Karte2『写真嫌いのマーチ』16
話を聞き終えコトコさんを最寄り駅まで見送ったあと、私とテディは作業スペースにいる真宙くんと合流した。
真宙くんが作業をしていた机の上には、写真撮影を克服する方法をまとめた資料が置かれていた。
那須さんと白ウサギちゃんの依頼の時も思ったが、真宙くんはこういったデスクワークが得意なようで、とにかく仕事が早い。
昨日帰社してから今日の午前までの間で、あっという間に資料を完成させたのだから凄い。
しかも、真宙くんは資料作りと同時進行でぷろむなどのバックナンバーも何冊か読んだのだそうだ。
「マーチさんのとこでも言ったけど、俺も好きな雑誌だからブックアプリにバックナンバー結構入っててさ。まさか、こういう形で役に立つとは思わなかったよ」
そう言いながら真宙くんは、長時間パソコンとスマートフォンの画面を見ていたことによる眼精疲労を和らげようとしているのか、眉間を指で摘んだ。
「それで?彩さんとテディの方はどうだったんだ?」
真宙くんの問いに、私とテディはコトコさんとの会話内容を見解も交えて伝えた。
一通り伝え終わった後、真宙くんは「うーん…」と眉間を摘んでいた指を自身の口元にやりしばらく考え込んだ。
「ちょっと突飛な考えかなとは思うんだけど…」
「いや、彩さんの言う通り、その写真がマーチさんにとって最後の写真だってことを考えたら突飛な考えでもないんだと思う。ただ、仮に彩さんの見解が当たっていたとして、その切り取った写真をペンダントに入れて身につける心理が俺には分かんねーな…」
「なんでー!?たしかにぼくも、しゃしんをきることじたいはきもちわからないしゆるせないけど、きってのこったしゃしんがナツミさんとマーチさんとコトネさんのしゃしんなら、みにつけるのはおかしくないでしょ?ナツミさん、コトネさんのことはだいすきだったんだし…」
「大好きな人の写真だからこそだよ。いくら写真を切ったって、一緒に写ったっていう現実まで消えるわけじゃないんだ。写真を見返すたびに、その二人のことも思い出すことになるじゃん。身につける写真は、三人だけで撮った写真にすれば良いだろ」
「そうなんだよね…その二人の部分を切って、残った写真を捨てようって発想にはならないだろうから残しておくのは分かるんだけど、それを身に着けておく必要はないよね。目に触れないところにしまっておけば良いんだから」
「身につける写真は、その写真じゃなきゃ駄目な理由があるのかもな…」
しばらくの沈黙の後、真宙くんは立ち上がり両手を上げ身体を伸ばすと、
「俺たちが考え込んだところで答えはでないし、明日ナツミさんに聞いてみよう。正直に答えてくれるのか、そもそも俺たちの見解が当たってるのかも分かんないけどさ。現時点で出来ることはやれたんじゃないか?」
と言うと、「コトコさんからもらったお土産食べながら休憩でもするか。リビングに集合なー」と資料を片手に三階の住居フロアに向かった。
私とテディも真宙くんに続き住居フロアに向かうが、あんなに嬉しかったコトコさんの魅力的なお土産に心が踊らなくなっている。
人が写っている写真を切断することへの抵抗感。
この共通点だけではあるが、ナツミさんと自分を重ねてしまっていた。
自分と近い感性を持っている人が、何らかの悪意を抱えているのかもしれない…そう思うと、鉛を飲み込んだような気持ちになる。
………
翌日、私たちは再びはりねずみベーカリーを訪れた。
仕事の邪魔になってしまわないよう事前に聞いていた閉店時間よりも遅い到着になるよう来訪したのだが、どうやら今日は来客が多かったらしく、パンの完売により通常の閉店時間よりもだいぶ早く営業を終わらせたそうだ。
私たちが到着する頃には全ての閉店作業も終わらせていたようで、
「きていただいてそうそうもうしわけありませんが、ナツミもまっておりますのでここではなくいえではなしましょう」
マーチさんはそう言うと、私たちをマーチさんとナツミさんが住む家へと案内してくれた。
マーチさんとナツミさんの家は、ベーカリーが入っているマンションの三階の一室。
マーチさんが言うにはこのマンションの部屋は基本的に一人暮らし向けの1kの造りで、マーチさんとナツミさんが住んでいる部屋もそのような造りだという。
エレベーターで三階まで上がり、上がってすぐの部屋の前でマーチさんは立ち止まった。
「なかでナツミがまっております。さぁ、みなさんおはいりください!」
そう言ってマーチさんは、ドア横の壁に取り付けられたマーチさん用の梯子から体を伸ばし、その場所から器用にドアを開けた。
思い返せばベーカリーのドアにもマンションの共用スペースにも、よく見ると梯子や手すり、踏み台のようなものがいたるところに設置されており、マーチさん一人でも行動しやすいよう配慮されているようだ。
きっと入居年数の長さから、マーチさん用の動線を確保することを許されているのだろう。
「お邪魔します」
「おじゃましまーす!」
玄関に足を踏み入れすぐ目の前にキッチンスペースがあり、その奥に居室がある。
キッチンの広さから察して、一般的な1kよりもだいぶ広い造りのようだ。
「ナツミ、みなさんをつれてきましたよ!」
マーチさんに促されるまま、私たちは居室の中へと進んだ。
はりねずみベーカリーと同じウッドインテリアが基調の部屋の真ん中には二人用の小さなリビングテーブルとチェアが置かれており、そのチェアにはナツミさんと思われる女性が腰掛けていた。
何故、ナツミさんと思われる女性という曖昧な表現をするのかというと、コトコさんに見せてもらった写真に写っていた人物と同じく、ハリネズミのヘッドマスクをかぶっているため人物像がはっきりしないからだ。
とは言え、かなり細身で唯一露出された手は皺が多いものの、それでも曲線的な体は女性特有のものだから女性であることは間違いないし、何よりマーチさんがナツミと呼び掛けているのだからナツミさんであることに間違いはないだろう。




