006
(EHUNE’S EYES)
私は、魔王の娘だ。目の前に出てきた勇者は、魔王軍最大の敵。
魔王軍に存在する私にとって、この勇者を倒すことはなによりの悲願だ。
無論父の最大の敵でもあり、世界支配のためには最大の障壁でもあるのだ。
初めて見た勇者の顔だけど、男に見える変な女だ。
ショートカットでクセ毛だから、余計にそう見えてしまうのだろう。
ぶっきらぼうで、野蛮な印象だ。
だが、そんな勇者の動きが止まった。
「やらぬなら、私がお前を殺してやろう。この魔法でな」
私の得意分野は、魔法だ。父に教わったこの力があるのだ。
勇者を目の前にして私は、すぐさま魔法の詠唱を始めた。
勇者が止まった今が、チャンスだ。
そばには男駆とか言う不思議な男もいるが、関係ない。
私は目の前の勇者を、私の持てる最大の力で倒す絶好の好機だと判断した。
そして右手を掲げて、魔力集めた。
「火よ、地獄の業火よ、かの者を燃やし尽くせ」
「火の魔法はやめろ!」男駆は叫ぶが、無視だ。
そのまま、魔法の詠唱を完成させた。
私が一番得意な魔法、『ヘルブレイズ』だ。
黒い炎が、勇者を目がけて飛んでいく。
私の攻撃に気がついた勇者だったけど、反応は遅れていた。
遅れたが、黒い炎が勇者の大きな炎……にならずに小さな種火となって飛んでいく。
黒い炎が、勇者の服についたけど、すぐさまスピカは冷静に右手の革グローブで炎をはたいた。
「おおっ」魔法を使った私は、思わず驚いてしまう。
なぜだ、なぜヘルブレイズの威力がこれほどまでに低いんだ。
だが、私は諦めない。隙だらけの勇者に対し、何発も『ヘルブレイズ』を連発する私。
それでも、勇者には一切ダメージを与えることが出来ない。
黒い炎が……小さな黒い種火になってしまう。
明らかに魔法の威力が、勇者の前だと落ちているのが見えた。
地獄の業火……魔力源も高い私の魔法だ。
悪魔魔法の最高峰の炎魔法が勇者に全く効かない。
(勇者の回りには、なにか特別なオーラでも纏っているのだろうか)
分からないけど、私は身構えてしまう。
これほど、無防備なはずなのに勇者にダメージが届かない。
「くっ、馬鹿な……こんなにも勇者が強いとは!」
両手を突いて、崩れる私。
「?何のことだ」勇者スピカは、首を傾げていた。
私のヘルブレイズは、全く通用しない。かすり傷さえない。
次第に私の目には、涙が溢れてきた。
「ど、どうしてだ?どうして私は……」
泣いてしまった。涙を必死にこらえていたのに、ワンワンと泣いてしまった。
「大丈夫か、エフネ」
すぐさま、男駆が私にハンカチを差し出す。
「ううっ、私はこのまま……父の仇もとれぬのか」
「仇?」スピカは首を傾げた。
「そうだ。お前がここにいると、いうことは……父を、バロルを倒してここまで私を追ってきたのだろう」
「うーん……多分魔王バロルを、僕らはまだ倒していない」
勇者スピカは、頭を掻きながら懐から小さなクリスタルを取り出した。
水色に輝くクリスタルは、まだ黒い闇が消えていない。
「魔王バロルは、倒せていないね。
残念だけど僕も戦いの最中に、ここに飛ばされたみたいだ」
勇者スピカは、透明なクリスタルを掲げてエフネに見せていた。
そのクリスタルは、『世界の目』と言う名前だ。
私の父魔王バロルが死ぬと、クリスタルの闇が晴れる代物だ。
だけど、クリスタルの中にはまだ闇が見えていた。
「それと、おそらくだけど……」
勇者スピカは、周囲を見回した。
「どうした?」
「この世界、ルドファークではないよね?」
スピカは、私……ではなく男駆に声をかけていた。