Karte2『写真嫌いのマーチ』17
私とテディはナツミさんに向かって「よろしくお願いします」「よろしくおねがいしますっ!」と会釈したが、隣の真宙くんは言葉を発しないどころか、唖然とした表情でナツミさんを見つめていた。
「真宙くん?どうしたの?」
「いやいや!!むしろなんで彩さんとテディは普通にしてんの!?何だよこの人!!」
「ちょっとまひろくん!このひとよび、しつれいだよ!!」
「いやいやいや!!俺はおかしくないだろ!!」
そう慌てる真宙くんを見て、私は真宙くんが慌てる理由に納得したと同時に、軽く罪悪感を抱いた。
私とテディはコトコさんに見せてもらった写真でナツミさんのこの姿…ハリネズミのヘッドマスク姿を知っていた。
だからナツミさんのこの姿を見ても動じなかったが、真宙くんはその写真を見ていないし、そして私とテディは真宙くんにナツミさんのこの姿について伝えることを忘れていたのだ。
何の前情報もなくヘッドマスク姿の女性を目の前にすれば、びっくりするに決まっている。
どのように説明しようか、そう頭の中で考え言葉を発せずにいると、当のナツミさんが口を開いた。
「すみません...私のこの姿、びっくりしますよね...。私も同じような人を見たら驚くと思います。マーチやコトコさんから聞いているとは思いますが、私は人と話すことが苦手でして…この格好でなければまともにお話出来ないんです。勘弁してくださいね…」
ややおどおどした喋り口調ではあるものの、人と話すことが苦手だとは思えない程すらすら話してくれるナツミさんに私たちは驚いた。
ヘッドマスクのおかげか、それとも今日の為に心の準備をしてくれたおかげか…あるいは、その両方かもしれない。
会話内容がいたって真面目なことから警戒心が和らいだのか、真宙くんは、
「いえ…俺の方こそ、失礼な反応をしてしまい申し訳ありません」
と頭を下げた。
「たちばなしもなんですから…」とマーチさんに誘導され、私たちは来客用であろう簡易テーブルのそばに置かれた座布団に腰を下ろした。
ナツミさんも、腰をかけていたチェアから私たちの向かい側に移動し、同じく座布団に腰を下ろした。
コトコさんとのツーショット写真を見た時から思っていたことだが、ナツミさんは、ナツミさんやコトコさんの世代の女性にしては背が高い。
ヘッドマスクを被っていることもあり正確な身長こそ分からないが、同年代女性の平均よりは背が高い私と同じくらい、もしくは私より高いのではないだろうか。
細身な体も相まってモデルのようだが、ファッショナブルなコトコさんとは真反対な身なりだ。
デザインはシンプルだが生地は上質な服…という感じでもなく、デザインも生地もよくあるファストファッションのもので、同じ物を何年も着続けるタイプなのか決して不潔ではないものの、かなり生活感が出ている。
全員が腰を下ろしたタイミングで、マーチさんが冷たい麦茶と、はりねずみベーカリーで販売しているものと同じシュガーラスクを出してくれた。
ラスクの甘い香りに、仕事で来訪していることを忘れてしまいそうになる…ナツミさんが作るパンには人を魅了する魔法がかけられているに違いない。
現にテディは「いただきまーす!」と挨拶するやいなや、ラスクを口いっぱいに頬張り幸せそうな笑みを浮かべている。
そんなテディを羨ましそうに見ながらも、真宙くんは仕事モードの表情を作り、ナツミさんに本題を切り出した。
「単刀直入にお聞きしたいんですが、マーチさんが写真を苦手としている理由に心当たりがあったら教えて欲しいです。それからもう一つ…」
真宙くんはマーチさんに視線を向けると、
「マーチさんが今回の取材を受けたがっている本当の理由を知りたいです。まぁ取材は隠れ蓑で、取材以外で写真嫌いを克服したい理由があるのかもしれませんが…」
と、マーチさんが私たちに何かを隠していることをナツミさんに暗に伝えた。
「本当の理由…?マーチはなんと言ったんですか?」
そう怪訝な顔をするナツミさんに、マーチさんは焦ったような表情をしている。
何と言えば良いか分からず、口をパクパクさせている様子を見て確信した…やはりマーチさんは嘘をつくことが下手、いや、嘘をつくことが出来ない人なのだ。
そんなマーチさんに構うことなく、真宙くんは自身のスマートフォンでぷろむなどの公式サイトを表示させ、
「今回取材を受けるこの雑誌は、ナツミさんの愛読書だと伺っています。だからどうしても取材を受けたいと。ですが、マーチさんの言動や様子を見ていて、それとは別の理由があるんじゃないかと思ったんです」
そう言って、ナツミさんにスマートフォンの画面を見せた。
真宙くんの言葉を聞いたナツミさんは「ハァ…」と大きな溜め息を吐いた。
その溜め息は真宙くんに向けられたものではなくマーチさんに向けられたものだということはこの場にいる全員が理解し、向けられた張本人であるマーチさんは身体をビクッと振るわせた。
「まったく…本当に、一瞬でバレる嘘をつくんだから、マーチは…。私、その雑誌を読んだことは一度もないんですよ…読んだことのない雑誌が愛読書なわけないでしょう…?」
と、呆れた表情でマーチさんを見つめながらナツミさんは答えた。
「えー!!で、でも、マーチさんとナツミさんのきょうようブックアプリに、ぷろむなどのバックナンバーいっぱいはいってたよ!?」
「共用の…?私、本や雑誌は現物派なので…ブックアプリは使っていません…マーチは使っているようですけどね…」
この場の雰囲気に耐えられなくなったのか、マーチさんはまるで土下座するかのように頭を地面にこすりつけながら、
「すみませんすみませんー!!!わるぎがあったわけじゃないんです!!!!!ただ、それっぽいりゆうをかんがえたときに、これしかおもいつかなかったんですー!!」
と泣き喚いた。
「その為にわざわざバックナンバーをダウンロードしたんですか?俺たちがナツミさんに会ったらバレるでしょ…」
「おはずかしいはなし、そこまであたまがまわらなかったんです…ナツミにあっていただくときのことなんて、なんにもかんがえておりませんでした…」




