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ぬいぐるみたちのメンタルヘルス  作者: 三森れと
Karte1『不眠症の白ウサギ』
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Karte1『不眠症の白ウサギ』2

「あやちゃん!みんなおきたよ!ごはんたべよー!」


みんなの朝食が完成したタイミングで、みんなを起こしに行ったテディが戻ってきた。


みんなを起こすという任務完了の達成感により、今日の天気のように晴れ晴れとした表情のテディが、人間用のダイニングテーブルの隣に置かれた小さいテーブルの前に座った。


子供用のテーブルなのかと思いきや、動くぬいぐるみが当たり前の『この世界』なだけあって、ぬいぐるみ用に作られたテーブルなのだそう。


元々は一人…ぬいぐるみだから一個、動いているから一体と言った方が良いのだろうか?


いや、混乱してしまいそうだからやっぱり一人としよう。


元々一人用のテーブルに二人分の朝食を乗せている為、置き場所を誤れば床に落としてしまいそうだ。


「きょうのあさごはんも、とてもおいしそうです!」


そう言いながら、テディの後をついてきたアイボリー色の羊のぬいぐるみが、テディの向かい側に座った。


わたあめのようにもこもこのファーで目元が隠れてしまっている上、顔と手足の生地が黒色なのでじっくり見なければ表情は分からないが、声色から察するに優しく微笑んでいるようだ。


「あたりまえだよー!あやちゃんのごはんは、せかいいちおいしいんだよ!」


「ふふっ、テディさんはほんとうにあやさんのことがだいすきなんですねぇ」


「うんっ!メリーさんのこともすきだよ!」


「うれしいですねぇ、ありがとうございます!」


テディもぬいぐるみにしては中々の大きさだが、羊のぬいぐるみ・メリーさんもテディと同じくらいの大きさだ。


ただ、メリーさんの場合は身体の多くがもこもこのファーで覆われているので、それでテディと同じくらいの大きさに見えるのであれば、身体自体はもう少し小さいかもしれない。


似た色み、同じくらいの大きさのテディとメリーさんが並ぶと、ぬいぐるみのモデルとなった動物こそ違うが兄弟のように見えてとても可愛らしい。


テディとメリーさんから少し遅れる形で、真宙くんもリビングに到着した。


どうやらテディが起こしに行くまで眠っていたらしく、洗顔と歯磨きだけを済ませリビングに来たのか、やわらかな質感の黒髪の毛先がやや跳ねている。


とはいえ真宙くんは普段から凝ったヘアセットをするわけではないので、やや跳ねた寝癖以外はいつも通りであるのだが。


目に少しだけかかった前髪を気にする真宙くんはまだ眠そうで、朝食を並べたダイニング側ではなくソファの方に足を向かわせる。


「真宙くん、今日はソファでご飯食べる?」


背が高い彼にとっては少し窮屈そうな二・五人掛けのソファに寝転がった真宙くんに私は聞いた。


「あー…そうしようかな。ソファから離れたくな」


「だめです!!!ごはんはみんなでならんでたべるものです!!!」


「そうだそうだー!」


「離れたくない」と言おうとしたのだろうが、言い切る前にぬいぐるみたちが阻止した。


「うるせーな…同じ空間にいるんだから良いだ」


「だめです!!!!!!」


「そうだそうだー!!」


今度は「良いだろ」と言おうとしたのだろうが、先程よりも強い語気でぬいぐるみたちが阻止した。


深いため息と共に身体を起こした真宙くんは「わかったよ…そっちに行けば良いんだろ」と渋々ダイニングテーブルの椅子に座った。


「まぁ、だらけながら食べるのは彩さんにも彩さんが作ってくれた料理達にも失礼か」


「わかってるならいいよ!」


むすっとした顔でメリーさんに同調していたテディの顔が和らいだ。


「じゃあさっそくたべよー!いただきまーす!」


「いただきます!」


「ふたりとも待って、夢野さんは?まだ眠ってるの?」


「みんなでならんでたべるもの」と言った直後だというのに、あと一人…それも家主がリビングに来る前に食べ始めようとするテディとメリーさんを、質問という形で制止させた。


夢野さんとはこの家の主であり、"ある店"の店主でもある夢野ケイイチのことだ。


『この世界』にやって来た私とテディは、"ある店"で働くことと、みんなの食事を作ることを条件にこの家に住まわせてもらっている。


見ず知らずの、それも『この世界』の人間である夢野さんにとっては異世界からやって来た異世界人である私たちのことを条件付きとはいえ無償で住まわせてくれるのだから、私としては料理以外の家事も任せてもらいたいぐらいなのだが…。


そう立候補するも、夢野さんは首を横に振った。


「掃除は真宙くんがやってくれてるし、洗濯はそれぞれこだわりがあるだろうから各々やった方が良いと思うんだ。だから君には料理をお願いするよ。僕も真宙くんも、料理の腕はからっきしだからね」


夢野さんの言う通り、夢野さんも真宙くんも料理は苦手なようで、初めてこの家に足を踏みいれた際、ゴミ箱には前日までのテイクアウトやデリバリーメニューの空き容器がパンパンになるまで捨てられていた。


「いつか使う日が来るかもしれないと思ったんだけど…」と、夢野さんが一通り揃えていた調理器具達も使った形跡が一切なかった。


ちなみに真宙くんも訳があってこの家に住まわせてもらっているらしく、その条件がこの家の掃除なのだそうだ。


なので、料理以外の家事もしたいと言った私に対しても「俺の役割取られたら困るからさ」と真宙くんは笑いながら言っていた。


話が逸れてしまったが、「まだ眠ってるの?」という私の問いにメリーさんは、


「ケイイチなら、きょうのいらいにんのしりょうをかくにんしてます!すこしじかんがかかりそうだから、さきにたべててとのことです!」


と、“お先にどうぞ”を表現する手を差し出すジェスチャーをしながらそう答えた。


「なので、ワタクシたちはさきにたべましょう!」


メリーさんの言葉にテディは「はーい!」と元気よく賛同し、真宙くんは「俺にはみんなで並んでとか言っておきながら…まぁ仕事なら仕方ないか」と呟きながらそれぞれ食べ始めた。


テディとメリーさんの食事風景を見る度に、二人が食べたものはどうなるのだろう…?と疑問を抱くが、美味しそうに食べてくれる二人を見ていると、抱いた疑問なんてどうでも良くなる。


二人の微笑ましい食事風景を眺めながら、私は食事よりも先にデザートのヨーグルトを食べている真宙くんに尋ねた。


「夢野さんが朝食も取らないくらい資料確認に時間がかかってるってことは、今日は忙しくなりそう?」


私の問いに真宙くんは目を逸らして呆れ顔をした。


私を見ながらそのような顔をしたのではないと言うことは、私に対してではなく夢野さんに呆れているのだろう。


「今日に関しては、ギリギリまで取りかからなかったせいで直前になって慌ててるだけだよ。あの人、昨日の業務が終わってから、夕食以外の時間はずっと部屋の中にいただろ?朝までゲームに没頭してたんだよ。俺の部屋までゲームの音聞こえてたからな」


「真宙くんの部屋、夢野さんの隣だもんね」


「おかげで俺まで寝不足だっての…」と夢野さんに対する文句を吐いて、真宙くんは言葉を続ける。


「だから忙しくなるとかじゃないと思うけど、彩さんの料理を後にする程慌ててるってことは、開店のタイミングで依頼人が来る予約でも入ってんじゃねーかな」


確かに、メリーさんの言う「ごはんはみんなで並んで食べるもの」というのは元々夢野さんが言っていた言葉なのだと以前メリーさんが教えてくれた。


そんな夢野さんが「先に食べてて」というのは珍しい。


真宙くんの言う通り、開店直後に依頼人が来るのかもしれない。


「それなら、何か手伝わなくて大丈夫かな?」


「大丈夫じゃない?開店のタイミングで依頼人が来るかもしれないってだけで、業務内容自体はいつも通りだろうし。そもそもあの人の自業自得なんだしさ。…にしても」


ヨーグルトを食べる手を止め、真宙くんは笑った。


「積極的に手伝いたいって言える程この仕事にも慣れてきたんだな、感心感心!」


そう言うと真宙くんは、子供を褒めるように私の頭を撫でてきた。


いや、撫でるというよりは髪をぐしゃぐしゃにされただけのような気もするが、そんな事にすら私はドキッとしてしまう。


そんな私たちのやり取りを見て何かを勘違いしたのか、テディは飲んでいたオレンジジュースを急いで飲み切ると


「ちょっとまひろくん!!!あやちゃんのこといじめないで!!!!」


と怒りながら真宙くんの身体によじ登った。


「いじめてませんー褒めたんですー!お前って本当に過保護だよなぁ…過保護過ぎんのもどうかと思うけど?」


そう悪態つきながらも真宙くんは、優しい手付きでテディのことを自分から剥がした。


「そうだよ、テディ!真宙くんは、私のこと褒めてくれたんだよ」


「そうなの?じゃあ、ありがとうだねー!」


「手のひら返し早っ!じゃあの前に、勘違いしてごめんなさいだろ!ったく…」


テディに対して軽くため息を吐きながら、真宙くんは再びヨーグルトを食べ始めた。


ーーこの仕事に慣れてきた、のだろうか。


自分では実感が湧かないが、もし本当に慣れてきたのであれば凄く嬉しい。


少しでも、夢野さんと真宙くんの役に立ちたいから。


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