弟子の戦い①
一行のたどり着いた場所は、強固な外壁に囲まれた、かなりの広さのある場所だった。
傭兵と思しき人間たちが、そこここで木製の武器を打ち合わせ、気合の入った声が入り乱れる。
だが、ゼノビアが姿を現すと、傭兵達は手を止め、その姿を一目見ようと集まって来た。
「レギンレイブル様! もういらっしゃったのですね!」
「おお! その堂々とした佇まい、正に勇者一行最強の一人だ!」
口々に何かを言いながら傭兵達は遠巻きに円となった。
その円の中心に位置するゼノビアだが、一緒に行動しているため、ヨハン達も注目を浴びる事になる。
耳には「あいつらは何者だ」「服装からして、貴族の子供か何かとその護衛じゃないか?」といった推測の声が聞こえてくる。
そんな喧噪などどこ吹く風、といったゼノビアは、チェルシーにちらりと視線を向け言った。
「獲物は?」
「剣です」
答えたチェルシーにニヤリと獰猛な笑顔を見せたゼノビアは、近くに居た傭兵に声を掛けた。
「あの性格悪そうな女に普通型の木剣を渡してくれ。私には大剣型と普通型を一本ずつ」
言われて傭兵が駆け出そうとした所、もう一人の赤髪、ヘカテが進み出た。
「待ちな。追加で片刃の木剣を持ってきて欲しい。両手で握れるくらい柄が長いやつ。もしなかったら長剣型の木剣でいい」
追加の注文を受けた傭兵が頷いたのを見て、ヘカテは視線をチェルシーに向けて言う。
「ババアの弟子である私があんたを叩きのめす。それでいいな」
最後の確認の言葉は、ゼノビアに向けたものだった。
ゼノビアは一瞬むっとした表情をしたが、ため息と共に悪い感情を吐き出し、勇ましく笑って応えた。
そのやりとりに、シモンが割って入った。
「じゃあ、こっちも私が戦う」
「ちょ……シモンちゃん?」
チェルシーが止めようと肩を掴むが、シモンは肩越しにチェルシーを振り返り、言う。
「チェルシー姉はあの大剣の人をぶっ飛ばしたいんだよね。私はチェルシー姉の実力を知らないけど、少なくともあの二人は強いよ、凄く」
片刃の形をした柄の長い木剣を手に、素振りを始めたヘカテの姿は、先のシモンの言葉を裏付けるに足る姿だった。
コギルが小声で言う。
「あれは、相当振ってる動きだな」
コギルの声で何故か一緒に居る──いや、監視なので一緒にいて当然ではあるのだが──ネモフィラも怯えたような声で言う。
「当然、勝てるんですわよね?」
その言葉に、シモンは軽く笑って答えた。
「ま、チェルシー姉がゼノビアさんと戦う露払いくらいはできるよ」
言って気楽に傭兵に長剣型の木剣をお願いすると、念のため長剣型も持ってきていたらしく、すぐに手渡される。
シモンは受け取った木剣を軽く握ったりしながら、重さを確かめ、ヘカテに向かって口を開いた。
「手加減はするけど、怪我させたらごめんね!」
「……ああ?」
笑顔のシモンに剣呑な視線のヘカテ。
チェルシーとゼノビアのように嚙み合った対立とは違い、どこかちぐはぐな空気がその場に流れた。
その様子に、ゾモスは眉根を寄せて不安を口にする。
「なあ、おい、止めなくて平気か? 相手は元勇者一行に居た最強の剣士、暴風の剣士ゼノビア・レギンレイブルの弟子だぞ」
その声に答えたのは、ほかならぬシモンだった。
「やっぱり元勇者一行の人だったんだ……! チェルシー姉との会話で大体想像ついたけど、どの程度の実力なのか見ておかなくちゃね、お兄様!」
「ああ、そしてお前の相手がその弟子って事は、父上とゼノビアさんの代理対戦、みたいな構図だね。負けられなくなったな、シモン」
「もちろん! 負ける気はないよ! お父様仕込みの同格相手との闘い方をみせてやるんだから」
言って、まるで鼻歌でも歌いだしそうなシモンの姿が、ヘカテの癇に障ったのだろう、より剣呑な視線となったヘカテは無言でシモンに目線を向けていた。
ヨハンは、不安そうなネモフィラと、心配しているゾモスに小声で告げる。
「大丈夫です。今の所優勢です」
「え?」
どういう事だと疑問符を出した二人に、コギルが補足で告げた。
「俺も師匠に会うまではその意味がわかんなかったから、二人の気持ちはよくわかるっすよ。実際に剣を合わせた結果なんてのは、決まった答えの発表に過ぎない。勝負って始まった時には終わってるもんなんです」
コギルの言葉は更に謎を深めたのか、二人の顔にかかった暗雲は晴れなかった。
ヨハンは構わずコギルに続いて話す。
「シモンは相手を同格と認めた。つまり、結果が分からないから、少しでも優位にしようと自分のコンディションを上げ、相手のコンディションを下げようと試みている。実戦経験の多い相手なら効果は薄いかもだけど、相手が挑発に乗るなら初撃は力の乗りやすい上段から来るだろうね」
そんなヨハン達の会話を知ってか知らずか、シモンとヘカテは言葉を交わしていた。
「……私はヘカテ・レギンレイブルだ。あんたは」
「シモン・トリスメギストスだよ」
「知らない名だな。自信があるようだけど、私は強いよ」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ、私の方が強いから」
「あ? てめえ、後で吠え面かいても知らねえぞ」
「なに? 吠えた顔が見たいって事? わんわん! これでいい?」
「……馬鹿にしやがって」
「馬鹿にする? 語弊があるなあ、こっちは馬鹿ともなんとも思ってないよ。心当たりあるなら、馬鹿だって認めてるって事かな?」
なにやらとても雰囲気の悪い言い合いになってきたところで、傭兵の一人が二人の元にやってきた。
「そ、それでは、俺が二人の審判を──」
「……下がってろ」
「自分のタイミングで始めるから、いいよ、お兄さん」
折角の審判の申し出だったが、二人に拒絶され、すごすごと円の中に帰っていく。
その姿を見て、という事ではないだろうが、シモンとヘカテは剣を構えた。




