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ぬいぐるみたちのメンタルヘルス  作者: 三森れと
Karte1『不眠症の白ウサギ』
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Karte1『不眠症の白ウサギ』3

私たちが働く"ある店"ーー【ぬいぐるみのクローゼット】


表向きはぬいぐるみ用の服飾品を販売する店、つまりぬいぐるみ専門のブティックなのだが、現在のぬいぐるみのクローゼットの主業は、簡潔に説明すると"ぬいぐるみのメンタルクリニック"といったところだろうか。


持ち主との強い結びつきにより生命を宿したぬいぐるみ。


彼らは生命を宿したことにより感情を持つようになる。


感情を持つということは、時には負の感情を抱いてしまったり、悩みを抱えてしまうということ。


そんな、心に傷を負ってしまったぬいぐるみを救う為に存在しているのが、ぬいぐるみのクローゼットだ。


元々は表向きの姿であるぬいぐるみ専門のブティックでしかなかったぬいぐるみのクローゼットは、夢野さんのお父様の代から今のような相談所としての活動を始めたのだそうだ。


ぬいぐるみの話をしっかりと聞き、持ち主にも話を聞いて、そこから得た情報をもとにぬいぐるみの心の傷を癒すための提案をするところまでがぬいぐるみのクローゼットの役割。


夢野さんがお父様から店を継いだ今ではこの活動の方が主業となっている為、ブティックは一旦辞めて、ぬいぐるみ専門の相談所として業態の変更も考えたそうだ。


だけど、動くぬいぐるみが当たり前の『この世界』であっても、みんながみんなぬいぐるみに愛情を持っているわけではない。


ぬいぐるみが嫌いな者だっていれば、好き嫌い以前に関心がない者もいる。


そんな人間からしてみれば、ぬいぐるみ専門の相談所という業態は少々…いや、かなり怪しい存在だろう。


そこで働く人間だけならまだしも、依頼人まで変な目で見られてはいけない。


そのような理由から、今でも表向きはぬいぐるみ専門のブティックという形を取っているのだそうだ。


私が『この世界』にやって来て、ぬいぐるみクローゼットで働き始めて三ヶ月程になるが、これまで出会ったぬいぐるみたちは、様々な悩みを抱え、様々な心の傷を負っていた。


そして今日も、心に傷を抱えたぬいぐるみがやって来るのだろう。


私にもテディという大切な存在がいるからこそ、持ち主の気持ちがよく分かる。


私とテディを救ってくれた夢野さんと真宙くん、いつも仲良く接してくれるメリーさんの役に立ちたいという思い。


そして、依頼人であるぬいぐるみとその持ち主のことを救いたい、ーーそう思いながら、ぬいぐるみのクローゼットでの仕事に携わっている。


…………


「ごちそうさまでしたー!」


「きょうのごはんもとてもおいしかったです!あやさん、ごちそうさまでした!」


そう元気に挨拶をして、朝食を終えたテディとメリーさんがキッチンまで食器を運んでくれる。


準備の時と同じように食器を一つずつせっせと往復して運ぶテディと、テディとは反対に全ての食器を頭上に乗せ運ぶメリーさん。


もこもこの毛により食器が安定するのか、ふらつくことなくキッチンまで向かっている。


デザートのヨーグルトを食べ終えてからごはんとおかずを食べ始めた真宙くんも気付けば全て食べ終えていたようで、


「ごちそうさま、おいしかったよ」


と立ち上がってキッチンまで食器を運んでくれた。


元々食べるスピードが早い私はみんなよりも大分先に食事を終わらせていたので、運んでもらった食器を順々に洗っていく。


最後のお皿を運び終わったテディを、ひょいと抱き抱えて真宙くんは、


「彩さん、今日は開店直後からのシフトだろ?俺たちは開店準備で先に行ってるから、また後でな」


と手を振りテディと共にリビングを出ようとする。


私が「うん、またあとで!」と言おうとすると、


「ちょっとー!ぼくはあやちゃんとしゅっきんするのー!だからおろしてよー!」


と自分を抱き抱える真宙くんの腕の中でジタバタと駄々をこね始めた。


「だーめ!今日のお前は俺と同じシフトなんだ、俺たちは先に行って開店準備するぞ!」


「やだー!あやちゃんといっしょがいいー!」


呆れ口調の真宙くんを全く気にせず、テディは更に駄々をこねる。


私は洗い物を一旦止め、テディと真宙くんの元へ向かう。


テディの顔と同じ位置になるよう背を屈め、なだめるようにむすっとした表情のテディの頬を撫でる。


「私も少ししたら行くから、先に行ってお仕事してて!」


「でも…ぼくあやちゃんといっしょがいい…」


「先に行ってお仕事しててくれたら、今日の夜ご飯、テディの好きなもの作ってあげる!」


「ぼくこどもじゃないから、そのてにはのらないよ…!」


「チーズ入りハンバーグとトマトスープとか…」


『この世界』に来てから一緒にご飯を食べるようになり、その中でテディが一番よろこんで食べていた物の名前を挙げてみる。


すると、案の定むすっとした表情が一瞬で満面の笑みに変わり、


「ぼく、まひろくんとかいてんじゅんびがんばってくるー!まひろくん、いこいこー!」


と今度は真宙くんを急かし始めた。


「ったく、本当に手のひら返しが早いよなお前は」


と笑いながら、「じゃあ、行ってくるわ」と今度こそテディとリビングを後にした。


先程とは打って変わりテディもやる気に満ち溢れているようで、「おしごとがんばるぞー!」と元気な声を廊下に響かせる。


身支度を整えながら私たちの様子を見ていたメリーさんは、頭に被った…というより頭に乗せたワイン色のシルクハットをクイッと良い角度に調整し、


「テディさんとまひろさんのなかのよさはほほえましいですねぇ…わかいってうらやましいです」


と言いながら「ホッホッホ!」とまるでダンディなおじさまのように笑った。


実際、メリーさんを人間の年齢に当てはめるとしたら、それくらいの年齢なのだろうが。


メリーさんは夢野さんのお父様が子供の頃からこの家にいるらしく、この家の、そしてぬいぐるみのクローゼット従業員の中でも年長者なのだ。


ぬいぐるみとはいえ私より年上の男性に向かって馴れ馴れしく話すのは少々気がひけるので最初は敬語で話していたのだが「かたくるしいのはいやです!」と敬語をやめるように言われてしまった。


ただ、メリーさんの中でも線引きはしているようで、「メリー」や「メリーくん」と呼ばれるのは好まないらしく、真宙くんがたまにふざけて呼び捨てにするとプンプンと怒る。


「ではあやさん、ワタクシもさきにいってまいります!」


「うん!ブティックの方、今日もよろしくね」


メリーさんはこくりと頷くと、ふわふわの毛を揺らしながらリビングを後にした。


みんなより三十分遅い出勤とはいえ朝の時間はあっという間だ、洗い物を終わらせたら私も急いで身支度しなくては。

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