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脱獄計画

「実はな、領主様に嘆願書を渡そうと思っている」


 ゾモスの思い詰めたような表情。この場にそれが何を歎願するものなのか分からない者はいなかった。


「少ないかもしれないが、署名を集めたんだ。看守の中には元貴族も多い、使えるコネやら何やら全部使って、皆で集めたんだ。……俺も親父に頭下げて、なんとか何人かに署名してもらったんだが、なにせみんな実家に距離があるからな、早馬使ってもこれが限界だった」


 びっしりと名前が連なった紙束。ヨハン達はそれを見て固まった。

 ゾモスに続き、ミルサルが補足する。


「500人以上の署名がある。貴族の名前も少ないがある。俺は使用人にも一人一人頭を下げたんだが、あまり集まらなかった。これでなんとかなればいいが」


 ヨハン達が投獄されてから10日である。看守達と仲良くなるのが早かったとはいえ、それでも署名を集め始めたのは数日前なのではないだろうか。


 それで500名の署名を集めたのだ。それも、ヨハン達の事など全く知らない相手に説明して死刑を免除する嘆願書に署名を貰うなど、通常で考えれば難しい。


 それはきっと、署名を求める彼らの真摯な思いがこの結果を招いたのだと思われた。


 ヨハン達の脳裏に、必死に頭を下げて回る看守達の姿が映る。

 だからこそ、ヨハンにはその嘆願書の提出は受け入れがたかった。

 それはシモンも同じだったろう、シモンの張り詰めた声がその場に響き渡る。


「ダメだよ!」


 思わぬ否定に、ゾモスは食い下がる。


「なぜだ、確かにこれでは無罪にはならないかもしれないが、もしかすると処刑は免れるかもしれない」


「そういう事じゃないんですよ、ゾモスさん」


 シモンとは反対に、静かなヨハンの声が、その場に滔々と流れる。


「僕達は、貴族を害した罪で死刑を言い渡されています。これに対してその害した者を許せと言いだした人間は、周りにどう思われますか?」


 ゾモスは押し黙った。ヨハン達を助けたいという想いのみで動いていたからだろう、その行為の先など考えもしなかった。


「気持ちは嬉しいです。言葉で表す事が難しいくらいに、本当に嬉しいんです。でも、ゾモスさん。もうすぐ子供が生まれると言っていたじゃないですか。僕達を庇うと、庇った人間は貴族を害してもよいという思考をもっているかもしれないと警戒されてしまいます。それは、皆さんと皆さんの周りの方々の未来を奪う事になります」


「お前たちはいいってのかよ! ふざけんな! 未来を奪われるつったって命までは奪われない! 俺は一人でも直訴しに行くぞ!」


 ペンシルだ。彼は流れる涙もそのままに、拳を握ってヨハンに詰め寄るようにした。

 その勢いは、まるで鉄格子を殴り付けたのかと錯覚するほどに迫力のあるものだった。

 だが、ヨハンはそんなペンシルの握り締めた拳を、まるで大切な物を労わるように両手で包み込み、言う。


「僕達は、皆さんの未来と引き換えに助かりたいとは思いません。それに、大丈夫です。刑が決まっているのにここまで引き延ばされている状況がどういうものかわかりませんが、僕の父は少し有名人なので何か働きかけてくれているのかもしれません。そうじゃなくても、最悪の場合は脱獄して逃げるっていう手もありますから」


 そう言っていたずらめいた笑みを浮かべるヨハン。

 見やれば、ヨハン以外の者達も笑っていた。こういう場合、助かりたいと思う者も出てきて意見が割れる事もあるものだが、彼らはそうならなかった。

 誰もが、ヨハンと考えを同じくしている。

 つまり、看守達の未来を案じているのである。


 その姿に、ペンシルは「くそ!」と呟いて崩れ落ちるように膝をついた。


 そこに、カキン、と牢の中に金属の音が響きゾモスが後ろを向きながら呟くように言う。


「鍵を落としてしまったな。ああ、困った。この先の詰所には死刑囚の荷物があるから、回収されると面倒だ。それはそうと、この建物を出てすぐの厩舎には死刑囚たちの馬があったな、見事な馬だから、これから部下に命令してすぐに走れるくらいに装備を整えさせて見物でもしようかな」


「そ、そうだな! それはいい! 俺はこれから交代だからついでにその伝令に行ってくるぜ!」


「俺も手伝おう」


 ゾモスの言葉に、ペンシルとミルサルが続く。

 早まった真似はやめて欲しいとヨハン達が止めようとしたその刹那、新たな人物の声がそれを中断させた。


「ゾモス隊長! ダウロ様からご命令です! ヨハン一行を会議室に連れてこいと!」


「……なに?」


「恐らく最終の確認ではないでしょうか! それが終わったら……刑が、刑が執行されてしまうかもしれません!」


「聞いたな、ヨハン、早く行け」


 やり取りを聞いたヨハンは、顎に手を当て、答える。


「いえ、領主様に会います」


 その言葉は、誰が何を言っても変わらない、硬い意思を感じるものだった。


「なんでだ! もう逃げられなくなるぞ!」


 ペンシルの悲痛な願いにも似た怒号は、確かにヨハン達の胸を打ち。だからこそヨハンは頑として引かなかった。


 そして、一行は領主、ダウロのもとに向かう事になる。

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