お約束の馬車②
林道を疾走すること半刻程か、先頭のヨハンの目に林の切れ目が映った。
「みんな! 街道が見えたよ!」
ヨハンのその声が聞こえたのか、一様に馬の速度を落とし、ゆっくりと林道の突き当り、街道へと向かう。
林道を抜けた先は街道が左右に伸びており、ヨハンの記憶ではここを左折して進むものだと思われた。
しかし、ベズィーの声が右に意識を向けさせる。
「右、かなり遠くから馬に乗って武装した一団が走ってくるみたい。結構なスピードだよ」
見やると、地平線の先で点のように見える何かがある。
目のいいベズィーには、その様子がしっかりと見えているのだろう。
ヨハンはコギルに意見を求めた。
「どう思う?」
「進行方向が重なってるなら、ここで留まってやり過ごすって手もあるな。なんにせよ、後ろから何かされる可能性があるなら無視はできない。一番良いのは、友好的な相手で、情報を得られると最高なんだけどな」
「情報? 道はわかってるのに?」
シモンだ。その問いにコギルは丁寧に答える。
「情報つっても、古い地図しかない。街道の状況が変わってたり、町が戦争でなくなっちまってるかもしれねえ。そして、俺らの情報は所詮師匠から教わった情報で、俺たち自身は村から出た事もないんだ。これから向かう先が紛争状態だとかややこしい事にになってねえか、通行を禁じてねえかなどの情報が得られれば嬉しいってとこだな」
確かな説得力のあるコギルの言葉に、シモンをはじめ、全員が納得の表情をする。
ヨハンは馬を下り、街道の真ん中に立って待ち構える事にした。
邪魔かもしれないが、勿論相手が急ぐようならすぐに場所を空けるつもりだ。
「わかった。じゃあ僕が友好的に接してみるとするよ」
「そうだな。シモンだったらいきなりぶん殴りそうだもんな」
「コギルは私の事を猛獣か何かだと思ってる!?」
馬から降りながらじゃれるように言い合うシモンとコギルを尻目に、ベズィーもいつの間にかヨハンの傍らにやってきて口を開いた。
「急いでそうな感じだったけど、まあそれなら通り過ぎてくれてもいいしね、轢かれちゃわないように気をつけてね」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ベズィー」
「そこ! 言い争ってる私達を置いていちゃつかない!」
何かが不満だった様子のシモンが声を張り上げるが、ヨハンとしてはいちゃついているというよりは、気遣われて礼をしただけのつもりだ。
心外であるという気持ちが声にでる。
「そもそも、そんな事で言い争うのが悪いんじゃないか?」
「そんな事!? お兄様は私が猛獣、例えばサンクリストバルゾウガメだと言われても平気なの!?」
「いや、そもそもゾウガメって猛獣なの?」
「きっと猛獣だよ! だって名前が強そうだもん!」
「……適当だなあ」
「じゃあ! モウドクフキヤガエルと言われてもいいの!?」
「論点変わってきてるし、っていうかそれも猛獣なのかな」
「だって猛毒で吹き矢だよ!? 猛獣じゃん! 猛ってついてるし!」
「……まあ、なんでもいいけどさ」
「いいの!? よくないよね!? 私嫌だよカエルとか!」
「ああ……うん、シモンはカエルじゃないよ」
そのやりとりの不毛さに困窮するヨハン。助け船を出したのはポルルだった。
「でも、シモンは相手の情報が不足してると感じたら、取り敢えず殴ってみてどうなるか試す、とか言いそうだよね」
一理あると感じたのか、シモンはぐぬぬとうめき声を上げて黙ってしまう。
自然と笑みがこぼれる一同に、ベズィーが硬い声で引き締めた。
「来るよ」
その声に、ヨハンは念のため盾を装着し、腰の剣をひと撫でして感触を確かめ、笑顔の仮面を作って待ち構える。
相手もこちらに気付いているのだろう、轢く勢いで走ってくるなら立ち退く予定だったが、速度を落として止まるようだった。
少し距離のある状態で馬を止めた彼らは、ヨハンに向かって声を張る。
「何者か!」
立派な鎧で身を包んだ一行だった。
数は10数人といった所か。中心には豪奢な馬車もあるようだ。
(貴族だろうか? なら、下手な事をすると不敬罪になってしまうかもしれない。道を塞ぐ形になったのは下策だったかな?)
そんな考えを片隅に、ヨハンは一礼して質問に答える。
「お急ぎのところ申し訳ございません。私はオーティウムという村からミンスターに向かっている、ヨハン・トリスメギストスと申します。後ろに控えているのは旅の仲間です。どうぞお見知りおきを」
「まさかダービー家の手の者か!」
知らない名前だ。ヨハンは表情を崩さず、ありのまま答える事にした。
「いえ、私たちは田舎者でございますので、恐れながらダービー様というお名前は寡聞にして存じません。ミンスターまでの道を伺いたかった次第ですが、お急ぎとあらば下がらせていただきます」
言って道の端に下がろうとしたその時。
「面倒だ! ひき殺せ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、馬車の馬が嘶き、ヨハンに向かって突撃した。
馬の脚は力強く、砂煙すら上げる。周りの男たちは慌てて道を空けるように引く。
だが、ヨハンは動かない。誰かが「あー、これは死んだな」と呟いたのが聞こえた。
しかし、一瞬後の光景は、鎧を着た男たちが想像したものとは全く違うものだった。




