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宣戦布告

「何者だ、あんた」


 訝しげに口を開いたのは、二人の赤髪の内、大剣を背負った方だ。

 その女は、鮮血のように赤い髪を腰まで伸ばしており、目も血が燃え滾る様な真っ赤な瞳が収まっている。

 美しい、という言葉がそのまま当てはまる顔立ちをしているが、チェルシーとはタイプの異なる美という様相であった。


 美しいその一瞬をそのまま固めたかのようなチェルシーに対し、赤髪の女のそれは、表情筋がせわしなく大きく動き、普通なら崩れた表情と言えるそれが美しいと思える不思議な人物である。


 服装は金属の軽装鎧を身に着けているようだが、留め具は所々外れ、だらしなく気崩している様子だ。

 ただ、その鎧はよく見ると細部までしっかりと作りこまれており、名工が仕上げた逸品ではないかと思えた。


 様相を観察するヨハンに、もう一人の赤髪が声を上げる。


「おい、何ジロジロ見てんだ。うちのババアに惚れたのか?」


「あ、いや、そういう事はないよ」


 ヨハンは幾分か慌てて否定しつつも、もう一人についても観察する。


 同じく赤髪を腰まで伸ばした女だった。年齢はヨハン達と同世代ではないかと思われた。

 髪に注目すると、もう一人とは異なり、頭髪の根元の部分が僅かに黒い。もしかすると染めているのかもしれない。

 目の色もお揃いの赤だが、彼女の目はまるで猫の様な、愛らしくも獰猛で冷酷な一面を覗かせる目をしており、顔立ちは美しいというよりも可愛いと言えるだろう。


 服装は革を中心とした鎧となっており、こちらはどちらかというと几帳面さが伺えるほどにしっかりと着用している。


 そこに、割り込んできた存在が居た。

 ネモフィラだ。


「ダービー家の人間として、往来での喧嘩など見過ごせませんわ!」


 やおら腕をくみ、仁王立ちをしたネモフィラが言い放つ。

 すると、野次馬たちのざわつきが増した。


 ネモフィラは幼い顔をしているが、よく見ると美しさの片鱗が見え隠れする人物でもある。

 紫の髪、紫の目は、彼女の気高さを表すようにも見え、その居住まいはいついかなる時も堂々としている。それもまた、彼女の美しさの一つなのだが。


「さあ! 大人しくお縄になりなさい! そして結ぶのです! 彼を!」


 指さされたゾモスが、何かを諦めた目をして言う。


「結ばないでくださいお嬢様。それと、往来で騒ぐくらいは別に何の罪でもありませんから、黙っていてください」


「まあ! 罪が無ければ処刑だけでもしたらいいじゃない!」


「……暴君が過ぎます、お嬢様。さあ、下がりましょう」


 きゃあきゃあと騒ぎながらも、ゾモスに腕を引かれ下がらされるネモフィラ。


 ヨハンはため息と共に活力が吐き出されてしまうのを感じながら、それでもにこやかな顔を作り、手を差し出す。


「ヨハン・トリスメギストスと言います。ここは人が沢山いて危険なので、矛を収めてもらえると嬉しいです」


 その様子に、大剣の女は「へえ」と呟くように笑い、ヨハンの手をとった。


「私はゼノビア・レギンレイブル。こっちは養子で弟子のヘカテ・レギンレイブル。あんた、強そうだね」


 曖昧な笑みで返すヨハン。しかし、その名乗りに意外な反応があった。

 ヨハンの後ろから、呟くようでいて剣呑な声が聞こえる。


「ゼノビア・レギンレイブル?」


 慌てて見やると、その声の主はチェルシーだ。

 それも尋常ではない雰囲気を纏っている。


 顔こそ笑顔だが、その表情はまるで氷像のように美しくも温度を感じず、更には彼女の周りは気温が下がるのか、寒気さえしたのである。

 そんな彼女が、凛としていて、小声でも遠くまで届くような不思議な声と共に進み出る。


「はじめまして、ゼノビアさん。お噂はかねがね」


 言われて、眉をハの字にしたゼノビアが問う。


「あ、ああ。はじめまして。私あんたに何かしたか?」


「いえいえ、とんでもないです。あの人がお世話になったそうで。あ、申し遅れました、私、チェルシー・『マーダー』と申します」


 その刹那。熱風が吹いた。


「……どんな手を使った」


 熱風による汗なのか冷や汗なのかわからないそれを流す周囲の人間を蚊帳の外に、二人は更に一歩ずつ進み出て、火花すら散らせる視線を交わす。


 チェルシーの周りは冷気が見える程に気温が下がっており、ゼノビアの周りは陽炎が見えるくらい高温である。

 そしてその二人の中間地点は、じゅうじゅうと音をさせて水蒸気が発生していた。


 心模様が気温の感じ方を変えるという事は度々ある事だが、この二人の場合は魔力が物理的に作用し、実際に気温を変化させているのである。


 見やれば、先ほどまで気楽に喚いていたネモフィラも息を飲んで震えているようだ。 

 何か恐ろしい事が始まる予感がして、ヨハンは口を開きかけたが、ゼノビアの方が早かった。


「ああ、そうか。お嬢様のチェルシーってあんたか。幼馴染だっけ? お屋敷に閉じこもってなくて平気かい?」


「ご心配ありがとうございます。私、彼を追いかけて実家を出ておりますので、大丈夫です」


「へええ、あんたみたいなやつが? どうせ弱みを握ったとかそういう事か? 勇者一行にも加われなかった弱っちいお嬢様をあいつが認めるとは思えねえな」


「人の強さの種類は様々です。貴方みたいな脳みそまで筋肉で動いている人間には分からないでしょうね。それに、私、戦ってもあなたに負けるとは思いませんし」


「言ったなこの腹黒女!」


「事実を言って何か不都合でも?」


 周囲のざわつきは更に大きなものとなり、止めに入ろうとしたヨハン達だが、それはチェルシーに手で制止されてしまう。

 ゼノビアが苛烈な目を燃やして言う。


「この先に傭兵組合の訓練場がある。決着はそこでつけようじゃねえか」


「ええ、貴方が地面を舐める準備を終えたら向かいましょう」


「ああ!?」


 掴みかからんばかりのゼノビア。微笑むチェルシー。

 二人に何の因縁があるのかとヨハンは頭を抱えるが、かくして一行は傭兵組合の訓練場に向かうのだった。

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