構えをとりながら、口を開いた。
「その構え、平手突きを狙ってるのかな。師匠に教わったの?」
「……答える必要ねえけど、そうだよ」
「あなたの師匠とは、話が合うかも」
「言ってろ」
刹那、ヘカテが神速の突きを繰り出す。横に飛んで難無く躱すシモンは、下段からすくい上げるような剣を繰り出し応戦する。
そこからカン、カンと甲高い木剣が打ち合う音が連続して響き、戦う二人は残像すら見える程の速度で剣を振るっていた。
その一進一退の攻防に周りの男たちは時にどよめき、時に歓声を上げ、まだまだ勝敗の行方はわからないように見えた。
が、渋面を作って苦々しくその戦いを見ている者が居る。
ヘカテの師、ゼノビアだ。
互角に見える戦いにも、彼女にはどちらが優勢なのかが分かるのである。
それは勿論、ヨハンにもわかっていた。
ヘカテは多種多様な構えを見せ、様々な攻め方、受け方をする。
得意とするのはどうやら左手を前に出し、剣を持つ右手を後ろに溜める様に持つ構えのようだが、それも下段、中段、上段と使い分けており、どんな状況にも対応できるタイプのようだ。
対してシモンは殆ど構えを変えていない。けれど、柔軟さではシモンが上であることはヘカテも認識している事だろう。
シモンは、巧みにヘカテの攻撃を躱し、体の中心ではなく外側、つまり手や足を狙って攻撃していた。
それも時に蹴り、時に剣を手放し殴り付けるなど、攻撃方法は多彩で、かつ一撃で決めようとはしない。
特につばぜり合いになれば必ずヘカテの足を狙って蹴りを放ち、それを嫌がったヘカテは、距離をとって戦うようになっていった。
この戦いはシモンが主導権を握っている。戦闘に詳しい者が見ればその状況は一目瞭然である。
事実、ヘカテの汗の量が異様とも言える程多く、内心の焦りを表していた。
また、手足のダメージも馬鹿にできない様子で、よく見ると構えが段々と乱れているのが分かるのである。
ヘカテの苛立ちは、ついに言葉になって口から飛び出す。
「なんなんだお前! すげえやりにくい!」
答えるシモンの声は、反対に淡々としていた。
「うん。そういう風に戦ってるから」
「なんだよ! なんか卑怯だろ! お互い実力を発揮しきってどっちが強いかを決めるもんだろ普通!」
「なにそれ。あなたの師匠はどういう人かわかんないけど、私の師匠はね、格上相手でも、実力で遥かに劣っていても、絶対に勝つ人なんだよ」
「はあ? 格上に? 根性か何かか?」
「違うよ。戦えなくするんだよ。今あなたが感じてるやり辛さは、あなたの持ち味を潰してるからだよ。そしてその隙に手足を奪う。次は目。そうすればもう戦えない」
ヨハン達、同じ師を持つ人間以外は、ゾクリとする何かを感じざるを得なかった。
しかし、ヘカテはそんな中にあって果敢に攻めの姿勢を貫いた。
シモンの斬撃や蹴りがヘカテの腕と言わず足と言わずを叩く事にもめげず、形勢逆転を狙った、大振りな攻撃を繰り返す。
しかし、シモンの斬撃は単に手足を狙っただけのものではなかった。
もちろん、体の中心から遠い手足は、どうしても防御が疎かになるためそこを狙っているという事もあるが、本命は軸足や、予備動作を潰す所にあった。
つまり、ヘカテは破壊力の高い大振りな攻撃を狙っているのだが、もし仮にその攻撃がシモンに当たったとしても、予備動作が完全ではなく、軸を崩された不完全な攻撃となり、大したダメージにはならないのである。
敵に類稀なる才能があったとしても、それを発揮させなければいい。
シモンの父、ペトロ・トリスメギストスが得意とした戦法。まさに才なき者が才ある者に勝つための戦い方である。
戦いに技と技のぶつかり合いを期待する者にとってそれは、決して正々堂々とした戦いには見えないかもしれない。むしろ卑劣な戦法と言えるだろう。
自分より高みに居る存在を蹴落として勝つ、その怨念じみた執念が、いっそ戦いという熱気の中にあって体温を奪うような、そんな異様さすら感じるのである。
そして、この場にいる者の背を更に寒からしめているのが、その戦法をとっているのが、シモンという才能に恵まれた強者であろう存在であるという事実である。
一体どのような歪んだ生い立ちを生きれば、強者である矜持をかなぐり捨て、汚泥に喜んで浸かりにいくような卑劣極まる戦いを淡々とこなせるのだろうかと思った者も多いだろう。
けれど、シモンは、いや、ヨハン一行は強くなる事だけを望んでいる訳ではないし、師から武道を教わったわけではない。
ヨハンらにとっての武は、問題を解決するための術の一つでしかないのだ。
傭兵たちは、確かに凄惨な戦場で戦う戦士であるが、どこか心も強き者、つまり武道に対して憧れめいたものを抱えているものが多い。
特に模擬戦ともなれば、心の強さのようなものを求めがちになる。
そういった武道と、ヨハンたちが学んだ武術の違い。その違いが、ヨハンたちとそれ以外の者たちとの温度差の原因ではないだろうか。
と、荒い息で立つヘカテが、大技の気配に入り、観客たる傭兵たちの息を飲む雰囲気がした。




