物語の始まり
その日、トリスメギストス家の玄関先は、いつになく人で溢れていた。
人だけではない、馬も多数いる。これはアブセンスからケティル達がやってきているからである。
人々の中心は、これから旅立つ俺の自慢の子供たちだった。
昨日15歳になったヨハンとシモンの二人は、貴族もかくやという上等な絹の衣服を身にまとい、その上から意匠を凝らした胸当てをしている。
この衣服はチェルシーから、胸当てはギヨーム村長からの贈り物であった。
ヨハンやシモンだけではない。ベズィー達アブセンスの子供達も、この日に合わせて用意された衣服と鎧──といっても胸当てや肩当て程度の軽装なものだが──に身を包んでいる。
そこに、ギヨーム村長がヨハンとシモンに向けて包みを二つ手渡した。
「これは、チェルシー嬢と君たちの父君の合作だそうだ。そこに、私も一枚咬ませてもらってな。開けてみるといい」
残念ながらチェルシーは現在村から出ているので、この場に居ないが、その代わりはギヨーム村長が務めるようだ。
受け取ったヨハン達は早速包を開け、周りの人間から思わず感嘆の声が漏れる。
それは襟付きのマントだった。
ヨハンには赤いマント、シモンには黒いマント。共に襟には金で細工がされており、高級感のある代物だ。
また、前止めも金で出来た金具を使用しており、マントの生地も一目見て上等なものだと分かる。
とてもこのような田舎から旅立つ者が身に着ける物とは思えない代物だった。
また、セットで渡された金属製の肩当てにも意味がある。このマントは前止めを止めなかったとしても、肩に当たる部分がマグネットのように金属に引っ付く仕掛けが施されているため、ズレる事を気にする必要もない。
もちろん、肩当ては金属であればなんでもいいのだが、マントの下に着て形が目立たないように薄く作られているのである。
弾んだ声を上げてベズィー達にマントを見せ、羨む声を浴びる二人。
次は俺の番だ。
「ヨハン、シモン。それにベズィー、コギル、ポルル、トーアーサ。この一年。本当によく頑張った。もう教える事は何もない」
あんなにも喧噪で混沌としていた場が、一瞬で静かになった。
皆一様に、俺の言葉の一言一句を逃すまいとしているように見える。
俺は頬を掻きながらも、用意していた贈り物を渡す事にした。
「まずはポルル。君には俺が以前使っていた杖を渡そう。勇者一行との旅で、何度も助けられた品だ。大切にしてくれ」
言って、杖を渡そうとするが、ポルルが思わずといった体で首を振った。
「そ、そんな凄いものうけとれませんよ!」
「そうか? 俺は子供達から貰った杖があるし、この杖は使う予定がないんだ」
それでも受け取れないと遠慮するポルルに、俺はもう一押しをする。
「ある国の言い伝えによると、物にも魂が宿るんだそうだ。こいつも、倉庫の肥やしになるより、ポルルと一緒に旅をした方が嬉しいんじゃないか? よければ、連れて行ってやってくれないか」
「……わかりました」
そう言うと、ポルルは杖をしっかりと受けとり、下がっていく。
さて、次は。
俺は目の合ったベズィーに手招きをして、一本の鉈を手渡す。
「これも以前旅で使っていたもので、戦闘用のものではないが、今使っている鉈より魔力伝導率がいいだろう。使ってくれ」
「ありがとうございます!」
ポルルとは対象に、快活な笑顔と共に受け取るベズィー。
次はコギルだ。
俺はラージシールドと呼ばれる、比較的大きな盾を用意していた。
「俺がかつて、せめて勇者一行の盾になろうと思って手に入れたものだ。俺の願いは叶わなかったが、代わりにコギルがこいつでみんなを守ってやってくれ」
「……わかった。みんなを絶対に守るよ、師匠」
彼には盾の使い方をかなりの密度で教えていたから、薄々気付いていたのだろう。
すんなりと盾を受け取る。
だが、彼にはもう一つあった。
「ケティル、お前からもあったんだよな」
「ああ、ピュズリ、渡してやってくれ」
言われて、ピュズリが一本の斧をコギルに手渡す。
「こいつはね、あんたの母親から預かってたもんだよ。いつか旅立つ事があったら渡してくれってさ」
「!」
コギルは、弾かれたようにピュズリの顔を見つめ、次いで恐る恐る斧に手を伸ばす。
それはバトルアックスと言える斧だった。
両手でも片手でも使えそうな、取り回しが便利そうな丁度良い柄の長さと、十分な肉厚の刃を持った斧である。
装飾や意匠などは無いに等しい、どこまでも無骨で、ただただ殴り倒す事を目的としているような、そんな斧だった。
そんな斧を手に、じっとしていたコギルは、ふっと笑って呟くように言う。
「ったく、俺だってもっと格好いい武器が良かったぜ。……ありがとな、母さん」
その目尻には、光る物が見える気がした。
その様子にヨハン達が口々に「よかったね」など言葉をかけながら肩を叩いていく。
好きなだけ感傷に浸らせてやりたい所だが、それは後でも出来るだろう。
今は、次の贈り物に進める事にした。
「トーアーサ。こちらへ」
すっかり化粧に目覚め、いまや眠そうな目は怪しくも妖艶な雰囲気を纏うようになったトーアーサが、こちらにやってくる。
「このナイフは、俺が使っていたものを改良した物だ。殴るもよし、突くもよし。きっと君の力になってくれるはずだ」
手渡したのは、ナックルガード付きのナイフである。
元々ナックルガードが付いていなかったのだが、トーアーサには格闘戦を重点的に鍛えてあるから、殴る用途に使えるように追加したのである。
それを受け取ったトーアーサだが、何かあるのかこちらをじっと見てくる。
俺は思わず疑問符を口にした。
「どうした?」
「……装飾品が欲しい」
「装飾品?」
頷くトーアーサ。
しかし……装飾品か……。
考えた俺は、ちょっと待ってろと言って一度家に戻り、品物を探した。
装飾の類など数える程しか持っていないから、やむなく思い出のイヤリングを手に取る。気に入ってくれるだろうか。
少ししてトーアーサの下に戻った俺は、彼女の耳に、水晶のぶら下がったイヤリングを付けてやった。
「これは、ある人から貰ったものなんだが、この水晶の中に魔法陣が入っていてな。右が健康のお守り、左が魔除け、だったかな、そんな魔法が入っているそうだ」
俺の心配は杞憂だったようだ。
トーアーサは嬉しそうに、普段なかなか見る事のできない満面の笑みを浮かべてくれた。
これはヨハン達の母親から貰った思い出の品だが、この笑顔が見れたなら惜しい物でもないだろう。
そして次に、俺はヨハンとシモンを呼ぶ。
「シモン、お前には籠手と長剣を。ヨハン、お前には剣と盾を。これは俺が作った物で、自信作だ」
シモンに渡した籠手は、黒を基調としたデザインの鎧籠手となっており、手から肘当てまでがセットになっているものだ。
色はマントと合わせたという事もあるが、俺が感じているシモンのイメージの一つである。
赤が好きで、一見すると激しいものが胸中に渦巻いているように見える彼女だが、もっと心の奥深くはいっそ宇宙空間に似た静寂があるような気がするのだ。
そんな空虚で静かな世界が、エネルギーを求めて表層では荒れ狂う炎のようになる。そんなイメージだ。
だからこそ、その籠手は禍々しさもありつつも、漆黒の落ち着きを備えた逸品である。
長剣も同じく黒である。鍔元には赤い鉱石が填められており、剣身は光を照らして、時に虹のように様々な色で光を反射させている。
対してヨハンに渡した剣と盾は、光り輝く銀色である。
静寂を好むように見えるヨハンであるが、その実、心の奥底ではまるで散らかった部屋のように感情がそこかしこで主張しているのではなかろうか、というイメージからである。
その騒がしい胸中を押さえつけ、表層に静寂を浮かべている様に感じるのだ。
だから、盾には細かな意匠を所せましと施し、太陽に照らされれば、その輝きは複雑な意匠の所々で反射して光り輝くように見えるようにしたのである。
そして剣は鍔元に青い鉱石を填めている。この鉱石の効果はシモンのものと同じだが、色だけ本人の好きな色にしたのだ。
剣身は太陽の光を浴びると、まるで鏡のように反射し、武器に詳しくない物であっても見ただけで切れ味の鋭さが窺い知れるだろう。
俺は、その武器について説明をする。
「お前たちの剣は、世界に二つとない特別製のものだ。埋め込まれた鉱石は魔力を吸収し、放出する。さらに剣身で魔力を増幅させる機能もあるので、まあ、簡単に言えば剣として使う場合も魔力を纏いやすく、優れた杖として使う事もできるという事だ」
俺の言葉を受けて二人は剣を抜き放ち、天空に掲げる。
そして、シモンが魔法を放った。
『エルプティオ!』
キューンという音と共に剣先から上空に打ちあがった火の玉。
そしてその数秒後、はるか上空で大爆発を起こした。
隣の村でも見えるのではないだろうかという大爆発は、まるで戦闘機の爆撃でもあったのかという程に轟音が響く。
馬が驚いて必死に逃げ出そうとするのを、これも必死にその場にいた者達で抑えた。
そして。
もう一人、ヨハンがこの騒乱の中にあって、いっそ美しいともいえる声で唱える。
『トニトゥルゥス!』
それは、先ほどの爆発に負けず劣らずな轟音を伴ったが、目にした光景は奇跡のような光景だった。
まるで雷がヨハンの剣先から天に向かって落ちるような。そんな不思議な光景だった。
雲や爆炎さえもその稲光が払ってしまう。
人々が呆気にとられる中、ヨハンは一つ頷き、言った。
「行ってまいります。父上」
その姿は、まさにこれから伝説を作る勇者のそれだった。




