獄中生活
──ヨハン達が投獄されてから10日目──
湿った空気とカビの匂いが漂う地下牢。
ミンスターは大きな町であるから、それなりに罪人がいる。
その中でも最下層は死刑囚が集められる場所となっており、警備も厳重だ。
今も、二つの牢の前に一人の看守が常駐している。
そして、その看守は。
笑っていた。
「アッハッハッハ! バカだなコギル! そんなんだからお前はモテないんだぞ!」
「うっせえよ、ほっとけ」
コギルと呼ばれた男が、むくれたように返す。
コギルの居る牢には、ヨハン、ポルルが一緒に居る。隣の牢にはシモン、ベズィー、トーアーサというった女性陣が入れられていた。
その隣の牢から、まるでその顔が見えるかのようにシモンの勝ち誇ったかのような声が響いた。
「ペンシルさん、もっと言ってやってよ! 本当にあの時はこの鉄格子ちょっとだけ壊してコギルを殴りに行こうと思ったんだから」
「アッハッハ! お前さんもクッキーくらいでそんなに怒るなよ、あと、鉄格子壊すのもやめてくれ」
話の内容はこうだった。地下牢に入れられたヨハン達だったが、その人柄のせいか、直ぐに看守たちと仲良くなったのだが、その看守の一人がせめて美味いものでも食わせてやろうとヨハン達に買ってきたクッキーを、あろうことかコギルが一人で全部平らげてしまったのである。
その話を面白おかしく、かつ悔しさを盛り込んで話すシモン、言い訳するコギル。その構図が看守にとっては微笑ましく、そして楽しい時間であったのだ。
もとより、看守などという仕事は陰鬱になりがちな仕事である。
感謝される事などなく、罪人たちから恨みの籠った視線を浴び続けるのだ。
報われる瞬間はいつだろうと考えてみても、ペンシルには特段思いつくものはないくらいであった。
そんな中にあって、ヨハン達は一種異様と言えた。
最初こそこんな年若い連中が死刑とは、どんな悪い事をしたのだと皆一様に興味を持ったものだが、その礼儀正しさ、先達に対しての敬意、そしてなにより看守という仕事に興味深々で、それを敬ってくれる。
尊敬される事に飢えた看守達が篭絡されるのに時間はかからなかった。
中には、「国を追われる事になってもこの子達を連れて逃げる」など危険な事を言い出す者が出る始末である。
また、看守は24時間罪人を見張っていなくてはならないから、休憩などの時に代わる代わる担当する人間が交代するのであるが、ヨハン達はその度に姿勢を正して「お疲れ様です」と声をかけるのだ。
労われる事に飢えた看守達は篭絡どころか骨抜きにされた。
ペンシルは、まさにそんな骨抜き具合を体現したかのようににこにこと笑いながら、ふと悲しい顔をして言う。
「ったく、お前らが死刑だなんて、世の中間違ってるよな」
先ほどまでとは違い、硬く、陰のある言葉に反応したのはヨハンだ。
「選択を間違ったのは僕達ですから。尊敬する父の言葉に、『世間を味方につけるなら、世間を知らなくてはならない』という言葉があります。世間知らずだった僕たちは、失敗してしまったんです」
ヨハンの現実に真摯に向き合っている姿に、ほう、と一つ溜息をついたペンシルは、手元の資料をペラペラとめくりながら言う。
「含蓄ある親父さんなんだな。でも、事情聴取やら何やらで状況を確認したが、正当防衛というか、自分を守る為には仕方なかったで済ませられる範囲のものだと思うがなぁ」
そこに、新たな人物が会話に加わった。
「相手に貴族の令嬢が居たんだ。重い罰を与えなければ、貴族を襲う連中も増えるってことだろう」
「隊長! もう交代っすか」
その場に現れ会話に参加したのは、この地下牢で看守隊の隊長をしている男だった。
ヨハンは彼に声をかけた。
「お疲れ様です、ゾモス隊長さん。あ、今日はミルサルさんも一緒なんですか?」
ゾモスと呼ばれた男の傍らには、ひと際体格の大きな男が手に包みを持って立っていた。
その大男、ミルサルが無骨な顔に笑顔を浮かべて、包をシモンに手渡す。
「これ、今回は沢山あるから」
「! クッキー! やった! ありがとうミルサルさん!」
それはクッキーというよりはビスケットというべきか。油分や糖分がほとんど入っていないのだが、それでも庶民にとっては高級品である。
ミルサルもただの看守であるから、クッキーを買うという行為は大層贅沢な事であるはずだったが。
前回の失敗を踏まえて、今度は一人二枚食べれる量を購入し、更にはコギルではなくシモンに渡していた。
シモンがクッキーの包みを開けた所で、ゾモスは苦笑交じりに言う。
「俺は交代だから来たんだが、ミルサルは今から休憩でな。詰所で休憩しろと言ったんだが、どこで休憩してもいいだろうと押し切られてしまって連れてきた」
そんな困った大人たちに、シモンは12枚あったクッキーの内、6枚を差し出す。
「折角だからみんなで一緒に食べようよ。ペンシルさんにも2枚あげていい?」
ミルサルにそう問うシモンの姿に、大人たちは一様に目に涙さえ浮かべた。
牢獄の生活は、食料一つとっても過酷である。死刑囚は特にだ。
ヨハン達死刑囚は、麦を水で膨らませただけのものを一日一食しか提供されない。
そんな環境にあって、決して安いものではないクッキーを手に入れたというのに、看守に分けようというのである。
それも、自分達は1枚ずつで、看守は2枚ずつという計算だ。
言うは易いが、行うは難し。過酷な環境で中々出来る事ではない。
それが分かっているからこそ、この場にいる看守達は感動に心を震わせ、ペンシルに至っては顔を伏せてしまっている。
恐らく泣いているのだろう。
その場の誰という事なく思った。何故こんなに心優しき者が死刑に処されねばならないのか。
世の中には心根の腐った人間が履いて捨てる程いる、なのに何故この者達なのかと。
叶う事なら代わってやりたかった。
ゾモスもペンシルもミルサルも元貴族である。
ただ、そこまで爵位の高いものでなく、貧乏な貴族だった。
ゾモスは6男、ペンシルは4男、ミルサルは8男である。生まれた時点で人生が終わっていると彼らは感じていた。
貴族は長男、もしくは長女に何かあった場合の保険として子を沢山産む事を義務とされるが、それにしても4男や、いわんや8男などは産まれた時点で家督を継ぐなど考えられないのであった。
彼ら家督争いにもならない貴族の子らは、貴族の家名を捨て、いや、追い出されて職を探すのである。
そんな、人生に希望をもった事など無い三人にとっては、ヨハン達の人生にこそ希望があって欲しいと願った。
様々な思いを胸に押し込み、それでも溢れる部分が笑顔になったミルサルは、受け取った6枚のクッキーの内、3枚をシモンに返した。
「俺たちは一枚ずつでいい。難しいかもしれないが分けてくれ」
「うん、わかった。トーアーサ、このクッキーをそれぞれ半分にして! そうすれば全員均等だよ! これは公平さが保たれるかどうかの瀬戸際だからね! 慎重に割ってね!」
「……なら自分でやればいいのに」
言いながらも、トーアーサは真剣な眼差しでクッキーを割りにかかった。
そんな、どんな時でも楽しもうとする彼らに思う事があるのか、またも下を向いてペンシルがゾモスに言う。
「……隊長、この一枚をこいつらと食う間だけ、一緒に居てもいいか?」
「ああ、まあ、構わん。というかお前もしかして泣いているか?」
「ちくしょう! このクッキーってやつはしょっぱくて仕方ねえ!」
「それはお前自身の調味料が加わってるな。……さて、ヨハン、聞いてくれ」
言って、ゾモスは用意していた紙の束を手に、話を始めた。




