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お約束の馬車④

「で? どうすんだよこれ」


 コギルの発した疑問符に、ヨハンは答える事が出来ないでいた。

 こうなるとは思わなかった、というのが本音である。


 眼前に広がるのは、武装した男たち16人と、ヨハンと同じ歳頃の貴族令嬢のような女が1人。揃ってぐるぐる巻きに縛って転がしている状況である。


 馬は原則傷つけずに逃がしたが、馬車を引いていた一頭だけは足が折れてしまっていたため、添え木などの出来る限りの治療を行ってから放った。


 ヨハンは決して表情には出さないが、その実、頭を抱える想いだった。

 勿論、友好的な集団ではないという可能性は十分に考えていた。

 村から出た事はないが、世界は食料などの物資不足に喘いでおり、それでいて人口も増えている。

 職も基本的に世襲制だ。つまり、次男三男、次女三女などはどこかに嫁ぐか路頭に迷う事になりがちだと父から学んでいた。

 だから、武装した集団を見かけた場合は、最大限の警戒をしなくてはならないと心がけていたつもりだ。


 だけれど、野盗の集団というより、どう見てもどこかに所属している武装集団。

 かつ、装備や馬車などから察するに、貴族に所属している可能性すらある。

 こんな集団といきなり戦闘になってしまうなど、ヨハンは想像もしていなかったのである。

 教育は受けたとはいえ、村から出たばかりのヨハンに、準備不足や考えが浅いと謗るのはあまりに酷というものだろう。

 不足しているのは情報。どうやってそれを手に入れるのか。


 考えるヨハンに、ポルルがちらりと視線を寄せ口を開いた。


「あの、このまま置いていくっていうのは無しですか?」


 これに応えたのはコギルだった。


「あまりいい手ではないな。それだとこいつらが生還したときに、俺たちが叩きのめしたって事が問題になるかもしれない。それにこのまま置いておく事で何人か死ぬかもしれないから、更に憎悪やら罪やらが増す可能性があるな」


 コギルに続くように、シモンが口を開く。


「一番簡単なのは、殺して埋めてしまう事だけどね」


 確かに、それが簡単でこちらの被害を最小に収める手段ではあるだろう。

 目撃者もいないことから、埋めないまでも、殺しておくだけでも誰がやったかなどはわからないのではないかと思われた。

 ここにいる全員は、戦う術を学んだのだ。つまり、命を奪う覚悟はできている。

 しかし。


「なんにも事情を知らないで、ただ自分達の保身の為に命を奪うのはよくない」


 ヨハンがそう言うと、シモンは嬉しそうに頷いた。

 それはまるで、ヨハンがそう答える事を望んでいたようだった。


 パン、と手を叩く音がする。

 ベズィーだった。


「そうだ! 情報を得る効率的な手段は、敵から得る事だってペトロさん言ってた!」


「だとすると……『あれ』か、俺苦手なんだよなあ」


 ベズィーの言葉に、苦い物を含んだコギルが続く。ポルルもコギルに賛成のようだ。

 トーアーサは少し笑って誇る様に言う。


「私が最優秀」


「そうなんだよねえ、私どうしても凄みっていうのが出せなくて。ヨハンとシモンは性格的に合わないように見えるけど、意外と上手いんだよねー」


 ベズィーが眉をハの字にしつつ言うのを聞いて、ヨハンは一つ頷き、宣言した。


「よし、尋問しよう」



〇〇〇



「おーい、起きてくださーい」


 ぺちぺちと頬を叩かれる感覚に、はっと目を覚ましたコルトンは、思わず立ち上がろうとして体に痛みを覚える。


 腕の辺りがぐるぐる巻きにされているのだ。幸い足は自由にできるようだが、まさに捕えられた、という状況だと彼は理解した。

 足を自由にしているのも余程自身があるのだろう、こちらの体を軽く持ち上げて立たせる弓を背負った女も、気楽な様子である。


 どこに連れていかれ、何をさせられるのか。

 そんな事を暗澹と考え始めたコルトンは周囲を見回す。


 そこは街道を少し外れた草原であった。

 コルトンと同じように腕の辺りをぐるぐる巻きに縛られた男たちが、雑に積み重ねられているのが見える。

 まさしくそれは、こちらがどんな存在であっても気にしない豪胆さを表しているようだった。


 見やると、焚き木の前に同じく腕の辺りを縛られた5人の人間が、横一列に並べられ、正座をさせられているのが見える。


 コルトンは、その一番左端に座らされた。

 座らされている面々は、従者オルカンと、ダービー伯爵家の令嬢ネモフィラ。その他裏切者の兵士が三人といった面子に、コルトンを加えた計六人だった。


 いや、対面に座っている存在がいる。

 あの、金髪碧眼の青年だ。

 彼は手ごろな岩の様なものに腰かけ、何を考えているのか分からない、透き通った目で焚き火を見つめていた。


 怖かった。

 幼い頃から領主に仕え、神の教えと戦う術を徹底的に教育され、従者として騎士の雑用を担い、そして武勲をあげて騎士として認められたコルトン。

 彼はその中でも、戦う事に自信があったし、その相手がどれだけ強くとも、決して臆する事などないと自負があった。

 そんな彼をして、ただ怖いと感じたのだ。


 それは強大な力を見たからではない。自分の未来を悲観したからではない。

 得体のしれない恐怖が、コルトンの脳をまるで麻痺毒のように蝕んでいく。


 それはまるで、恐れというよりも、畏れに似たものだろうか。

 まるで、神を目の前にした時のような。


 ぱちぱちと燃える焚き木に目をやる青年。ただ静かで、誰も何も言い出せない空気が続いた。

 そして、その静寂は、かの青年の口から出た言葉で破られる。


「君たちは、許可なく何かをしてはいけない」


 こちらを見るでもなく、呟くように言ったそれだが、恐ろしいほどにはっきりと耳に届いた。

 どくん、と心臓が跳ねる音が聞こえる。

 彼がこちらを見たのだ。その目には何の感情もない。キラキラと光る水晶のように、ひたすらに深みがあり綺麗で、それでいてその奥には何もない。

 そんな恐ろしい目を向けて、彼は言葉を続けたのだ。


「僕の許可なく喋ってはいけない」


 隣でひっという引きつった声が聞こえる。

 青年が視線を移したのだ。屈強な相手にも果敢に戦いを挑む従者オルカンが、今は暗がりで蹲る少女のようだった。


 ざっざっという靴音が、まるで6人の背後をゆっくり巡回するように聞こえてくる。

 無意識に振り返って姿を見ようとしたその刹那。


「振り返ってはいけない」


 青年の静かな声によって止められてしまう。


 姿の分からない巡回者の足音は、恐怖を更に増大させる。

 その恐怖とストレスに耐えきれなくなったのか、反対側の端にいた一人が声を荒げた。


「やってられるか! 俺は逃げるぞ!」


 言うや否や、立ち上がって走り出したようだ。

 振り返る事を禁じられているので見る事は叶わないが、背後ではタッタッタッという走る音が聞こえた。


 そして。


 青年は、ゆっくりと手を掲げて、呟くように声を発した。


「トニトゥルゥス」


 青年の手が光ったかと思った瞬間。パシィンと空気を打つような音が響き、後ろではドサリ、という音が聞こえた。


 見なくても、逃げ出した男がどうなったのかわかる。

 いや、見ていないからこそ恐怖は更に増大しているといえよう。


「ヒッ……グッ」 


 今まで荒事になど関わった事のないだろうネモフィラは、憐れにも恐怖から過呼吸に陥り、それでも命令に背いて声を出すまいと必死に口を閉じようとしているようだ。

 その目からは止めどなく涙が零れ、口を閉じようと頑張れば頑張る程に呼吸が乱れて「ヒッヒュ」と喉が音を立てる。

 その音がまた彼女を焦らせてしまい、最悪の悪循環を生んでいる様子だった。


 それを見た青年が、いっそ優しく声を掛ける。


「落ち着いて。一度息を吐ききろう。限界まで吐くんだ。……そう、吸う時もゆっくり、数をかぞえながら時間をかけて」


 この地獄の様な恐怖渦巻く空間で、まるで親が子に諭すような甘い声が続く。


「落ち着いた?」


 聞かれたネモフィラは、コクコクと首を上下させている。


「じゃあ、そろそろ話を聞こうか。そこの端にいる君。知っている事を話してくれるかな」


 優しく耳朶を打ったその言葉は、間違いなくコルトンに向けられたものだった。

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