お約束の馬車①
林道が続いている。日は高く、左右には背の高い木々が生い茂っており、やや湿った空気が鼻をくすぐってくる。
ヨハンは、じゃりじゃりと硬い、踏み鳴らされた土の感触を感じながら一同の様子をちらりと見やる。
シモンは楽しそうに大手を振って歩いているようだし、トーアーサやベズィーも概ね楽しそうに歩いていた。
ただ、対象に男性陣は少し様子が異なる。
ポルルはやや緊張の面持ちをしているし、コギルも警戒しているのか目線を鋭く右に左にやっているのがわかる。
また、歩いているのは人間だけではない。アブセンスの村長、ケティルから贈られた三頭の馬も追随している。
その内二頭は過去にヨハンとシモンも見た事がある黒く美しい馬と、白く力強い馬である。
あとの一頭は、灰色の毛をした馬であった。
やや年老いているらしく、走る速度は遅いとの事だが、それでも足並みは力強い。
各馬には騎乗できるように鞍を取り付けており、更に鞍の後ろの左右にはバッグをぶら下げて、荷物を運んでもらっている。
バッグは丈夫な革製で、中には保存食の類は勿論の事、様々な道具や、その道具を簡易修理するものが詰め込まれている。
勿論、物資を運搬しているのは馬だけではない。ポルルは大きめのリュックを背負っているし、コギルも更に大きなリュックを背負って、その後ろにラージシールドを引っ掛けている。コギルのそれはかなりの重量に見えるが、本人はさして気にした様子もない。
ベズィーは小さなリュックのサイドに弓を備え、腰には矢筒をぶら下げている。
トーアーサとヨハン、シモンは何も背負っていない。これは有事の際にこの三人が機動力を発揮し、時間稼ぎを兼ねた一次対処を行うためである。
一次対処の間に全員が準備を行い、物資や馬を守りながら安全に対処するという考えだった。
一行はヴァナヘイム州の最南端であるオーティウム村から、州都ナイツブリッジへ向けて北上している。
地図では途中にいくつか村と町があるが、一旦中間地点の町であるミンスターの町を経由する予定だった。
ヨハンは、周囲に油断なく視線を配り、時折方位磁石を確認しているコギルに声を掛けた。
「コギル、方角の確認変わろうか?」
その言葉に、表情とは打って変わって気楽そうな声が返って来た。
「いや、大丈夫。っていうか地図は大体頭に入ってるし、道も単純だ。迷う事はねえと思うけどな」
「こんな変わらない景色が続くのに、その自信は凄いね」
「戦闘以外は任せろ。お前の親父に、死ぬほど叩き込まれたからな」
そこに、シモンも参加してきた。
「戦闘以外? コギルも十分強いと思うけど」
「言ってろ。お前ら化け物の中じゃ、俺が最弱だって事くらい嫌って程理解してんだよ」
「卑屈になったねコギルってば」
シモンとベズィーが顔を見合わせ「ねー」と言いあう。
その様子にコギルは瞑目し、ため息をついた。
その会話に加わっていなかったトーアーサが、ちらりと馬を見た後に口を開く。
「二人乗りして行けば早いかも」
「あ、それいいですね」
ポルルも賛成のようだ。
ただ、シモンが難色を示す。
「えー、確かに早いだろうけどさ。見通しが悪いし通行量も少ない危険な場所だよ? 二人乗りしてると咄嗟の対処が難しくない?」
だが、その反対意見に過剰に反応する者がいた。
「! そ、そんな事ないよ! 二人乗りで早く突っ切ってしまえばいいんだよ!」
ベズィーである。
何故かほんのりと頬を赤くし、シモンに詰め寄るようにしていた。
シモンは半眼で呆れたように声を出す。
「どうせお兄様と一緒に乗りたいだけ──」
「あー! あー! あんなところに危険で大きい何かのようでいてそうでもないそんなアレのようなソレが!」
シモンの声は、一体どこの何の事を言っているのかさっぱりわからないベズィーの大声にかき消される。
その様子にコギルは再び溜息をつき、考えを話し始めた。
「確かに、危険があると言っても、前に乗って手綱を握る人間には荷物を持たせないようにして、有事にはその人間が飛び降りて対処しよう。その時、後ろに乗ってた奴が馬と荷物を纏めて戦闘準備を整える。これでいいな」
その意見にシモンも少し考えてから頷いた。
コギルの声は続く。
「OK。じゃあトーアーサ、ポルルの荷物を背負ってやってくれ。俺はポルルの後ろに乗る。ポルル、俺たちはしんがりだ」
「はい、わかりました」
言って、ポルルはトーアーサに荷物を預ける。
「じゃあ、ヨハンとトーアーサが先頭を頼む」
そのコギルの指示に頷きかけたヨハンだが、異議のある者がいるようだ。
「ちょっとまってよ! なんでトーアーサとヨハン君なの!?」
「あ? お前は近距離より遠距離が得意だし、目もいいから中心に居た方がいいだろ。何かあった時に先頭は一番に接敵する可能性が高い。近距離の戦闘が得意な奴を集めるのは定石だぜ? なにか不都合でもあんのか?」
「不都合ってわけじゃないけど……」
ごにょごにょと言うベズィーは、意を決したのか、トーアーサに指を突き付けた。
「あんまり! くっついちゃダメだからね!」
「……善処するけど難しい。でも安心して。私はヨハンに全く興味がない」
「そ! れ! で! も!」
言い争うような二人だが、別に剣呑な雰囲気ではない。
ただ一人、全く興味がないとまで言われたヨハンだけが僅かに傷付いて、全員が乗馬を始めた。
ヨハンとトーアーサが白馬に乗り、シモンとベズィーが黒馬に乗って、ポルルとコギルが灰馬に乗馬し、一行は颯爽と林道を駆け抜けるのだった。




