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ぬいぐるみたちのメンタルヘルス  作者: 三森れと
Karte1『不眠症の白ウサギ』
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Karte1『不眠症の白ウサギ』6

私の言葉に夢野さんと真宙くんが頷いた。


「依頼人の方に対してこんなことを思うのは失礼だと思うのですが、その…那須さん、隈が酷いなって思ってしまって」


そう、シンプルなオフィスメイクでは隠しきれない程那須さんの目元にはくっきりとした隈ができていたのだ。


那須さんのように色素が薄い色白の肌だと、どうしても目立ってしまう。


勿論、那須さんが眠れていないと思った理由はそれだけではない。


『眠れなくなったことを隠していたようで、ある時、寝たふりをしていたこの子に私が気づいて。その日からは毎日、朝までずっとこの子の様子を見ていたんですが、やはり眠れないみたいなんです……』


「那須さんのこの言葉に引っかかってしまって…。『寝たふりをしていたこの子に私が気付いて』と言っていましたが、それに気付けたのは"那須さん自身が眠れていないから"なのかなって…那須さんが熟睡していれば、気付けなかったということでしょうし」


「そうだな。それに、『その日からは毎日、朝までずっとこの子の様子を見ていたんですが』って言ってたけど、仮に白ウサギちゃんが本当に眠れなくなっていたとして、那須さんが白ウサギちゃんの為に毎日朝まで一緒に起きてるようなことをすれば、白ウサギちゃんが気にして"わたしにかまわずねむって"とか言って那須さんのこと寝かせるはずだろ」


私と真宙くんの見解を聞いた夢野さんは頷き、ローテーブルに置いていた資料を手にする。


「実は依頼の電話の時点で、その可能性が高いとは思っていたんだけどね。実際に会ってみて、確信が持てたよ」


夢野さんが言い終わるのと同時に、応接室のドアがバンッと開かれた。


家にいた筈のテディが慌てながら応接室までやって来たのだ。


「テディ!?どうしたの!?」


「あやちゃん!まひろくんもゆめのさんも、いえまできてほしいんだ!」


…………


テディに連れられ家までやって来ると、そこにはリビングの床にペタリと座ったメリーさんがいた。


座ってはいるもののリラックスしているような体勢ではなく、姿勢を正し、まるで何かを守るように身体をこわばらせているように見える。


「メリーさんどうしたの?」


私はそうメリーさんに聞きながら、メリーさんの身体に目線を下ろした。


「……くぅ……くぅ……」


そこには可愛い寝息を立てながら、メリーさんの身体の上で眠る白ウサギちゃんがいた。


昼になって更に強くなった太陽の光と、メリーさんのふわふわの毛につつまれ、とても気持ちよさそうに眠っている。


テディは申し訳なさそうな顔で、


「あのね、おひさまがあったかくて、しろウサギちゃんすぐにねむっちゃったんだ。だからおはなしきけなかったの。ごめんなさい…」


と私たちに謝り「でも、しろウサギちゃんねむれたよ…!ふみんしょう、かいけつしたってこと…?」とおそるおそる尋ねる。


夢野さんはテディの頭を撫で「謝らないで、ありがとうテディ」と言った。


骨張った大きな手で撫でられ、テディは気持ち良さそうに目を細めた。


テディのことを撫でながら夢野さんは、


「本当の意味での解決の為に、僕たちも動こうか。でも、僕たちはあくまでぬいぐるみを救う為に活動している。人間のカウンセラーでない。そんな僕たちが白ウサギちゃんと那須さんの為に出来ることは何だろうか?」


そう私と真宙くんに問いかける。


ーー本当の意味での解決とは、那須さんに、那須さん自身と向き合ってもらえるよう導くことだ。


ぬいぐるみのクローゼットにやって来る心に傷を負ったぬいぐるみ、実はその持ち主も心に傷を負っていることが多い。


夢野さんの言う通り、ぬいぐるみのクローゼットはぬいぐるみの為に存在しているのであって、人間を救うことは本来専門外だ。


だけど、"ぬいぐるみを救う為の過程"として、人間の心の傷の方に足を踏み入れることもある。


『白ウサギちゃんと那須さんの為に出来ることは何だろうか?』


夢野さんの問いに対し、私はこう答えた。


「あの…私、少しだけお役に立てることがあるかもしれません」


…………


労働基準法に沿った勤務時間。


仲は良いがプライベートにまでは干渉しない、程良い距離感の同僚達。


ボーナスは支給されないが、その分月給が多く、私と白ウサギが二人で生きていく分には充分な給与。


時間に余裕がある日であれば、自宅から徒歩でも通えるくらい通勤も楽だ。


側から見たら良い環境かもしれない、所謂ブラック企業と呼ばれる環境にいる人にとっては羨ましい環境なのかもしれない。


ーーだけど、私にとってこの会社は辛すぎる。


人に相談したこともあるが、決まってこう返ってくる。


『でも、それにさえ目をつむれば良い環境なんじゃないの?そこだけもう少し頑張ってみなよ!』


"それ"の部分が私にとっては重要で、重要だからこそ辛いのに。


「…しばらく休みがないな……」


労働基準法に沿った勤務時間ではあるが、業務量が増えたことによる人員不足により勤務日数自体は大幅に増えてしまっている。


勤務日数が増えた分、一日あたりの就業時間を調整することにより月全体の勤務時間も調整している形だ。


本来の会社の休日数よりは少ないものの、法律上の最低休日数は満たしている。


明日も明後日もその次の日も、会社に行かなければならない。


会社に行くこと自体は、私は構わない。


でも、会社に行く日数が増えるということは、悩みの種に直面する機会が増えてしまうということだ。


…そう考えると辛い。


考えれば考える程辛くなって、ーー私は今日も眠れない。


…………

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