音楽③
「ここから先なんだが、危険な物も保管しているから勝手に動かないようにな」
俺はそう言って、傍らのリリィに目配せをする。
リリィは視線をこちらに向けるでもなく歩き出し、地下室に通じる扉を開いた。
今俺たちがいるのは地下室に続く扉の目の前である。
様々の植物を育てている菜園の片隅に設えられたそれは、生気溢れる菜園の中にあって、どこかおどろおどろしく、一種異様な様相である。
そんな扉の先には下に降りる階段があり、それは螺旋を描いて真っ直ぐ下に降りる仕組みになっていた。
なぜ螺旋階段なのかというと、それはロマンだからだとしか言いようがない。
ともあれ、そんな場所にヨハン、シモン、ベズィー、コギル、トーアーサ、ポルルを伴って訪れているのは、子供たちに『音楽室が見たい』と嘆願されたからだ。
特にコギルとポルルの熱量は凄まじく、音楽の何かに目覚めたのか、いや、むしろあれは熱狂的なファンの熱に近い何かを感じたくらいであった。
まあ、決まった事はしょうがない。まずはリリィにカンテラを携行させて前を進んでもらおう。
「リリィ、音楽室に向かう。これを持って先導してくれ。」
手渡したカンテラは、リリィの手元で昼白色の眩い光を発していた。
それは前世のLEDの光のようで、炎の様な温かみや風情のある色でないのが不満だが、明るさを第一に考えると、炎よりもよっぽど明るいのだ。
もちろんこのカンテラは魔道具である。
この世界では、前世で一般的とされた現象も「魔法の一種」として片付けられがちだ。
例えばオイルライターなんかも魔道具とされている。
このカンテラも、前世で言うとウラン鉱石のように紫外線を吸収して光る鉱物を錬成した物質が光っている仕組みだ。
ただ、この鉱物は前世には無いもので、数時間日光に晒しているだけで数日は光り続けるという面白い特性をしていた。
もっとも、地下の廊下や各部屋にはこの鉱物を蛍光灯代わりに配置し、それらを配線のように巡らせ、一部地上の光を受ける場所に設置しているので、24時間明るいようにはなっている。
ではなぜ螺旋階段は暗いのか?
それはロマンとしか言いようがないのである。
そんなロマンを下りきった俺たちは、皓皓とした光に照らされる廊下を進み、音楽室までたどり着いた。
扉をあけたそこは、壁という壁が凹凸あるスポンジで覆われており。奥にはまるで小さなライブハウスのステージのような小上がりがある。
ステージにはドラムやグランドピアノが置かれており、部屋の隅にはギターや吹奏楽器など、様々な楽器が転がされていた。
おお、と感嘆の声が子供達から聞こえ、その様子を見ると、見た事も無いであろう楽器に目を煌めかせているようだった。
ポルルは壁のスポンジが気になるのか、指でつつきながら疑問符を上げた。
「これは、衝撃を吸収する壁?」
「ほぼ正解に近いが、根っこが多分違うな」
俺が応えると、全員の視線が集まった。
早々に説明しようと俺が口を開きかけるが、ヨハンの方が早かった。
「以前、父上は通信機の説明の際に音は波であると仰っていました。波という事は方向性を持った力だと思います。それを吸収するという事は、外に音が漏れないようにする技術じゃないかな」
顎に手を当て言うヨハンに、シモンが続く。
「いや、それだとおかしいよ、集めたって力は消えないでしょ。でも、音を漏らさない以外で目的がわからない。難しいねこれ」
ヨハンよりも物理が少し得意なシモンだが、固定概念が邪魔をしているのか、中々答えが見つからないようだ。
これはいい勉強になるだろう。俺は一気に答えず、小出しに情報を出していく事にした。
「流石ヨハンとシモンだ。勿論ポルルも着眼点がいい。確かに音を漏らさない事を目的とする場合、ひたすら硬くて分厚い壁にすればいい。さっきヨハンも言ったが、音は波、つまり振動だから、柔らかかったり薄かったりすると、その壁の奥に振動を伝えてしまうからね」
ふむふむと理解の色を示すヨハンとシモン。他の子達も理解しようと思考を巡らせているようだ。
コギル辺りは頭から煙が出そうな顔をしている。
もっと身近で、分かり易い例も交える必要があるか。
「君たちは山で大きな声を出した事はないかな。その時、自分の声が返ってくる事がなかったか?」
これには猟師の娘ベズィー、木こりの手伝いをしているコギルが大きく頷く。
「あれはな、山の斜面などに声がぶつかって返ってくる現象なんだ。エコー、またはやまびこという現象なんだけれど、同じことが部屋でも起こる。硬い壁の部屋で大声を出すと、自分の声が返ってきてしまうんだ。といっても山のように遠くないから、声が響いている感じに聞こえる。これをリバーブ、または残響というんだ」
ヨハンやシモンはいいが、そろそろベズィーとコギルがあやしい。
ポルルとトーアーサは表情から読めないが、この世界でも音の仕組みを理解してくれる人が増えると嬉しいんだが。
「ではシモン、問題だ。残響音なく、音をクリアにしつつも、防音性を保ちたい。どうすればいいかな?」
「……! そうか! 硬くて厚い壁で覆っただけじゃ残響音で音が変質してしまうから、壁の内側に柔らかくて厚みのあるもう1枚の壁を用意して、反射した音を吸収させて弱らせるんだ!」
「正解だ」
俺の言葉に、子供達は沸き立つようにハイタッチをした。
それから、子供達に各楽器の説明をしながら音楽を楽しんだ。
なんでもそつなくこなしてしまうヨハンとシモン。
意外と肺活量があり、トランペットを吹き鳴らすポルル。
どの楽器も上手く扱えず、とにかく喚くコギル。
手と足を別々に使うのが上手く、ドラムが予想外にいい戦闘訓練にもなりそうなベズィー。
ピアノの音が気に入ったのか、弾けないけれども必死に練習するトーアーサ。
そして──。
騒がしくも笑顔ではしゃぎまわる一同とは距離をおき、まるで蚊帳の外にいるかのようにしているリリィ。
彼女はこの光景に何を思うのだろうか。
彼女のその姿を見ていると、切なさに似た思いが心を締め付けるようだ。
言葉で意思疎通のできない彼女が何を考え、どうしたいのか。
俺は子供たちに視線を戻す。
無邪気に、ただ自分の楽しい気持ちを音にしようと試行錯誤をしている姿は微笑ましい。
けれど、だからこそ何も言わずに佇むリリィの姿が悲しくなった。
いや、違う。憐れむなんてのは間違っている。
同じ目線で、同じ場所にいるべきなのに、いつの間に俺は上から見下すような考えをしてしまっている。
そうだ。言葉が喋れるかどうかじゃない。
気持ちを伝える手段は、前世の俺が得意としていたはずじゃないか。
そう考えた俺は、一番のお気に入りのギターを手に取り、リリィの傍に座る。
「さあ、リリィ。お前も座るんだ」
言われたままにすとんと腰を下ろしたリリィに、ギターを手渡す。
「これはな、ギターという楽器だ。俺が一番得意な楽器でな、優しく弾けば優しい音になって、強く弾けば硬い音になる」
そう言いながら、俺はリリィの手を優しく掴んでギターの手ほどきをしていく。
「弾いて見ろ。別に何もルールはない。自分が好きなように、まずは音を出すんだ。そうする事で、伝わる何かがある」
きょとん、という音が聞こえるような気もする。
リリィは俺をじっと見る素振りを少しして、その後──。
俺はギターの弦を全て張り替える事になった。
〇〇〇
そうして、俺は子供達に戦闘技術だけでなく、考え方、知識、様々な事を伝えていった。
子供達の吸収する力は凄まじく、もはや俺の出る幕はないのではないかと思えるほどになったころ。
約束の日は訪れた。




