008
これは、あくまでほんの2、3分の間の出来事だ。
エフネが現れて、スピカも現れて、鹿山が消えた。
めまぐるしく、俺の周りの状況が次々と変わった。
共通しているのは、『魔方円』、黒く光る円だ。
その円は、直径1メートルほどの小さな円。
だけど、効果を失うと光が無くなって黒い線だけが残っていた。
エフネと、スピカ……二人がリビングのこたつに入っていた。
俺はマグカップで、ココアを入れていた。
来客用のマグカップはないので、二人分のカップは紙コップだ。
持っていたお盆から、ココアを二人に渡す。
「熱いから、気をつけろよ」
「うむ、ありがとう」エフネが、素直に感謝をしていた。
しかし、スピカは照れたのか顔が赤くてぼーっとしていた。
「す、すまない」
なぜか、素直に謝ってきたスピカ。
俺も着席し、落ち着く必要があった。
いろんな事が短期間で起りすぎて、頭の中が追いつかない。
「とにかく、一度は冷静になるか」
俺もこたつに座り、落ち着く。
エフネも、スピカも、こたつに座っていた。
「まずは自己紹介と……現状を話そうか。さて、最初はエフネか」
「私からいこう。
私は父魔王バロルが、私をかくまるために転移魔方円を使ったと思われる。
しかし、それはトーリーにある普段使っている魔方円ではない。
使った魔方円は、おそらく儀式室にあったモノと思われる」
「『魔城トーリー』か……本当にグランドファンタジアだな」
「それはなんだ?」首を傾げるエフネ。
「ああ、いい。話を続けてくれ」
「儀式をしたのは、多分パイアだ。
父の参謀で、魔法の達人。
私に魔法を教えてくれた、悪魔魔法の師のような存在」
「多分……と、いうのか?」俺はその言葉に引っかかった。
「私は途中で、父の魔法によって私を寝かされてしまったからな。
意識は失って、どんな儀式を行なったかはちゃんと見ていない」
エフネはココアを飲みながら、目を輝かせていた。
「上手いぞ、なんだ、これは?」
「ココアだよ。おそらく魔城トーリーは勿論……ルドファークにもない飲み物だ」
「ルドファークにはある、懐かしい味だ」
なぜかスピカが、ここで反応した。
だけど、エフネは熱いココアを飲み漉して目を輝かせていた。
「おかわり、頼めるか?」
「はいはい」
俺は立ち上がって、エフネのココアを用意していた。
ココアを用意して、エフネに紙コップを渡す。
エフネは、熱さを余り感じないのかごくごくと飲んでいた。
「スピカ、そういえば君はどうやってここに来た?」
「僕は……魔王バロルの前まで来たのは覚えている。
覚えているが……途中から記憶が無いんだ」
「記憶が無い?」
「だが、一つ思い出したぞ。
魔王バロルと一緒に、パイアとも戦った」
「パイアって、エフネの言っていた猪執事か?」俺の言葉に、スピカは頷いた。
エフネも、パイアのことを知っているし……彼が転移魔方円を起動させたのだろうか。
だとしたらエフネも、グランドファンタジアのキャラだろうか。
でも、エフネのことを俺は知らない。
一番グランドファンタジアのキャラを、描き続けていたはずの俺が知らない。
「戦っていたんだよな、勇者は」
「魔王バロルは生きているし、パイアと出会っている」
「そこまでは間違いないが……何か大事なことが起きたような気がする」
「そういえば、仲間は?」
「元々三人いた。『新緑の魔女』アルクと、『千人斬りの戦士』デボネラ。
それからうーんと……『若き僧正』ケイ。三人の仲間と一緒に旅をしていた」
「そのパーティは……俺がゲームでやっていたパーティと同じだな」
「ゲーム?」眉をひそめるスピカ。
「ああ。君……スピカを主人公にしたゲームだよ。
『グランドファンタジア・闇の大地』という同人PCゲームだ」
俺の言葉に、エフネもスピカも戸惑った顔を見せていた。
無理もない、あの世界に『グランドファンタジア』とかいう単語は出てこないのだから。
ゲームも無ければ、PCというモノも存在しない。
グランドファンタジアの世界観は、純然たるファンタジー世界。
その世界から来た二人は、キョトンとした目で俺の会話を聞いていた。
「それで、男駆……あの男は、なんで魔方円に入ったんだ?」
エフネが、さっきまでリビングで起った疑問を口に出していた。
俺は首を横に振り、「分からない」とだけ呟いていた。
「というより、彼は一体……」
「ああ、『鹿山 遼』。俺たちの家の同居人だよ。
俺たち道標の、メンバーの一人でもある」
『道標』という名前を聞いた瞬間、スピカもエフネも驚いた顔を見せた。
眉が動き、二人とも身構えている様子だった。
「もしかしてインディケーターって……」
「あの、インディケーターなのか?」二人は、同じように驚いた顔を見せていた。