Karte2『写真嫌いのマーチ』11
はりねずみベーカリーを後にし、私たちはそのままぬいぐるみのクローゼットに帰社した。
依頼人がいなければ応接室で業務を行うが、担当外の依頼人がいる場合は邪魔にならないよう建物二階・ブティック商品の在庫管理フロア奥に簡易的に作られた作業スペースで業務を行う。
現在応接室には夢野さんが担当している依頼人とそのぬいぐるみが来ており夢野さんがその対応をしている為、私たちはこの作業スペースでミーテイングを行うことにした。
作業スペースと言っても、従業員数が少ないこともあり引き出しのない平机が一台とセットの椅子しか置かれていない、本当に簡易的に作られたスペースだ。
資料を作成する真宙くんが平机の椅子に座り、私とテディは机を挟んで向かい側に折りたたみ椅子を置いて座る形をとる。
テディには少々座面が高い椅子なので抱っこして座らせてから私も椅子に座った。
真宙くんは家の冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターのペットボトルを私とテディに差し出し、自身もキャップを開け一口飲んだ。
在庫を置いているスペースから距離はあるものの、念の為こぼして汚してしまわないようにと、ここではペットボトルの水しか飲んではいけない決まりになっている。
ジュースとお茶を好み水はほとんど飲まないテディも、しぶしぶながら水を口にする。
真宙くんはペットボトルのキャップをしっかりと閉め机に置くと、資料を手に取り私を見る。
「多分彩さんも俺と同じこと考えてると思うんだけど、マーチさんが言ってた写真嫌いを克服したい理由…“ナツミさんの好きな雑誌に載るために克服したい”って部分、あれ嘘だよな」
「えー!!!?」
頷く私の横で、真宙くんの言葉に驚いたテディは両手で持っていたペットボトルを落としそうになった。
こういうことが起こるから、決まりを作っておく事は本当に大切なことだ。
水をこぼさなかったことに安堵したテディは、キャップを力いっぱい閉めペットボトルをぎゅっと抱き抱えると思い出したように再び驚いた表情をする。
「だ、だって、マーチさんがじぶんでいってたんだよ!!?なのにうそなの!!?」
「お前だって、ぼくおなかつよいんだよー!とか言ってお腹壊してんだろ。それと同じで発した言葉全部が本当のこととは限らないんだよ」
テディの食い意地による強がりと今回のマーチさんの件を同じ括りにするのはどうかと思ったが、テディにとっては一番分かりやすい例えだったようで「そ、そっか...」とすんなり納得した。
「で、でも、なんでうそだってわかるの??ぼくわかんなかったよ!?」
テディはわけが分からないと泣きそうになりながら私と真宙くんを交互に見る。
「それはねテディ、マーチさんはナツミさんを喜ばせるために写真嫌いを克服したいって言ってるのに、そのナツミさんに無理をさせようとしてるからだよ」
「むり...?」
「初対面の人に会う為に心の準備をしなきゃいけないくらい人付き合いが苦手なナツミさんに、私たちを会わせようとしてるんだよ。ナツミさんを喜ばせるためにナツミさんに苦手なことをさせるって矛盾してない?」
そう、私が感じた“マーチさんの発言の矛盾”はこれだ。
仮にナツミさん自身が、愛読している雑誌に自分たちの店を載せたいからとマーチさんに写真嫌いを克服して欲しいと頼み、その為であれば自身の苦手なことも引き受けると言ったのであれば分かる。
しかし、今回の場合はそうではない。
真宙くんは私の説明に同調するように頷いた。
「マーチさんにとってナツミさんはかけがえのない大切な存在だ。そんなナツミさんに無理をさせなきゃいけないくらいの事情があって、その事情を隠してるってことは、そこにマーチさんが写真嫌いになった原因があるのかもしれないな。マーチさんは無自覚っぽいけど」
真宙くんは頬杖をつくと、今度は独り言を吐き出すような声色で呟く。
「悩みっていうのは誰にも明かさず一人で抱えれば抱えるほど大きくなるものだ。今まで誰にも明かしてこなかった“何か”をマーチさんは抱えているのかもしれないな。その何かが根本にあるとして、その根本の悩みから『写真嫌い』という新たな悩みが生まれているのだとしたら、その根本の悩みを解決するのが俺たちの役目だな…」
“悩みっていうのは誰にも明かさず一人で抱えれば抱えるほど大きくなるもの”
真宙くんのこの言葉は私にとっても痛いところを突いてくる言葉なので、胸が締め付けられるような感覚になり息が苦しくなる。
今私が感じている息苦しさを、きっとマーチさんも感じているのかもしれない。
それから、真宙くんの言うように、マーチさんにとってナツミさんはとても大切な存在だろう。
ナツミさんのことを語るマーチさんの表情は、まるで長年連れ添った夫婦のように優しくて慈しむような表情だった。
「多分だけど…写真嫌いを克服したい理由がマーチさんだけに関わる事であれば、ナツミさんに無理をさせたりしないよね。自分の身勝手で大切なナツミさんに負担をかけるの、マーチさんは嫌がると思う。だから、ナツミさんに負担をかけてまで写真嫌いを克服しようとしているのは、マーチさんが克服することによって結果的にナツミさんも救われるからじゃないかな。それもあって、私たちがナツミさんに話を聞くことに肯定的なのかも…」
私の考えを聞いた真宙くんは、手に持っていた資料を机の上に置くと、ジップアップパーカーのポケットからスマートフォンを取り出し何やら操作を始めた。
「まひろくん、なにかしらべごと?」
テディは椅子から降り、操作するスマートフォンの画面を覗こうと真宙くんの膝の上に座り込もうとする。
「ちょっと待ってろ」と言いながら片手でテディを自分の膝の上に座らせると「あった」と私を手招きスマートフォンの画面を見せてくれた。
そこにはマーチさんとナツミさんが共同で使っているものとは別のブックアプリではあるが、先程マーチさんが見せてくれた雑誌、ぷろむなどのバックナンバーが表示されていた。
「今回のタイミングで克服したがってるってことは、同じタイミングで別の何かがあってこの雑誌を隠れ蓑にしているか、ナツミさんが愛読している雑誌という理由以外にこの雑誌絡みで何か別の理由がある...このどっちかだと思うんだけど、どっちだと思う?」
「うーん...個人的には後者かなって思う。雑誌名を伏せて伝えることだって出来たはずなのに、わざわざ雑誌名まで教えてくれたことが引っかかるというか…」
確証が持てず煮え切らない答え方をしてしまったが、真宙くんは私の言葉にも、そして煮え切らない答え方しかできない今の状況にも同意するように頷いた。
「断言するには情報が少なすぎるし、まずはナツミさんの話が聞きたいよな。それまでは写真撮影自体の克服方法を調べるのと、雑誌についても調べておくか。まぁ、根本を解決しないことには意味がないと思うから、写真撮影自体の克服方法は保険みたいなものだけど。あと...」
お互いの体勢と位置的に上目遣いするような目線で私を見上げていた真宙くんは、一瞬何かを考えるように「そうだな...」と俯く。
そして再び顔を上げると私とテディにある提案をした。
「マーチさんの了承は得てるからコトコさんにも話を聞きたいところだけど...コトコさんと親睦を深めるという意味でも、コトコさんに話を聞くのは彩さんとテディに任せたいな。いい?」
「もちろんだよー!ぼくとあやちゃんにまかせてっ!」
私が答えるよりも先にテディが嬉しそうに返事をした。
役目を与えられたこと、そしてコトコさんに会えることが嬉しいんだろう。
勿論、私にも断る理由はない。
「うん、任せて!コトコさんに連絡してみるよ」
早速私は昨日コトコさんから貰った名刺を手帳カバーのポケットから取り出し、名刺に書かれた連絡先に電話をかけた。
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