001
(EFUNE’S EYES)
どんな世界にも、光と闇が存在する。
ならば、ここは闇の世界なのだ。
世界は、ファンタジー世界だ。
忘れられた南の大陸『フォートマス』に、私の住んでいる城があった。
真っ黒な外壁で地上30階建ての高層魔城『トーリー』、それが私の居城だ。
トーリーは、フォートマス大陸のほぼど真ん中に建っていた。
薄暗いトーリー城は、とても高い。
地上30階もあり、空に近い場所だけど太陽の光がほとんど差し込まない。
常に分厚い雲に覆われていて、一年中、真っ暗だ。
闇が広がる大きな城、魔城トーリー。
最上階の奥深くに、私は呼ばれていた。
長い茶色のツインテールで、真っ黒なフリルの着いたワンピースを着ている私。
幼い顔で、茶色の大きな目をした私が三十階建ての最上階にある王の間にやってきた。
王座に座るは、一人の老人。額に一本の角が生えていた。
しわだらけの顔は、王の威厳が感じられた。
やはり、真っ黒な法衣を着ていて風格漂う老人。
「エフネよ、現状を理解しているな」
「勇者一行が、この城に攻めてきている」
「そうだ」老人の男は、難しい顔で答えた。
魔城トーリーは、魔王の城。
目の前にいるのは、魔王バロルだ。
『世界を闇に染める闇の魔王』と呼ばれたバロルは、私の父だ。
目の前にいるバロルは、王座の肘当てに右手を乗せて頬杖をついて私を見下ろす。
「ならば私も戦うぞ。この私の力は、そのためにある」
「わかっているのだろう、エフネよ。
戦争まもなくは終わる。
我ら魔王軍の敗退によって、この戦いは終焉を迎える。
ようやくわしらの目的は、達成できよう。
神によって与えられた、最後の使命を全うできるのだから」
「そんなのはどうでもいい。私は、父のために戦う」
「娘……エフネ、もうよい」意固地な私に、凄みのある顔で私を睨むバロル。
諭したその顔には、威厳があるもののどこかに弱さが垣間見えた。
「そんな父の顔を、私は見たくなかった」
私は今にも泣き出しそうな顔で、父を見上げた。
いつでも強く、いつでも優しく、いつでも威厳のある魔王。
ルドファーク中の全ての魔物に恐れられた偉大な魔王の、弱気の顔。
「大丈夫ですよ、わたくしがついておりますから」
魔王バロルの隣には、一人の猪が二足歩行で建っていた。
紫色の執事服の上下を着ているが、二足歩行の猪。
ミスマッチな格好だけど、背筋がいい猪。
「お前が、一番心配だ!」腕を組んで私が、睨む。
「はうっ」
「それでも、私も魔法に関しては強くなった。
悪魔魔法だって、充分使いこなすことが出来ます」
「お前は、わしにとって大事な娘だからな」
魔王がいきなり、私の事を手招きした。
そばに来た私は、頭を撫でられた。
「魔王様……私は……」
「もうよい、お前はわしの娘ではない。
お前は魔物でも、この城で生まれたわけでも無いのだ」
「分かっています」私は感じていたし、知っていた。
物心ついた頃から、魔城トーリーで育てられた。
私は、自分が捨てられたのか……流れ着いたのか分からない。
魔城トーリーで拾われた私は、悪魔でも、魔族でも、魔物でもない。
いずれでもない身寄りのない私だけど、魔王バロルは私を育ててくれた。
「でも、私は父である魔王様と一緒に最後まで戦います。
魔王軍の一員として、私は……」
「もうよい、お前に会えて良かった。エフネ。
わしは、初めて父親と言うモノを体験することが出来たのだからな」
それは、バロルが見せる父親の顔だ。
血が繋がっていない、私にとって唯一の親。
私も、バロルに会っていなければ今もこうして生きていないだろう。
痩せ細った闇の大地で、私はきっと息絶えていたに違いない。
「だから、だからこそ……」
そして、父がかける魔法に私は気づいてしまった。
気づいた瞬間、私の瞼が重くなった。
「父……何を……」聞こえる声が、だんだんと遠くなった。
私はすぐに分かった。
父がかけた魔法は、眠りの魔法『スリーピー』。
悪魔魔法の一つで、魔力が高い父が唱える魔法は効果が高い。
「分かってくれるとは思わぬが……お前には別の世界で平和に暮らして欲しい。
人間として、次の世界で幸せを……」
「父、やめるの……」
最後の言葉を、私は言いきれずに眠ってしまった。
眠った私は、そのまま猪執事のパイアに抱きかかえられた。
小さな私は、意識を完全に失った。
私の小さな体は、パイアの腕に委ねられていた。
(BARORU’S EYES)
わしは、決断をした。
最愛の娘として大事に育てた、エフネとの別れを。
この戦いは、決して勝つ事は無い。
運よく勝ったとしても、再び勇者はやってくるのだ。
わしらが負けるまで、この戦いは絶対に終わらない。
目の前には、大事な娘エフネ。
魔王軍の執事パイアが、エフネを抱きかかえた。
「よろしいのですか、魔王様」
「ああ、構わぬ。最後の別れはもう済ませた。
エフネは、こんな場所にいてはいけない。
終わりの世界、わしらは全員負けて、皆殺されてしまう。
勇者によって、魔王軍は滅びる運命だ」
猪執事のパイアは、エフネをお姫様抱っこしていた。
「十八階の儀式室、そこで既に魔方円を起動してある」
「いよいよ戦争も終わりなのですね」
「ああ、神が作りし世界も、終焉を迎える。
それが、神々の望みだということもわかっておる。
だが、この戦いに娘を巻き込むわけにはいかぬ。
無事に送り届けて参れ、パイア」
「はっ」わしに一礼をして猪執事は、背を向けた。
エフネを抱きかかえたまま、パイアは王の間から離れていった。
(これでいいんだ、これで……)
などと思って、覚悟を決めた。娘との永遠の別れを。