Karte2『写真嫌いのマーチ』18
本当に嘘が壊滅的に下手な人だ…だが、昨日コトコさんも言っていたように、その素直さがマーチさんの魅力なのだろう。
ナツミさんも呆れてはいるものの、マーチさんを見る表情には愛情が感じられる。
「マーチが本当に申し訳ありません…そして、重ね重ね申し訳ないのですが、その“本当の理由”というのも、マーチが写真嫌いになった理由も私には心当たりがありません…マーチがご迷惑をおかけしたのですから、私にできる事があれば協力はしたいのですが…」
ナツミさんのこの言葉に、今度は私が口を開いた。
「協力したいと言っていただけるのであれば…そのペンダントの中に入っている写真を見せていただいてもよろしいでしょうか…?その写真に、マーチさんが写真を苦手とする理由のヒント…もしくは答えがあるのではないかと思っているんです」
「え…?」
ナツミさんの胸元には、直径四センチ程の、ボール型のペンダントが飾られている。
リンゴをイメージして作られたものなのか、ボールは赤みがかったメタルシルバーで、ペンダントチェーンを通す金具は緑色。
そして最大の特徴は、完全なボール型ではなく真ん中で開閉できる構造になっており、よく見ると半球をくっつけたような形になっている。
ナツミさんから見て右側にある開閉部の留め具だと思われる金具は紫色の小さな蝶のような形をしている…留め具の蝶に触れると開く仕様なのだろう。
「ペンダント?しゃしん…??」
今度はマーチさんが怪訝な表情をした。
「そのペンダントに、しゃしんがはいっているということですか?」
「マーチさんは、なかのしゃしんみたことないの?」
「ありませんし、そのペンダントのなかにしゃしんをいれられることすらしりませんでした…!」
確かに、デザイン的に開閉している瞬間を目にしなければロケットペンダントだとは気が付かないかもしれない。
マーチさんは、ペンダントのことを自分に教えていなかったナツミさんにではなく私たちに向かって、
「ペンダントのなかにはいっているしゃしんというのは、いったいどんなしゃしんなんです…?」
そう、恐る恐る尋ねた。
勝手に答えて良いものか迷い、私はナツミさんを見た。
ヘッドマスクで表情こそ分からないが、ペンダントを強く握り締める手が「このペンダントには、写真には触れないで」と叫んでいるように見えた。
だが、その叫びと同じ熱量で「全て話してしまいたい」と叫んでいるようにも見え、私は後者の叫びに応えることにした。
「コトコさんから聞いたんですが…マーチさんが写真に撮られることが苦手になる前、最後に撮影した写真だそうです。ナツミさんとマーチさんと当時のナツミさんの親友だったコトネさん、それから…お名前は存じませんが、同級生お二人の五人で撮った写真で…」
「ああ…そういうことでしたか…」
私が言葉を言い終える前に、マーチさんがそう呟いた。
その声色には感情がなく、声色と同じように表情にも感情がない。
それは、悲しみ、怒り、憎しみ…そういった負の感情の先にある、諦めからくる無の感情のようだった。
「どうしてわすれていたんでしょう…コトネさんのことも、あのふたりのことも…」
淡々と呟き続けるマーチさんとは裏腹に、ナツミさんはヘッドマスク越しでも分かるくらい感情が乱れているようだった。
「あなたにとっても辛いことだったから忘れていたんでしょう。でも…忘れていても覚えていたんでしょうね…だから、無意識のうちに写真を拒むようになったんじゃないかしら…」
「…はい…ボクもそのようにおもいます…。はなさきさんのおっしゃるとおりです…ボクがしゃしんにとられることがニガテになったりゆう…そのこたえは、そのしゃしんなのだと、いまじかくしました…」
ナツミさんはペンダントを外し、その指で紫色の小さな蝶にそっと触れると、ロケットペンダントを開き中に入れられた写真を私たちに見せてくれた。
コトコさんが言っていたとおりだ。
そこには女学生の制服に身を包み今より生地がピンッとしたヘッドマスクを被った若かりし頃のナツミさん、ナツミさんに抱えられたマーチさん、ナツミさんの隣はコトネさんだと思われる女生徒が写っていた。
そして、ロケットペンダントの形に合うように切り取られた端側を注視すると、明らかに他の誰かが一緒に写っていた形跡があった。
きっと、コトネさんとナツミさんを挟むように同級生二人が写っていたのだろう…コトネさん側には同級生の肩と腕が、ナツミさん側には同級生の肩と腕が切り取られた写真の中に入り込んでいる。
肩と腕まで切ろうとするとナツミさんとコトネさんまで切ることになる位置なので、完全に切り取ることが出来なかったんだろう。
「あなた…彩さんでしたよね?彩さんのおっしゃる通り…この写真には私とマーチとコトネ…それから、“あの二人”が写っていました」
"あの二人"と口にした瞬間語気が強くなったことから察するに…やはり、ナツミさんがこの同級生二人に抱いている感情は負の感情、恐らく憎しみの感情だ。
その憎しみの理由を、ナツミさんは語り始めた。
「あの二人は…コトネを虐めていたんです…!」
「えー!!?」
本人はいたってまじめなのだが、シリアスな空気を壊すような幼稚な驚き声を上げるテディに真宙くんは苦笑した。
怒るでも呆れるでもなく苦笑いで済ませたのは、テディに悪気がないことを知っているからだろう…悪態はつくが、何だかんだテディのことを可愛がってくれている真宙くんらしい。
「まってまって!ぼく、コトコさんから、コトネさんとそのふたりはともだちで、コトネさんがナツミさんとふたりのちゅうかいやくになってたってきいてたよ!コトネさんとふたりは、ともだちじゃなかったの!?」
「友達なのだろうと、私も思っていました…。でも、あの二人はコトネを虐めていた…コトネが誰にも助けを求めないことをいいことに、誰にもバレないように表では仲の良い友達のフリをして、裏で虐めていたんです…」
憎しみの感情で自身が壊れてしまわないように、正気を保っていられるように…ナツミさんは自身の左腕に食い込ませるよう右手の爪を立てながら吐き出した。
「もしかしてコトネさんの急な転校というのは…」
真宙くんの問いに対し、ナツミさんは小さく頷く。
「そうです…虐めが原因でコトネの心は壊れてしまった…。この写真を撮った日にされた事が決定打になったようで、その次の日からコトネは学校を休み、そのまま転校したんです…何があったのかは分かりませんが、先生が私にだけ教えてくださったんです…」
ナツミさんは写真を見つめ、目を細めた。
「そう…コトネが虐められていたなんて知らなかったんです、私もマーチも。だって、私の前ではコトネもあの二人もとても仲が良さそうだったし、この写真に写っているコトネも…あの二人も…とても笑顔だったのよ…」
その言葉に、それまで何も発せずにいたマーチさんが感情を取り戻したかのように嗚咽した。




