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ぬいぐるみたちのメンタルヘルス  作者: 三森れと
Karte1『不眠症の白ウサギ』
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Karte1『不眠症の白ウサギ』7

ここ最近で一番の快晴ともあって夕方になっても外はまだ明るい。


だけどその明るさが先程までとは違いどことなく寂しさを感じるのは、外から聞こえてくる「また明日ね!バイバイ!」という子供たちの別れの挨拶のせいだろうか。


「え…?」


会社から退社し、白ウサギちゃんを迎えに再びぬいぐるみのクローゼットを訪れた那須さん。


午前中にぬいぐるみのクローゼットを訪れた時から服も髪も一切崩れておらず、那須さんの几帳面さが窺える。


「失礼を承知で申しますが、眠ることができなくなってしまったのは白ウサギちゃんではなく、那須さん…あなたの方ですよね?」


夢野さんがそう告げると、那須さんは皺一つないピシッとしたパンツをぎゅっと握りしめた。


図星なのだろう。


指摘されたくなかったことを指摘してしまったようで、那須さんはバツの悪そうな顔をした。


「…確かにそうですが、今私が解決したいことは白ウサギのことです。私が眠れないのとこの子が眠れないのは別問題で、私はこの子が眠れないのを解決してほしくてここに来てるんです。白ウサギのことを解決出来ないのであれば、私達はこれで」


「待ってください!!」


立ち上がり帰ろうとする那須さんを私は制止し、那須さんの前に立つ。


那須さんにしがみ付き心配そうな表情で私を見つめる白ウサギちゃんに、私は「大丈夫だよ」の意味を込め無言で頷く。


「あの…もし、お嫌いでなければ、これを那須さんにお渡ししたくて…」


「これは……?」


那須さんに渡したのは小さなクラフト紙袋、中には紅茶専門店で購入したカモミールティーの茶葉が入っている。


忙しい時でも淹れやすいよう、ティーバッグ式の物を選び買ってきた。


「カモミールティーには鎮静作用による安眠効果があると言われています。これをあなたにお渡ししたくて…」


「だから…っ!私のことはいいの!!私じゃなくてこの子に飲ませてって言うなら分かるけど、なんで私に…」


「那須さんにとって大切な存在…それは白ウサギちゃんのことだと思いますけど、そんな大切な存在が辛い思いをしていたら、那須さんもお辛いですよね?」


「そんなの当たり前でしょ!?だからこうして、ここに連れてきてるんじゃない!!」


「それと一緒です。那須さんが辛ければ、白ウサギちゃんも辛いんです…」


那須さんはハッとした顔で私を見つめる。


私たちのやり取りを静かに見守っていた夢野さんが口を開いた。


「彩さんの言う通りです。ですから、今はあなたのことを一番に考えてあげてください。それに…あなたにとって辛いことを言うようで申し訳ないのですが、白ウサギちゃんが眠れない…いえ、()()()()のはあなたが理由なんです」


「眠らない…?」


"眠れない"と言う言葉と"眠らない“という言葉、言葉の響きは似ていても意味合いは全く異なる。


そう、白ウサギちゃんは眠れないのではなく、あえて眠らないことを選んでいたのだ。


「眠れないあなたのことが…眠れなくなるまで何かに悩んでいるあなたのことが心配で、白ウサギちゃんは眠らずに、あなたと一緒に起きているようになったんです。今日もですが、これまでも、白ウサギちゃんはあなたが会社に行っている間にちゃんと眠っていたそうですよ」


「で、でも、この子は昼も寝てないって言って…」


「それは白ウサギちゃんなりにあなたのことを気遣った嘘だと思います。白ウサギちゃんの顔を見てみてください」


そう言って夢野さんは白ウサギちゃんの顔を見る。


那須さんも、夢野さんに続くように白ウサギちゃんの顔を見た。


目をパッチリ開けてはいるが頑張って無理やり開けているようで、気を緩ませたタイミングでまぶたが下がりそうになり、ハッとしてまた目をパッチリ開ける…それを繰り返している。


誰の目から見ても、先程まで眠っていたけどまだ眠たがっている…そういう動作に見える。


頑張って無理やり起きていようとする姿は健気だが、見ていて心が痛む。


白ウサギちゃんに気を遣ってか、テディはみんなの注目を白ウサギちゃんから自分に向けるかのように「あのね!あのね!」と手を上げ、


「きょうとってもぽかぽかだったでしょ?それにくわえて、めりーさんのふわふわによりかかってたら、どんなにがんばってもねむくなっちゃうのはしかたないんだよー!しろウサギちゃんも、リョウコさんにわるいからおきてたいっていってたんだ…!」


と、ぬいぐるみ達だけで過ごしていた時のことを教えてくれた。


「私に悪いからって、どういうことなの……?」


那須さんは苦しそうな顔で白ウサギちゃんを見つめる。


白ウサギちゃんは何かを言いたそうにしているものの、尚、那須さんに気を遣っているのか口を開こうとしない。


「白ウサギちゃん」


夢野さんは白ウサギちゃんの前にしゃがみ込み、白ウサギちゃんの顔を覗き込みながら頬を優しく撫でる。


「白ウサギちゃんの優しさは、僕たちにも、勿論那須さんにもちゃんと伝わってるよ。だけど、その優しさが更に那須さんのことを悲しませてしまうかもしれない。そうならないように、白ウサギちゃんの気持ちを那須さんに教えてあげて?」


「わたしのきもちつたえても、リョウコはかなしまない…?」


「勿論だよ。君のことを知ることができたら、那須さんは嬉しいんじゃないかな」


夢野さんの言葉で覚悟を決めたように、白ウサギちゃんはゆっくりと那須さんに自分の気持ちを話し始めた。


「リョウコがねむれなくなっちゃったこと、わたししらなかったの。でも、あるとききづいて、そのひから、わたしもいっしょにおきてようってきめたの。ほんとはね、おひるもねないようにってきめてたんだけど、いつもねむくなっちゃって…でも、リョウコがおしごとがんばってるじかんに、わたしだけねむるのはリョウコにわるいようなきがして…だから、おひるもねてないっていっちゃったの。しんぱいかけてごめんなさい……」


「私に悪いって…どうしてそんな風に思ったの…?」


那須さんの問いに白ウサギちゃんは声を震わせながら答える。


「わたし…リョウコがつらそうなのに、なんにもできないの…!だからせめて、リョウコのきもちをしるために、いっしょにおきてようっておもったの…。なのに、わたし、おひるにねむっちゃって……!リョウコがくるしんでるのに、わたしはなんにもしてあげられないのに…。わたし、いっしょにくるしみたかったの…!ひとりでくるしんでほしくなかったから……いっしょにくるしみたかったの…」


自分にとって大切な存在が、自分の為に苦しむ道を選ぼうとするーー何て辛いことだろう。


白ウサギちゃんなりに那須さんのことを想って行動したことではあるが、結果的に、那須さんにとっても白ウサギちゃんにとっても辛い状況になってしまったのだ。


白ウサギちゃんの気持ちを知った那須さんは、繰り返し「ごめんね…ごめんね……!」と声を震わせ白ウサギちゃんのことを強く抱きしめた。


「何も解決してあげられないって言うけど、白ウサギちゃんは那須さんの為にしてあげられることをしてあげただろ」


それまで黙っていた真宙くんが白ウサギちゃんに向かってそう言った。


「え……?わたしが……?」


那須さんの腕の中で泣いていた白ウサギちゃんが恐る恐る顔を上げる。


那須さんも、黙って真宙くんのことを見つめる。


「今日ここに行こうって話になった時、白ウサギちゃんが一言、最近昼なら眠れるようになったから大丈夫とでも言えば、ここに来る必要はなかっただろ?例え眠れない那須さんを差し置いて昼に寝てることがバレたとしても、君みたいに那須さんを気遣える子は、自分の為に手間をかけさせることの方を嫌がる筈だ」


そう白ウサギちゃんに言うと、今度は那須さんに向かって、


「なのににそうしなかったのは、誰かに那須さんのことを気付かせたかったから。その"誰か"に俺達がなってくれるんじゃないか…そう希望を持って、ここに来ることを選らんだんだと思いますよ、白ウサギちゃん(この子)は」


そう言うと、真宙くんは手に持っていたA4サイズのクリアファイルを那須さんに渡した。


クリアファイルの中には資料が数枚入っている。


「これは…?」


「夜間も対応している睡眠外来の資料と、既にされているかもしれませんが…安眠効果のあるツボやマッサージ方法、グッズについてもまとめてあります」


真宙くんは一瞬私に目線をやると、すぐに那須さんに向かって話を続けた。


「あなたと同じように、過去不眠に悩んでいた人にアドバイスをもらって作成しました。俺達はぬいぐるみを救う為に活動しているのであって、人間のことは専門外です。でも、ぬいぐるみを救う為に必要なことであれば人間の…あなたの力になります」


真宙くんの力強い断言に、夢野さんも頷いた。


「白ウサギちゃんのおかげで僕達は那須さんのことに気付くことが出来た。だから真宙くんの言う通り、白ウサギちゃんは自分にできることをしたんだよ、偉かったね」


夢野さんの「偉かったね」の言葉で、白ウサギちゃんの表情が和らいだ。


「…那須さん。真宙くんの言う通り、僕達は人間のことは専門外です。だから僕達に出来ることは限られています。…それでも、覚えていて欲しいんです。あなたは一人じゃない。一人で抱え込まないでください…白ウサギちゃんのためにも、あなたの自身のためにも」


夢野さんの言葉に那須さんは無言で頷くと、「はい、ありがとうございます…」と泣きながら微笑んだ。


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