Karte2『写真嫌いのマーチ』15
私の問いにコトコさんは何てことないとでも言うように手を振り否定した。
「これはワタシの推測じゃが、何かがあったわけではないと思うし、そもそも何かが起こる程の関係でもなかったんだろう。その二人は元々コトネと仲が良く、一方ナツミとはコトネが仲介役となる形で何度か交流したことがある程度の関係だったそうじゃ。仲介役だったコトネがいなくなり、自然と話さなくなっただけだと思うぞ」
私と一緒にコトコさんの話を聞いていたテディは「そっかぁ...」とガッカリしたように肩を落とした。
「ぼく、てっきりそのふたりともなかがよかったんだなぁっておもっちゃったよ。みんなでいっしょにとったしゃしんをコトコさんにみせるくらい、なかがよかったんだなぁって…」
テディのこの言葉にコトコさんは「あぁ、言い忘れてたな」と手をポンと叩き、
「ワタシがナツミから見せてもらった写真には、その二人はいなかったんだよ」
と、あっけらかんと言った。
けろっとした表情のコトコさんとは裏腹に、私とテディの頭上にはクエスチョンマークが浮かび、テディにいたっては混乱の表情を浮かべている。
「え?えっと...それってつまり、どういうことですか?」
コトコさんは「すまない、ワタシの説明が下手じゃったな!」と苦笑し、左手で写真を摘まむようなポーズをし、右手はチョキ...いや、ハサミのポーズだろうか、ハサミのポーズにした右手で写真があるであろう空間に向かって切る動作をした。
「ワタシが見た写真というのは、元々五人で撮影した写真からナツミ・マーチ・コトネの三人が写っている部分だけを切り取り、それをナツミがいつも身につけているロケットペンダントに入れたものなんじゃ。その同級生二人に関しては“切ってしまったけど、本当は五人で撮影した写真なの”とナツミから口頭で聞いただけで、実際に二人が写っている姿は見ていないんじゃ...この説明なら伝わるか?」
「え...??」
私とテディは呆然とした。
思い返せば、先程コトコさんは『ナツミとマーチ、当時ナツミが仲良くしていた親友、他に同級生の女子生徒二人...計五人で撮ったものだと言っていたな』と言っていた。
『写っていた』とか『写っているのを見た』という言い方はしていない。
呆然とする私とテディをコトコさんは「ワタシ、何か変なこと言ったか?」と不思議そうな目で見る。
コトコさんの言葉に、身体に血が通っていたとしたら真っ青になっていたのではないかと思えるくらいテディはショックを受けてしまったようで、
「え、えっと...ナツミさんにとってだいすきなコトネさんとマーチさんがうつってるしゃしんをネックレスにいれてずっとみにつけていたいってきもちはわかるんだけど...そのためにわざわざほかのふたりをむししてしゃしんをきるの、そのふたりにたいしてひどくない...??きりぬくってことは、しゃしんではあるけど、そのふたりのからだとかかおのぶぶんもきったかもしれないってことでしょ…?」
と、おそるおそる口にした。
テディがショックを受けることに対して大げさだと思う者もいるだろうが、私も少々ショックを受けていた。
この感覚は、育った環境や価値観によって大きく変わってくるのかもしれない。
現にコトコさんは全く気になっていないようだ。
「私、幼い頃から両親に“人が写った写真を切るのは縁起が悪いし、写っている人物に対して失礼だ”と強く言われてきたので、写真を切り取るって発想にいたらなかったです。私が気にしすぎなだけかもしれませんが...」
「きにしすぎじゃないよ!ふたりにたいしてしつれいだよ!さんにんだけでとったしゃしん、ほかになかったの!?」
ショックが怒りに変わったのか、テディは目と目の間を窪ませた怒りの表情をしている。
テディがこんなに怒っているところを見るのは初めてだが、元々動かないぬいぐるみだったテディにとって、物を雑に扱う行為は許せないのかもしれない。
私とテディの反応を見たコトコさんは、何かに気が付いたのか少々考え込んでいるようだった。
しばらくしてコトコさんは、考えをまとめる為の独り言とも取れる声色で、
「彩嬢ちゃんに言われて気が付いたが…ナツミも彩嬢ちゃんのような人間なんだよ」
と、私を見た。
意思の強そうな瞳が印象的なコトコさんのものとは思えないくらい遠い目をしている…もしかしたら私を通してナツミさんのことを見ているのかもしれない。
「これがワタシなら、所詮写真だからと人が写っていようが躊躇いなく切ってしまうが…ナツミの場合、雑誌の人が写っているページに折り目が付くことですら嫌がるんじゃよ。それこそ、テディと彩嬢ちゃんが言うように写真の人に失礼だからとな。そういったナツミの性格から考えると、写真を切るというのは不自然な行動じゃ…」
「テディが言ったように、三人が一緒に写っている写真はその写真しかなくて、仕方なく切り取ったのでしょうか?」
「いや、確かナツミはこの写真以外にも数枚撮ったと言っていたし、その中に三人だけで撮った写真もありそうなものじゃが。それに..」
コトコさんは考え込むように伏せた目を更に細めた。
「もし仮に、三人一緒に写っている写真がその写真しかなかったとして、他の二人が写っている写真を切るようなことを、本来のナツミであればしないように思うな...」
雑誌の折り目までは気にしないものの、親の教えもあって人の写真を切ることには私もかなりの抵抗がある。
だから、私以上にそういったことを気にするナツミさんが仮にどんなに気に入っている写真だったとしても、そこまで仲が良くなかったとはいえ他の二人をわざわざ切ってまでその写真を身に着けるような人には思えない。
つまり、わざわざそうした理由がある。
写真ごときで突飛な考えかもしれない。
しかし、“何らかの理由により写真嫌いになったマーチさんが最後に撮った写真”ということを考えれば、案外突飛な考えではないのかもしれない。
「その写真、気になります。明日お会いしたらナツミさんに聞いてみようと思います。コトコさん、教えてくださりありがとうございます」
そう言って私はコトコさんにお辞儀した。
コトコさんの顔は見えないが、気付きたくなかったことに気付いてしまった複雑な感情が伝わってくる。
ナツミさんと似た感性を持つ私に置き換え、普段は躊躇ってしまう写真の切断を行うのはどのような時かを想像し、結果ある一つの考えが頭に浮かんだ。
人が、躊躇う気持ちを断ち切れる程の強い感情を持ったとして、その感情とは何か。
きっとそれは、悲しみや憎しみといった、負の感情だ。
では、切り取った写真に込められた感情は悲しみか、憎しみか。
大好きな親友と別れた悲しみに浸りたいのであれば、わざわざ他の二人も写っている写真を選ぶ必要はない。
親友と写った写真がその一枚しかないのであれば話は別だが、コトコさんの話を聞く限りそういうわけでもなさそうだ。
だとしたら、写真を切り取る理由は“親友との大切な思い出を身に着けていたいから”というより、“一緒に写る二人を排除したい”…後者の方が理由としてしっくりくる。
『これは私の推測じゃが、何かがあったわけではないと思うし、そもそも何かが起こる程の関係でもなかったんだろう。その二人は元々コトネと仲が良く、一方ナツミはコトネが仲介役となる形で何度か交流したことがある程度の関係だったそうじゃ。仲介役だったコトネがいなくなり、自然と話さなくなっただけだと思うぞ』
私の問いにコトコさんはそう答えてくれたが、コトコさんも知らない“何か”がその二人との間にあったのではないだろうか?
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