音楽②
ヨハンは一同を見渡す。
ポルルは部屋に入る時に、「じ、女子の部屋……」と呟いたきり、明らかに緊張した面持ちで黙ってしまっている。
異性の部屋に入る場合はそうなってしまうものなのかと思ってコギルを見やると、泰然とした態度──のように見えてきょろきょろと視線が泳いでいるから、そういうものなのだろう。
ともあれ、議題について口火を切ったのはトーアーサだった。
「音楽ってなに?」
それは誰にともなく発せられた疑問である。
ヨハンとシモンは一度顔を見合わせ、シモンが口を開いた。
「音楽っていうのは、踊りとか歌とか、楽器とかで音を奏でたり感じたりして楽しむ事だよ」
「僕達も詳しい訳じゃないけど、父上によると吟遊詩人という仕事の人が曲を作ったりするらしいよ」
ヨハンの補足に、ヨハンとシモンを除く全員が疑問符を浮かべる。
全く伝わらない現状にしびれを切らしたシモンが視線をあちこちに転じさせ、思いついたように一点を指さす。
「ほら、あれ、あれが楽器だよ!」
指さした先にあったのはフォークギターであった。
シモンはフォークギターを手に取り、ベッドに腰かけながら言った。
「お父様はね、昔吟遊詩人のような事もしていたらしいんだけどさ、もう使わないからって貰ったものなんだ」
そして、何かを思い出すように弦の調整を始めたシモンにベズィーから疑問が飛ぶ。
「それで、音楽っていうのができるって事?」
その答えは、ゆっくりと優しく奏で始めたギターの音色と、シモンの歌声が答えになった。
♪
『なにもない』
作詞・作曲:ペトロ・トリスメギストス
ねえ
世界平和なんていらないから
僕に
一切れのパンをください
ねえ
僕に何かを望むなら
それを
叶える術をください
だから
何かを成せる力をください
そして
何かを守れる術をください
あとは
何かで誇れる場所をください
できれば
何かを満たせる人をください
でも
なんにもない なんにもない ぼくにはなんにもない
なんにもない 力も技も地位も なんにもない
なんにもない なんにもない 自分以外なんにもない
帰る場所はあるのに 帰りたい場所がない
家族も人も沢山いるのに 逢いたい人がいない
こんなにも溢れる想い なのになんにもない
♪
シモンの歌声とギターの弦の音が止むと、一気に静寂が訪れた。
音だけではない、全てが止まったかのような感覚が部屋を支配する。
だが、それはコギルの口から飛び出た声で、一気に瓦解することになった。
「うおおおおおおおおおおお!! すげえ!! なんだそれ!! すげえ!!」
「コギル、語彙がない。頭がおかしい人みたいになってる」
両手を握り締めて称賛するコギル。それを冷静に突っ込むトーアーサ。
だが、そんなトーアーサもどこか興奮した面持ちであり、つまるところ全員が興奮していた。
シモンは恥ずかしそうにはにかんだ顔で言う。
「まだまだ勉強中なんだけどね」
だが、そんなシモンに食いつくように声をあげたのは、意外な事にポルルだった。
「すごいよ! でもこれじゃあ勿体ない! 取り急ぎアブセンスで披露して、その後大きな町でも披露しよう! シモンの声を広く世界に知らしめるべきだよ!」
これに異を唱えたのは、コギルだった。
「馬鹿をいうな! 秘匿性だ! 限られた人にしか聞く事ができない神秘の歌声! その特別感で価値をあげるべきだ!」
「そんな! あまねく全ての人類が認知してこそじゃないですか!」
「シモンは一人しかいねえんだぞ! それじゃあ効率が悪いし価値が落ちる!」
「シモンの歌声の価値は誰が見ても明らかでしょう!!」
「良い物が売れると思うなよ!? それじゃあ世間の荒波は渡れねえ!!」
いつの間にか始まったコギルとポルルによる熱いプロデュース戦術合戦。自分の事なのに会話からは置いていかれているシモンは苦笑いを浮かべている。
ただ、自分の歌を評価してくれている事に悪い気はしないのだろう、どこか嬉しそうだった。
ベズィーやトーアーサも興奮冷めやらぬといった体で何やら話している。
収集がつかなくなったその場をなんとかしようと、ヨハンは手を打って提案した。
「父上の地下研究室に、楽器が沢山あるんだ。僕達も立ち入りを基本的に禁止されているんだけど、父上に相談して見学させてもらうとか、どうかな」
その意見に、否やを唱える者はいなかった。




