男と女
甲高い金属音と共に、爆撃機が上空を走り、重い地響きを鳴らしながら、戦車が街を蹂躙し始める。
その様子を見て男は、機関銃を持ち、勇ましく叫んだ。
「戦争だ!戦争が始まったぞ!
侵略者から国を守る、大儀ある戦争だ!
クリスマスもひな祭りも、こどもの日もなしだ!
女は子供と家を守れ!
俺は前線に行くぞ!」
それを聞いた女は、まるで子供を叱り付ける様に男に言って放った。
「何を勝手なことを!
男が起こした幼稚な戦争ごっこに、何故、女が巻き込まれなければならないの!?
男たちはいつもそう!
自分の都合で戦争を始め、勝手に物を壊し、森を焼き、命を殺していくわ!
それでいて”大儀”ですって!?
そんなの、いたずらの言い訳でしょ!?
ちゃんと約束どおり、クリスマスにはダイヤの指輪を買っていただくわ!」
なおも迫りくる敵兵に応戦しながら、男も負けじと女に言い返した。
「”幼稚な戦争ごっこ”だと!?
馬鹿なことを言うな!
この戦争で手柄を上げれば、俺は出世できる!
そうすれば、お前の欲しいダイヤの指輪だって、
好きなだけ買ってやるぞ!
いいや、今着ているボロボロの服よりもっとキレイな服をやろう!
わざわざ、自分でクリスマスのケーキを焼かなくて済むようになるぞ!
この戦争は、お前の為でもあるんだ!」
女は男の言い分を聞き、なおも馬鹿な子供を見るような目で男を見た。
「誰がそんなことを望みましたか!?
私がいつ、クリスマスのケーキを焼くのに文句を言ったというの?
そうやって、女が本当に望んでいることを、
男は一生理解できないんだわ!
そんな男の傍に、女は寄り添ってあげていると言うのに、
感謝の言葉も、お礼の品も、何もない!
いいえ、それどころか、
何故、虐げられ、差別され続けなければならないと言うの?
女がいなければ、誰が子供を生むのかしら!?」
「 ”感謝の言葉”?”お礼の品”だと!
男たちがどんなに稼いでも、何も言わないだろう!
散々、高級な貴金属やブランド品を買ってやったのはなんだ?
そして、女だけで子供が産める訳じゃぁないぞ!
女はいつもそこを忘れている!
何より、女だけだったら、誰がお前らを守ると言うのだ!
銃の使い方も知らないくせに!!」
「ふんっ!誰を何から守るですって?
男がいなければ戦争なんて起きないわ!!
銃だって生まれなかったでしょうに!!
あなたたちは何かと言い訳をして、
”武器”というおもちゃで遊びたいだけなのよ!」
その時、爆撃機から放たれた爆弾が間近で爆発し、すさまじい爆風が辺りに吹き抜けた。
女はその爆風の中、ひたすらヒステリックに叫び、男は敵に向かって意味の無い野次を飛ばし続けた。
「ちょっと!そのご自慢の武器で飛行機を打ち落としなさい!
戦車を破壊するのよ!
大口を叩いたのだから、やってみせなさいよ!」
爆風が過ぎ去り、グワァングワァンいっている耳を押さえながら、女が叫ぶ。
男は手榴弾を戦車に向けて投げつけ、女に言い返した。
「歩兵の武器で飛行機が落とせるか!?
戦車を破壊できると思っているのか!?
そうやって女は永遠に、男を否定することしかしないんだ!
歴史の中で女が原因で戦争が起きたことも、
何度もあるんだぞ!」
女はそれを、戦車に石を投げつけながら聞き、侮蔑の念を込めて男に言い返した。
「嘘おっしゃい!
いいえ、それが本当でも、そんな女は極一部よ!」
「嘘じゃないとも!
そして、極一部ってことは無いだろう!
女同士の服の競い合い、貴金属の競い合い、自慢話の競い合い!
どんな女だって、傾国の女になりえるのさ!」
「またそうやって男は女を見下す!!」
「女も男を見下してるじゃないか!!」
「男はいつまでも子供だからよ!!
きゃぁっ!?」
今度は戦車の大砲が近くに着弾した。
しかも一発ではない、立て続けにだ。
二人はお互いに抱き合い、大きな悲鳴を上げ続けた。
その時、自分たち以外の誰かが、悲鳴を上げているのが聞こえた。
見ると、瓦礫の隅で小さな男の子が、膝を抱えながら泣いているではないか。
「ヒクッ、ヒクッ…。ねぇ、二人とも大人なんでしょ?
早く、戦争を止めてよ。
みんな死んじゃうよ。
お父さんも、お母さんも。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも死んじゃうよ。
隣のポチだって、飼育小屋のウサギたちだって、みんな死んじゃうよ。
ねぇ、二人とも大人なんでしょ?
戦争を止めてよ」
二人は顔を見合わせ、どちらとも無く苦笑いを見せた。
「誰が子供だって?」
「おもちゃを振り回している時点で子供よ」
「キレイな服や、宝石に目が無いのも、子供と同じじゃないか」
「そうね…。
さぁ、馬鹿な戦争は終わりにして、
クリスマスにしましょうよ」
女はそういってケーキを焼く準備にかかり、男は瓦礫を片付け始めた。
飛行機も、戦車も、いつの間にか、自分の国に帰った様だった。
END