Karte2『写真嫌いのマーチ』7
夢野さんはシルクハットを被ったメリーさんをじっくり観察している。
被った時のバランス、そしてシルクハットそのものを細かく見ているようだ。
「デザインは勿論、作りもしっかりしていて良いですね。メリーさん、被り心地はどう?」
「もちろん!さいこうによいです!」
「であれば、すぐにでも販売して良さそうですが…」
「はんばいしてもってことは、このぼうしは、しさくひんってこと?」
テディの問いに答えたのはコトコさんだ。
「そうじゃよ!ワタシはずっと靴だけを作り続けてきたんじゃが、靴はもう極めたから新しいことがやりたくてのう…!それで帽子を作り始めたんじゃ!帽子に関してはワタシもひよっこだから、こうして試作を重ねているんだよ」
「最近作り始めてこの出来って、さすがコトコさんだよなぁ」
一人ソファーに座り、私達のやりとりをくつぎながら眺めていた真宙くんがそう言った。
先程真宙くんがコトコさんをリビングに招き入れる様子を見た時も思ったが、真宙くんとコトコさんはとても仲が良いのだろう、取引相手を前にくつろいだりと遠慮がなく、そしてそれを誰も咎めない。
真宙くんの言葉にコトコさんは「そうじゃろそうじゃろ!」と愉快に笑ったが
「でも、これではまだ販売できんのじゃ…」
と、残念そうに言った。
「えぇ!?どうしてはんばいできないの?こんなにすてきなのに!」
テディは驚いた表情でコトコさんとシルクハットを交互に見る。
「このシルクハットに使っている生地は中々に高価な物なんじゃ。ゆえにシルクハットの原価も高くなってしまってなぁ...ぬいぐるみのクローゼットで取り扱う商品達の価格帯を考えると、このまま販売するのは難しいんじゃよ」
「ですが、ほかのきじをつかえばしあがりがかわってしまいますよねぇ...」
メリーさんは被っていたシルクハットを脱ぐと、いつくしむような優しい手つきで側面を撫でた。
夢野さんは「うーん…」と顎に手を当てる。
「確かにコトコさんの言う通りではありますが、品質は一目瞭然です。手に取ってみれば金額にも納得していただけるでしょう。高めの価格設定にしても良い気がしますが」
「納得しても、実際に買ってもらえねば意味はないじゃろう」
広げたままにしていた箱を片付けながら、コトコさんはそう言った。
「それに、ワタシは自分の作品を“特別なアイテム”としてではなく“定番アイテム”として手に取ってもらいたいんじゃ。誰でも手にしやすい価格帯でなければ定番アイテムにはなりづらい…だから、もう少し時間をくれ。これより安価で、この生地には劣らない良質な生地を見つけてやるからのう!」
「...分かりました。それがコトコさんの信念ですもんね。それであれば、僕たちはいつまでもお待ちしております」
「“いつまでも”は余計じゃ!ワタシにかかればすぐに見つけられるさ!」
「ふふっ、そうですね!失礼な発言をお許しください」
「うむ!分かればいいのじゃ!あぁ、そうじゃそうじゃ!」
そう言うとコトコさんは、持ってきていたもう一つの紙袋を夢野さんに渡した。
「突然訪れる形になってしまったからのう、詫びの品も買ってきたんじゃ!みんなで食べてくれ」
紙袋にはアーモンドだろうか?ナッツのイラストと店名と思われるローマ字が書かれている。
夢野さんは紙袋を広げると、中から小さなケーキ箱を二つ取り出した。
それを見て「あっ!」といち早く反応したのは真宙くんだった。
紅茶の飲み方や、ごはんやおかずよりも先にデザートを口にする姿を見て察してはいたのだが、真宙くんは大の甘党らしい。
「コトコさん本当に気が利くよねー!俺、ここのシュークリームすげー好き!まじでありがとう!」
「僕もメリーさんも大好きです!いつもありがとうございます!」
「この店のシュークリームは絶品なんじゃ!中のプラリネクリームが程良い甘さでのう…彩嬢ちゃんとテディもきっと気にいるぞ!食べてみよ」
「あ、それで紙袋にナッツが描かれているんですね。ありがとうございます、いただきます!」
「シュークリーム!?わーいっ!!」
嬉しそうにケーキ箱を手にしようとするテディを真宙くんが「こーら!」と抱きかかえ制止する。
「お前はだーめ!」
「な、なんでー!!?」
テディが涙目になって真宙くんを見た。
「さっきまでの自分をもう忘れたのか?お前お腹壊して寝込んでただろ!」
「おや…そうじゃったのか。じゃあ食べないほうがいいな」
「やだー!!たべるー!!」
コトコさんはケラケラ笑い、真宙くんの腕からテディをそっと抱き上げると、
「とんだ食いしん坊さんじゃなぁ!明日の朝であればまだ食べても大丈夫じゃろう、明日の朝食のデザートとして食べるのはどうだ?」
と提案する。
「うーん…わかった、そうするー...」
いつもならそれでも尚食べようとするテディだが、元気に振る舞ってはいてもやはり昨晩のアイスと昼間の大食いによるダメージが抜けきっていないのだろう、コトコさんの提案を素直に受け入れた。
…………
「コトコさんってほんとにすごいひとだねー!」
みんながシュークリームを食べている様子を眺めながらテディは言った。
コトコさんは抱き上げたテディをそのまま自分の膝の上に座らせ、持ってきていた裁縫バッグの中からメジャーを取り出しテディの頭のサイズを図っていた。
試作品が完成した後にテディの帽子を作ってくれるそうだ。
「はっはっは!そう言われると照れるのう!」
「さっきもね、レストランでコトコさんのくつをはいたぬいぐるみさんをみかけたよ!」
「へぇ、それは嬉しいね!」
中のクリームが口の周りにつかないようシュークリームを半分に割って食べながら、夢野さんはテディの言葉に嬉しそうに反応する。
真宙くんも三個目のシュークリームを手に取りながら
「俺もこの前備品の買い出し中に見かけたよ。販売初日に完売したあのブーツ、テディより賢そうなクマのぬいぐるみが履いてたわ」
とテディのことをからかうように言った。
「ぼくよりかしこそうってのはよけいだけど、みんなコトコさんのくつがだいすきなんだねぇ!すごいねー!」
「一度でもワタシの靴を履いたら他の靴は履けなくなるんじゃよ」
猫舌だからと、みんなが飲んでいる温かい紅茶ではなくアイスティーを飲みながらコトコさんは誇らしげな顔をした。
「コトコさんはすごいひとで、やさしくて、シュークリームもくれて…ぼく、今日でコトコさんのこといっきにだいすきになったよー!」
コトコさんは一段と大きく笑うとテディの身体を自分の方に向ける。
「そうかそうか!ワタシもテディが大好きじゃよ!」
「えへへー!だからね、ぼく、コトコさんがこまってたら、たすけてあげるからねー!」
テディのこの言葉に、コトコさんはそれまで浮かべていた笑みを消し、真顔になった。
何か困り事を思い出し、悩んでいるようにも見える。
その表情に気が付いた夢野さんは、口に入れたシュークリームを紅茶で一気に流し込みとコトコさんに尋ねる。
「何か困り事があるんですか?」
コトコさんは言うべきか言うまいか悩んだ様子を見せた後「うむ…」とうつむき、やがて顔を上げ
「ワタシではなくワタシの大切な友人が悩んでおってな...手助けしてやってくれるか?」
そう、真剣な表情で夢野さんを見た。
...…..…




