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その親子はまるで炎のように

 ゾモス達に連れられてダウロの屋敷を出たヨハンたちを待ち構えていたのは、予想外の人物だった。


「チェルシー姉!」


「久しぶりですね、シモンちゃん。それにヨハンくん達も」


 オーティウムの薬農家、チェルシーだった。

 アブセンス組のベズィー達もヨハンの実家で何度か顔を合わせた事もある人物である。

 ただ、初対面であったネモフィラは一歩前に出て、スカートを軽く摘み、優雅に膝折礼をしてみせる。


「ネモフィラ・ダービーと申します」


 さすがは貴族といえる、流れる動作にヨハンたちは目を見張った。

 だが、それに返礼するチェルシーの姿に、一同は瞠目せざるを得なかった。


 チェルシーの表情が消えたのだ。

 先ほどまでニコニコと温かみを感じたその表情は消え、まったく何を考えているのかわからない、まるで氷像のような冷たさと静謐さを備えた、そしてどこか作られたような表情に変わったのである。


 変わったのは表情だけではない。指の先までコントロールしているような、いや、それどころか瞼や眼球の動きまで全てを完全に律したような仕草で、同じく膝折礼をし、口から白い呼気すら幻視しそうなほど、凛として冷たい声が全員の耳朶にしっかりと届く。


「チェルシー・マーダーでございます」


 儀式的な礼など見慣れているであろうネモフィラでさえ息を飲むその姿も束の間、チェルシーは再び笑顔を取り戻し、言った。


「みなさん元気そうで良かったです。では、行きましょうか」


〇○○


 一同は大通りを歩いていた。

 監視役のネモフィラと、その護衛でついてきたゾモスによると、まずは冒険者協会に行き、個人証明カードを発行する必要があるそうだ。


「チェルシー姉はなんでミンスターに?」


 問われたチェルシーは久しぶりに会えたシモンと話すことが楽しいというように答える。


「別件でこの町の近くにきていたのですが、シモンちゃんやヨハンくん達が罪を犯して捕まっているという噂を聞きまして、問い合わせたら釈放される予定だと言うから待っていたのですよ」


「私たち、高貴な人物っていう人の命令で釈放されることになったらしいけど、チェルシー姉なにか知ってる?」


「さあ、わからないですね。多分貴族なんでしょうけれど、もしかするとペトロが動いたのかもしれませんね」


「そっか、ありがとうチェルシー姉!」


「僕からも、ありがとうございます」


 シモンに続いてヨハンも礼をする。

 この釈放に、チェルシーが何らかの形で関わっているであろうことは明白だが、理由はわからないが隠そうとしているのが見える。

 隠そうとしている事をわざわざ暴くつもりはないが、それでも礼くらいはしておきたかったのである。


 そんなやりとりをしている間に、ネモフィラはゾモスを心の底から不思議そうに見つめ、問うた。


「ところで、貴方は何故ここに居るんですの?」


「護衛という事になってます。ネモフィラ様」


「貴方は牢屋の看守ではなくて?」


「その筈なんですけどね。ネモフィラ様の護衛と、ヨハン達の監視という名目で私が帯同するという事になってると思います」


 その答えに眉間に皺を寄せたのも一瞬、直ぐに機嫌を直して辺りに視線を這わせるネモフィラ。

 確かに妙であるという事はヨハン達も思っていた。

 看守で、かつその看守隊の隊長が持ち場を離れる事も妙だが、貴族令嬢の護衛という意味であれば、もっと相応しい役職の人間がいるものではないだろうかとも思うのである。

 ともあれ、ダービー家の指示で間違いはないだろうから、そこについて深く触れる事はしなかった。

 むしろ、ヨハン達にすれば、気心の知れたゾモスであれば大歓迎と言える。


 和気藹々といった体で大通りを進む一行。しかし、ひと際大きな女性の罵声が耳に入った。


「うっせえババア。私は辛いもの食う気分じゃないって言ってるんだ」


「ああ!? たまにはいいだろクソガキ! ていうか私の金だろ!」


「誰の金とか知らねえよ。甘いものがいい」


「ガキっぽい事いってんじゃないよ! クソガキが!」


「はあ? ガキがガキっぽい事言ってもいいだろうが。それとも若さが羨ましいのか?」


「んだとぶっ殺すぞ!」


「上等だよ、終活の用意はできってっか? クソババア」


「ああん!?」


「おおん!?」


 見やると、赤い髪の女二人が息がかかるくらいの距離で睨み合っていた。

 二人は姉妹だろうか、ガキだババアだと抽象していたが、そこまで年齢に差があるようには見えない。

 また、ひと際目を引くのは二人の武装である。

 どちらかというと大人の雰囲気をさせた女は、背丈ほどもある大剣を背負い、腰にも剣が差されている。

 もう一人の、どちらかというと若い印象、ヨハン達と同世代の印象の女は、腰に柄の長いサーベルを差していた。

 それは、かつてペトロに見せられたニホントウという武器に似ている。

 しかしそのサーベルは、鞘と柄の辺りが紐でぐるぐる巻きにされており、簡単には抜く事が出来ないようにも見える。


 傭兵か何かなのかもしれないが、それでも一種異様な武装と言えた。

 ともあれ、往来でここまで大きな騒ぎを起こしているのだ、程なくして警備の人間がやってくるだろうとヨハンは予測する。

 しかしかなり勢いのある喧嘩に見える事から、誰かが怪我をする可能性もある。

 仲裁に入るべきか否かを考える事一瞬。シモンが先に行動を起こした。


「ちょっと! こんな所で喧嘩しちゃ迷惑だよ! やるならもっと場所を考えなよ!」


 微妙に仲裁とは異なるようだが、それでも赤髪の二人組は同時にシモンの方を向いた。

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