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ダウロの憂鬱

「罪についてだが、ある高貴なる人物より恩赦を与える様にとお達しがあってな」


 そのダウロの声に、シモンが反応した。


「高貴なる人物?」


「それが誰なのかという事であれば、答える事はできない。それもまた、高貴なる人物の指示だからだ」


 ぴしゃりとしたダウロの言葉に、ヨハンは予想を立ててみた。

 高貴なる人物という言い回しからすると貴族であろうと思われる。

 そしてお達しがあった、という事は、ダウロよりも大きな力を持つ人物という事であろう。


 ヨハンの故郷オーティウムで貴族というと、ギヨーム村長のダルクール家は、元々は貴族の家系というし、薬農家であるチェルシーも実は貴族なのではないかという噂があった。

 ただ、それでもオーティウムに現時点で住んでいる人物が直接的な影響力を持っているとは考えにくかった。

 という事は、オーティウム、もしくはアブセンスの誰かが影響力のある人物と知り合いだった、という線が現実的だろう。


 だとすると勇者一行という栄誉ある場所に居た父ペトロ、もしくはアブセンスの村長夫妻。または先ほどのオーティウムのギヨーム村長やチェルシーも候補に挙がる。


 そのいずれかの人物が領主ダウロ以上の権威を持つ人物に働きかけ、今回の恩赦にこぎ着けたという事だろうか。


 ヨハン達が取り調べを受けた時に、それぞれ出自は伝えてあるので、伝令自体は各実家に行っているものと思われた。

 しかし、そこから有力者に連絡し、その有力者からダウロに連絡するという事は、オーティウムかアブセンスから権力者の住む場所まで手紙を馬車か馬で運ばせて、そこからミンスターへ同じく手紙を運ばせるという行程になるだろう。


 手際がいいというかなんというか、それであれば10日という期間だった事も理解はできた。

 

 そんな考察をしているヨハンだが、その様子を観察しているような眼差しのダウロが再び口を開いた。


「ただし、条件がある。罪が罪だけに、このまま無罪放免というわけにはいかないのだ。けれど君たちを牢に閉じ込め続けるのは高貴な人物の意思に反する。折衷案として、監視の人物を付けた上で1カ月はこの街に留まってもらう事になった。異論は?」


「ありません」


 ヨハンはその高貴なる人物とやらに感謝を込めて頷いた。

 やりとりを聞いてゾモス達も安心したのか、立ち上がって楽にしている。

 そんな中、意図しない人物から声があがった


「あ、あの……トリスメギストス様というのは……」


 ネモフィラである。

 だからヨハンは答えた。


「僕です」


「ひっ!」


 答えたヨハンと目が合うや否や、ネモフィラは悲鳴を喉に詰まらせる。

 ヨハンは、目が合っただけで顔を歪ませる異性という状況に、怖がらせてしまったかもしれないのだからしょうがないと思いつつも、僅かにショックで心にひび割れの様な音がした。

 そんなヨハンの心境を察してか、シモンが続く様に口を開いた。


「珍しい家名かもしれないけど、私はシモン・トリスメギストス。こっちはお兄様のヨハン・トリスメギストスだよ」


「そ、そうなのですね」


 シモン相手なら話はできるのだろう。怯えて緊張していた表情を緩めながらネモフィラは会話を続ける。

 その事実はヨハンの心のヒビを更に深めるのだが。


「あの、もしかしたらなのですけれど、かのペトロ・マーダー様とゆかりのあるお方ではないでしょうか」


「ペトロ・マーダー?」


 疑問符を浮かべるシモンに、答えたのはトーアーサだった。


「その人物なら、この二人の父親。ペトロさんは現在家名をトリスメギストスと名乗ってる」


「やっぱり!」


 トーアーサの回答に喜んだように手を叩くネモフィラ。


「私! 実は歴代の勇者一行について研究しておりまして! マーダー様は勇者一行を離れた後、トリスメギストスと家名を変えたらしいという噂がありましたの!」


 ヨハンは、心底嬉しそうなネモフィラを横目に──水を差さないように視線を逸らしているのだ──思考を巡らせる。

 マーダーという家名。それはヨハン達もよく知る人物の家名だ。

 色々と憶測を巡らせてしまいそうだが、いつか本人達に直接聞くべきだろうとその疑問に蓋をする。

 ネモフィラの言葉はまだ続いているようだった。


「私は特にマーダー様の行動を研究をするのが大好きなのです! あのお方はきっと、俗人には理解できない深淵なる思考をお持ちに違いありません。一見すると馬鹿げている行動や言動も、それはつまり私たちが『理解できていない』だけなんだと思いますの!」


 その言葉を聞いたシモンが、目を輝かせる。


「ネモフィラさん!」


「トリスメギストス様!」


 そして、シモンとネモフィラは、がしっという音が聞こえるくらいに硬い握手を交わしていた。

 ダウロとコルトンは言いたい事があるのか、頭を抱えながら「伯爵家の娘にその敬称は……」などとぶつぶつ言っているようだ。

 しかし、高貴なる人物の力は大きいのか、それ以上言ってくる気配はない。


 それをいいことに、どんどんと話は進んで行く。


「私、もっとトリスメギストス様からお話を伺いたいですわ」


「シモンでいいよ、私もネモフィーって呼んでいい?」


「勿論ですわ!」


 ダウロの「敬称を……」という消え入りそうな声が聞こえたものは、この中で少数だろう。


「そうですわ! いい事を思いつきました! 監視が必要ならば私が担当致します。これでもっとお話しできますわね!」


「いいね! お父様の武勇伝を不眠不休で話そうよ!」


「不眠も不休も困りますわ! だって昼は眠いですし夜も眠いですもの! でも嬉しいですわ!」


 わいわいと仲良くなり始めた一同に、疲れてしまったのか、ダウロはため息を吐き、目の辺りに手を当てて言った。


「わかった、もういい。自由にしていいから下がりたまえ」


 それを聞いて、「はーい」と気の抜けた返事をしつつも、ヨハン一行は部屋を出る事にした。

 が、誰あろう退室を言い渡したダウロが引き留める。


「……待ちたまえ。なんでネモフィラも退室しようとしているのかな?」


「だって私、監視しますもの!」


「……私は許可していないが?」


「お父様ならきっと許可してくださいますわ! 今から説得したいところですが私は忙しいので、代わりにお父様が頑張ってくださいませ!」


「ちょっと言葉が不自由すぎると思わんかね?」


「解釈の違いですわね!」


「……わかった。もう行きたまえ」


「それでは失礼しますわ! ごきげんよう!」


 そのあと、すごすごとゾモス達が「失礼します」と退室していき、部屋にはダウロとコルトンのみが残された。

 ダウロは疲れたようにコルトンに言う。


「それで? 本当に危険な人物なのかね。彼らは」


「ええ、とても」


「私にはそうは思えんのだがね」


 そう言ったダウロに、コルトンは恐れるような、敬うような、何とも言えない暗い目を向けて言った。


「私には、彼らが毒になるか薬になるかわからないのです。薬だった場合、どんな病でも直す良薬となるかもしれませんが……」


「毒だった場合は?」


 ごくり、とコルトンは生唾を飲み込んでから、言った。


「町くらいは軽く死滅させる猛毒でしょうな……」


 その声は、震えるようにか細いようでいて、ダウロの耳に強く残る言葉だった。

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