Karte2『写真嫌いのマーチ』9
決して広くないイートインスペースに合わせた少々小さめの作りの椅子に腰を掛け、渡されたメニュー表を三人で見る。
「イートインはあくまでおまけのようなものでして、ドリンクのしゅるいのすくなさにはめをつぶってください」
マーチさんは申し訳なさそうに言うが、コーヒー・紅茶・ミルク・りんごジュースがラインナップされ、りんごジュース以外のドリンクはホット・アイスから選べるのだから“おまけのようなもの”でこれは充分すぎる。
「ぼくりんごジュースがいい!」
「私はアイスコーヒーをお願いします。ガムシロップとミルクはいらないです」
「俺もりんごジュースで、パンはどれにしようか...マーチさんのおすすめは何ですか?」
真宙くんの問いかけにマーチさんは「まってました!」と目を輝かせた。
「どのパンもオススメできますが、ボクのオススメはサンドイッチです!とうてんのサンドイッチは、パンにはさむハムややさい、ソースにもこだわっておりますので、だからこそパンのおいしさがきわだってぜっぴんなんです!いーといんげんていで、サンドイッチプレートもよういしておりまして、ごこうひょういただいてます」
「えー!とってもおいしそうだよー!あやちゃん、まひろくん、サンドイッチにしよー!」
朝食がまだお腹の中に残っている感覚があるので、ご厚意に甘える立場でありながら軽いものが食べたいなどと図々しくも考えていたが、マーチさんの説明を聞いたら俄然サンドイッチが食べたくなってきた。
真宙くんも同じ気持ちなのだろう、マーチさんに「サンドイッチプレートを三人で食べても良いですか?」と尋ねる。
「もちろんですよ!それではよういしてまいりますので、しょうしょうおまちください!」
............
「おまたせしました!サンドイッチプレートでございます!」
マーチさんは自分の身体よりも大きいサンドイッチプレートを自らの身体に乗せ、床に這う形でテーブルまで運んできた。
メニュー表やドリンクが乗ったトレーを渡してくれる時もこのような体勢で渡してくれたのだが、運ぶ姿がまるでカタツムリのようで微笑ましい。
マーチさんからプレートを受け取る際ハリネズミの特徴である針に手が触れたが、その針はファー生地で表現されたもので、ついつい触りたくなるくらいなめらかな手触りだ。
プレートには三種類のサンドイッチが並べられており、それぞれ半分にカットされている。
私から見て左側からハムとレタスのサンドイッチ、タマゴサラダのサンドイッチ、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチの順に並べられていて、どのサンドイッチもパンが軽くトーストされている。
一般的なサンドイッチよりもパンが厚く切られているのは、パンの味もしっかり味わって欲しいからだろうか。
「わー!!!これはぜったいおいしいよー!!!いただきまーす!!!」
我先にとスモークサーモンのサンドイッチを手に取ったテディは、小さな口を限界まで開くと「あむっ!」とサンドイッチに思い切りかぶり付いた。
テディに続き、私と真宙くんも「いただきます」とサンドイッチを手に取りそれぞれ口にした。
「んー!!!!!」
「うまっ!!」
「美味しい!!」
私たちはほぼ同時に感動の声を上げた。
マーチさんは「そうでしょうそうでしょう!!」と満足そうに頷いた。
タマゴサラダのサンドイッチを一瞬で平らげた真宙くんは、ハムサンドを指さし「俺こっち食べて良い?」とハムサンドを食べていないテディの了承を得ると
「まじで美味しいです!これなら、いくらでも食べられるわ...!」
と、仕事中であることを忘れたかのようにサンドイッチに夢中になっている。
「本当に美味しいです!マーチさんの仰る通り具もソースも美味しくて、だけどパンの自然な甘みが具材以上に口に広がると言うか...あくまで主役はパンだってことが分かるくらい、パンが凄く美味しいです」
「そうなんですそうなんです!パンのしゅちょうがつよいにもかかわらず、サンドイッチとしてのバランスもなりたっているんですよね…ボクもこのサンドイッチだいすきなんです」
そう言いながらマーチさんは、自分用のスツールに腰を掛けニコッと笑う。
「こんなにおいしいパンやさんのてんちょうだなんて、マーチさんすごいねー!」
「いえいえ!すごいのはナツミですよ!あっ、ナツミというのはうちのパンしょくにんで、ボクのもちぬしでもあります。まだナツミがおさないころに、ナツミへのプレゼントとしてボクがやってきましたので…かれこれろくじゅうねんのつきあいになります!」
二個目のサンドイッチも一瞬で平らげ、りんごジュースを飲みながらマーチさんの話を聞いていた真宙くんは頷き、
「コトコさんからもナツミさんのことは伺ってます。コトコさんとナツミさんが二十代の頃にお二人は出会ってその場で意気投合し、そこからマーチさんともすぐに仲良くなったと聞きました」
「はい!としがちかいということもあり、いっしゅんでなかよくなりました。オトナになってからできたともだちはきちょうですし、なによりひとみしりのはげしいナツミがいっしゅんでなかよくなれるなんてありえないことなんです!ですので、コトコさんとのかんけいはたいせつにしていきたいとナツミもボクもおもっています」
コトコさんと同年代のナツミさんと六十年の付き合いということは、マーチさんも私たちよりだいぶ年上ということになる。
言われてみれば、中に詰められているであろう綿が縮んでしまっているのか、お腹のあたりがくたっとしていたり、ところどころ黒ずんでいたりと、マーチさんの身体の至る所から年季が感じられる。
しかしマーチさんの最大の特徴ともいえる針を表現したファーはとても美しいし、全体的にくすんだ色合いもヴィンテージ感があって魅力的に見える。
「ナツミさんもコトコさんも、ひとつのことをきわめたすごいひとだよねぇ…!るいともなんだねぇ!」
テディが興味津々と言わんばかりに前のめりになってマーチさんの話を聞いている。
「まぁナツミはパンいがいのことはダメダメなんですけどね..とくにひとづきあいがニガテなんですよ。だからボクがてんちょうとしてみせにたっているんです」
「ぬいぐるみが店長を務める店って珍しいですよね」
真宙くんがそう口にすると、マーチさんは「えぇ」と同調し
「そのおかげで、よくもわるくも、ちめいどはたかいとおもいます」
と、真剣な表情で語り始める。
ーーぬいぐるみに命が宿る条件は持ち主との結びつきが強くなること...ゆえに、命を宿したぬいぐるみの行動原理も当然持ち主の存在だ。
命を得て意思を持ったとしてもぬいぐるみが独立して生きることはなく、持ち主の命が尽きるまで共に生きることになる。
実は『この世界』には少ないながらも人間のように働くぬいぐるみが存在する。
メリーさんやマーチさんがそのような存在で、今ではテディも立派な働くぬいぐるみだ。
働くぬいぐるみの労働理由には必ず持ち主の存在が関わっており、マーチさんが店長として店に立つ理由もまさに持ち主であるナツミさんを救いたいという思いからきている。
ただ、どのような理由があったとしてもマーチさんのようにぬいぐるみが一人で店頭に立つことは珍しく、私が知る限りマーチさんの他にはメリーさんくらいしか思い浮かばない。
基本的にはテディのように、持ち主の目が届く場所で一緒に仕事をするのだ。
そしてメリーさんとは違い、マーチさんは店長という肩書まで持っている。
「ぬいぐるみにてんちょうがつとまるものか、どうせあそびかんかくでやっているパンやだろうし、パンもおいしくないだろう。...このようにいうかたもおおくいらっしゃいました。でも、ナツミのパンをひとくちたべれば、すぐにみなさんわかってくださいました!そうして、とうしょはひやかしもくてきでいらっしゃったかたも、いまではじょうれんとしてかよってくださっているのです」
「うぅ...!すてきなはなしだねぇ...!!」
テディが泣きながらりんごジュースを飲んでいる。
その様子を見てマーチさんは優しい笑みを浮かべるも、すぐに困ったような表情になる。
「おきゃくさまにもめぐまれ、これまでこまったことはなかったのですが、さすがにこんかいはこまったことになりまして...せつめいするよりみていただいたほうがはやいとおもうのです。…かんざきさん、このスマホでボクをさつえいしてくださいませんか?」




