Karte3『コナンとドイルの二者択一』1
「うーん…むにゃむにゃ…メープルシロップと、はちみつ…まよっちゃうなぁ…むにゃ……」
自身の身体よりひと回り程大きな人間用のビーズクッションをぎゅっと抱きしめ、私の隣で眠るテディ。
寝言から察するにホットケーキかパンケーキを食べる夢でも見ているのだろう、今日レストランで食べたパンケーキの影響だろうか。
真宙くんも夢野さんもメリーさんも、この家には甘党が多いからパンケーキを主役にした朝食も喜ばれそうだ、近いうちに作ってみよう。
そんなことを考えながら、私は『この世界』に来てからの日課である日記をつける為、折りたたみ式のベッドテーブルを開き、テディを起こさないようにそっとベッドの上に置いた。
折りたたみ式ではあるが脚がしっかりしているので、ふわふわの掛け布団越しに置いても安定している。
日記には、その日起きた出来事はもちろんだが、『この世界』について新たに知ったことを書き記すようにしている。
書き記す目的は、『もといた世界』に戻るための手掛かりになりそうなことを集めたいからーーではなく、もっと『この世界』に順応したいからだ。
本来は『もといた世界』の住人である私が『この世界』に留まり続けることは、『この世界』にとっては良いことではないのかもしれない。
それでも私は、『この世界』に居続けたいのだ。
たとえ明日、『もといた世界』に戻れることになったとしても。
『この世界』に私を認めてもらうための自己満足的行為だということは分かっているが、もっと『この世界』に順応すれば『この世界』の人間として生きていくことが許されるのではないか、ーーそんな淡い期待を持ちながら日記に書き記している。
とはいえ『この世界』と『もといた世界』の違いといえば、動くぬいぐるみの存在、企業名や商品名、住んでいる人間くらいなので、『この世界』についての新たな発見というのもそれらに関することくらいだ。
なので、今日書き記す『この世界』について新たに知ったことというのも、今日テディと出かけた中で知った『この世界』の有名チェーン店の名前や流行りの小説家についてだ。
流行りの小説家については、今日テディと一緒に足を運んだインテリアショップの店内に貼られていたポップで知った。
その小説家ーー名を栗栖エルというのだが、元探偵のレストランオーナーシェフが身の回りで起こる事件を解決する、というシリーズ作品が若者を中心に人気があるらしく、作中に登場した食器を商品化したものがインテリアショップには置かれていた。
小説同様、商品化された食器たちもやはり人気があるらしく、特にカトラリーセットは店内ですれ違う十代から二十代前半の女性客のほとんどが手に取っていたように思う。
『もといた世界』でも本は読んでいたが、好きな作品を繰り返し読むことが好きだったので、沢山の作品を読んできたわけではない。
『この世界』では色々な作品に触れてみたい、栗栖エルの作品も読んでみよう。
舞台化が決定しキャストも発表されたとポップには書かれていたので、作品をきっかけに『この世界』の俳優についても知ることが出来そうだ。
疎いというわけではないのだろうが、夢野さんとメリーさんはゲームやアニメ、真宙くんはファッション関連の雑誌やSNSが好きなので、ドラマや映画、それらに出演する俳優やスタッフに関する会話をしたことが殆どない。
数少ないドラマ・映画関連の会話の内容で覚えていることといえば、夢野さんの好きなアニメ作品の劇場版シリーズの脚本を担当しているのが、『この世界』では有名なミステリードラマの脚本家と同一人物だということくらいだ。
夢野さんがとても楽しそうに語っていたから、聞いているのが楽しくてよく覚えている。
(あ、そういえば…)
私は、真宙くんの部屋で見た文庫がぎっしりと並べられた本棚を思い出した。
もしかしたらあの本棚の中にも栗栖エルの作品があるのかもしれない。
それとも真宙くんは、流行りの作品やミステリーは読まないタイプだろうか。
『この世界』に来て、この家に住むようになって、もうすぐ四ヶ月になる。
まだ四ヶ月とはいえ同じ家で過ごしている分、真宙くんのこともよく知ったつもりでいたけど、真宙くんが読書好きであることすら知らなかった。
それでよく知ったつもりになっていたなんて、自惚れにも程がある。
真宙くんのこと、夢野さんやメリーさんのことも、もっともっと知っていきたい。
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