Karte2『写真嫌いのマーチ』3
「あーーーーーー!!!!!!」
店内に響くテディの叫び声で、私は我に返った。
店内にいる全ての人間とぬいぐるみが「なんだなんだ!?」とテディに注目する。
「どうかなさいましたか!?」と心配そうに声をかけてくれた女性スタッフに私は謝罪し、周囲にも謝罪の意を込めた会釈をする。
テディも「ごめんなさい!もうしません!さけびません!」とアピールするかのように口元に手をあてながらペコペコと繰り返し頭を下げている。
人々の注目が各々のテーブルに戻ったタイミングで、私はテディに聞いた。
「いきなり大声出してどうしたの!?何かあったの?」
テディは首を横に振ると、先程の大声とは反対に小さな声で
「ちがうの!あやちゃんのうしろのおんなのこたちがもってるぬいぐるみ、あしもとみてみて!」
と、私の後ろに視線を向けながら言った。
私は後ろの女の子達の失礼にならないように、こっそりテディの視線の先を見る。
女子高生だろうか、『この世界』に来てから何度か目にしたことがある制服を着た女の子二人が向かい合うのではなく隣合って座り、それぞれのお気に入りであろうぬいぐるみを並べ写真を撮っていた。
どちらのぬいぐるみも人間をキャラクター化したもののようで、ケーキプレートの横に置かれたブロマイド写真から察するに、その子達が応援している芸能人のぬいぐるみのようだ。
私はテディに言われた通り、ぬいぐるみの足元に注目した。
「あ!」
ぬいぐるみの足元にはしっかりした作りの革靴が履かされていたのだが、そのデザインに見覚えがあった。
「もしかしてあの靴、うちで売ってるものかな?」
「だとおもうー!」
心に傷を負ったぬいぐるみを救う、ぬいぐるみの相談所としての活動が主業となっているぬいぐるみのクローゼットではあるが、ブティックの売り上げも上々だ。
日によっては相談所の業務よりブティックの方が忙しくなることもある。
基本的にはメリーさん一人でブティックの業務をこなしているが、メリーさんだけでは対応しきれないことが稀にあるので、そのような時は私とテディがブティックを手伝っている。
「あのくつ、ぼく、ちんれちつしたきおくがあるよー!あのおんなのこたち、おみせのおきゃくさまなんだねー!」
テディは嬉しそうに女の子達を見つめていた。
テディにつられ、私もしばらく女の子達を見つめていたが、私はもうひとつ“あること”に気が付いた。
女の子達が持っているぬいぐるみには生命が宿っていなかった。
『この世界』のぬいぐるみは、持ち主との強い結びつきにより生命を宿す。
つまり、持ち主とぬいぐるみの間に絆が生まれなければ、ぬいぐるみはただのぬいぐるみでしかない。
動くことも、言葉を発することも、感情を持つこともない。
ぬいぐるみのクローゼットで働き始めたばかりの頃、このことについて夢野さんから教わったことがある。
「その国の歴史や文化によってぬいぐるみの扱い方も変わってくるから、国によってその割合も変わってくるんだけど、この国のぬいぐるみに生命が宿る割合は六割程。他の国と比べるとやや多いんだ」
やや多い、夢野さんはそう言っていたが、残りの四割に該当するこの女の子達のぬいぐるみも、今見ている限りでは女の子達にとても大切にされているように見える。
ぬいぐるみと持ち主の強い結びつきーー絆は愛情によって生まれる。
生命が宿る程の愛情とそれには満たない愛情、その愛情の違いは何なのだろうか。
….…….…
「ただいま!」
「た…ただいま……」
私とテディがリビングに入ると、夢野さんとメリーさん、そして自室で眠っているはずの真宙くんがリビングのテレビでゲームをしていた。
ちょうど休憩に入るタイミングだったのか、声を発するだけではなく、リビングに入ってきた私たちの顔を見ながら「おかえり」と言ってくれたが、三人とも不思議そうな顔をしていた。
三人が抱いているであろう同じ疑問を代表して口にしたのは真宙くんだった。
「まだ十四時過ぎたばかりだけど、レストランの予約時間、確か十四時までだったよな?帰ってくるには早くない?インテリアショップには行かなかったの?」
「うん、それが…」
私は横で青ざめた表情をしているテディを見た。
おなかに手を当て、ぶるぶると震えている。
テディは小さく泣きながら、
「きのうのアイスと…きょうのあさごはん、オムライスとクリームソーダと、スパゲティ…チョコバナナパフェ.……おなかいたいよう……」
そうつぶやくと床にぺたんと座り込んだ。
そう、あの後テディはお目当てのオムライスとクリームソーダ、私が注文したミートソーススパゲティ、そしてバナナチョコレートパフェを平らげ、その結果、食べ過ぎたことによりおなかを壊してしまったのだ。
テディの「ぼく、おなかつよいからへいきだよー!」という言葉を信じるべきではなかった。
「そういやお前、昨日アイス一気に二つ食べてなかったっけ…」
「いいえみっつです!ワタクシのゆきみまんじゅうをうらやましそうにみつめていたので、やさしいワタクシはすべてテディさんにおわたししたのです!」
「雪見まんじゅうって、二つ入ってるよな?実質四つも食べてんじゃねーか…」
「だからあれほど、あしたのためにがまんすべきとワタクシはとめたんです!テディさんのくいいじはかわいくもあり、こまったものでもありますねぇ…」
「いや、止めるなら雪見まんじゅう食べさせるなよ!」
「なにをいうんです!やさしいワタクシに、テディさんをむししてひとりでゆきみまんじゅうをたべることなどできませんよ!」
「テディ大丈夫?」
テディへの呆れから喧嘩に発展しそうになっている真宙くんとメリーさんを気にも止めず、床に座り込んだテディを優しく抱っこする夢野さん。
そんな夢野さんにテディは顔をうずめて、大丈夫?という夢野さんの問いに首を横に振って答えた。
「あはは。大丈夫じゃないよね。それじゃ、おなか温めて布団に入ろうか」
「うぅ…ゆめのさんしか、ぼくのみかたいない…」
「僕だけじゃなくて、彩さんもテディの味方でしょ?」
「あやちゃんもぼくのみかただけど、ぼくのせいでよていキャンセルしたから、ぼく、あやちゃんにあわせるかおがないんだ…。だから、あやちゃんとはきょうだけきょりおくの……だから、いまのぼくにはゆめのさんしかいないんだ……」
「さっきから言ってるけど私は気にしてないから、そんなこと言わないの!夢野さんの言うように、おなかいたいの治るまでお布団で寝てよう?」
「…ぼく、ソファーがいい……」
みんながリビングにいる中、一人で布団に入るのは寂しいのだろう。
夢野さんは苦笑いしつつもテディの頭を優しく撫でて、
「じゃあここで休もうか、枕と毛布持ってくるよ」
とテディをテレビからやや離れたメインソファーの方に寝かせ、テディの枕と毛布を取りにリビングを出た。




