#9 彼の居場所②
前回のあらすじ:映画研究部に馴染めず、失意のままに廊下を歩いていたところを、旋一にA-4教室に引き込まれた淳太朗。果たして彼の運命()は…?
今回の中心人物→旋一、淳太朗
(承前)旋一は淳太朗を強引に教室に引き込んだ。 部屋に入ってきた淳太朗の顔を見て、 貫太が「こいつは……!」と驚きの声を上げる。
部屋の中の面々を見渡した淳太朗は、 ひたすら困惑の表情を浮かべるばかりだった。
突然部屋に連れ込まれたかと思ったら、 学校で最低辺にいる自分にとって、 まさに雲の上にいると思っていた存在が揃っていたのだから無理のない話だろう。
「どうでもええけど、 もっとシャンとしたらどうなん」
背中を丸めてオロオロするばかりの淳太朗に真が言うと、 淳太朗は「ヒッ……」と怯えた表情を浮かべた。
元野球部の貫太はもちろん、 それぞれ剣道と吹奏楽で鍛えられた謙司と真の声も人並み以上に大きかった。 旋一は旋一なので声が大きいことは言うまでもない。
その旋一が、 淳太朗の肩に手を置いて言った。
「なあ、 今だけ俺らの仲間になってくれへん?」
「せめて順を追って説明してやれや」
強引に引き込まれた淳太朗に同情するような目を向けながら謙司が言った。 旋一がこうなったら、もう淳太朗を解放するのは無理だと謙司は諦めているのだった。
「俺ら蓬ヶ丘の連中で同盟作ってて、 仲間は五人欲しくて、 で、 たまたまお前が通りかかったから、 今だけでええから五人目になってほしいねん」
淳太朗は困惑して(淳太朗でなくとも困惑しただろうが)部屋から出ようとしたが、 その腕を旋一が掴んだ。
「頼むわ。 ちょっとだけやから」
「で、 でも今日はレンタル屋に寄ってから帰らなあかんから……」
「寄ってからって、 大京のレンタル屋に行ってんのか?」
淳太朗が軽く頷く。
「蓬ヶ丘のレンタル屋はあまり種類がないから……」
「ふーん……」
今までやみくもに淳太郎を引き止めようとしていた旋一が、 少し興味を抱いたような口調になって聞いた。
「どんなん借りてんの? やっぱコ○ンとか?」
淳太朗の中に、 映画研究部での苦い光景が蘇ってきた。 あの時のように素直にありのままを話して引かれるのも嫌だし、 かと言って当たり障りのない物を挙げて相手にいろいろ聞かれるのも困る。
「たぶん、 彼の言うてる映画ってそういうのと違うと思うぞ、旋一」
謙司がそう突っ込む間にも、 淳太朗はその細い腕を動かして逃げようと試みていたが、 そのドタバタで淳太朗の上着のポケットに入っていたスマホが落ちそうになってしまった。
それを受け止めようとした旋一が、 チラリと見えた待受け画面の画像に反応した。 画面には、 見るからにレトロなモノクロの俳優の写真が映し出されていた。
「それって『無音侍』やろ。 やっぱ、無音侍は今のイケメンと違て初代が最高やんな」
驚いた表情を浮かべる淳太朗に旋一が続ける。
「うちは婆ちゃんが一緒にいるから、 昔の映画とかも結構知ってんねん」
「……」
「その画像って、 どうやって作ったん?」
「ええと…ポスターの写真を取り込んだのを、 スマホの加工ソフトを使って……」
「へえ、 格好ええやん」
「……!」
自分にとって、 全く縁がないと思っていた相手に趣味の話が通じたことで、 少し淳太朗の緊張感は和らいだ。 それを見はからったように、 謙司が割って入った。
「まあ、 たぶんこいつも悪いようにはせんと思うし、 名前くらい言ってもええんと違うかな」
言うまでもなく、 事態を早く収束させようとしたのたが、 淳太朗は素直に名乗った。
「え……と、 僕は羊田淳太朗……」
「やっぱ昔の映画とか好きなん?」
その旋一の問いに、 淳太朗は無言で頷く。
「……」
「……」
すぐに終わりそうになってしまった会話を何とか持たせようと、 貫太が尋ねた。
「それにしても細いなー。 部活とかはやってへんかったんか?」
「部活は……地域文化研究部……」
「地域文化研究部ぅー?」
どんな活動すんねんそれ、 と言うように旋一が貫太に聞いた。
「確か、 他の活動するから部活に時間を取られたくないけど帰宅部は印象が悪いと言う奴が、 取りあえず籍を入れとくような所や。 旋一たちの学校にもあったやろ、 そういうの」
「いや、 僕は蓬ヶ丘の戦国武将に関わる史跡の研究を……」
それを聞いた旋一が「真面目か」と笑って淳太朗の背中を軽く叩いたが、 また淳太朗はビクっとして黙ってしまう。
再び部屋に気まずい空気が流れた。
「もうええやろ旋一。 そろそろこいつ帰してやろうや。 五人目の仲間やったら、 また別の奴見つけたらええやん」
黙っているばかりの淳太朗を見かねたように真が言ったが、 旋一は「んー、じゃあもう一つだけ……」と質問した。
「なあ、 何でこの学校来たん?」
(あ、 そこぶっ込みますか……)とでも言うように謙司と貫太が旋一を見た。 彼らは二人とも、 思うところがあってこの普通の公立校を選んだのである。
「やって、 何でここまで来る気になったんか気になるやろ。 一応蓬ヶ丘にも高校はあんのに」
二人の視線を感じたように旋一が言った。
「……大京には映画館もあるし、 パンフレットに映画研究部もあるって書いてあったから……それに、 親と妹に負担を掛けないようにするためには、 私立よりも公立の方がええと思ったから……。 家はそんなにお金あるわけと違うから」
「映画研究部には入ろうと思うたんか? 俺らの前からは逃げようとしてんのに」
「!ごめん……て言うか、 映画研究部なら、 僕と話が合う人もいると思ったから……でも、 あかんかった」
「…………いや、 面白いよお前」
「面白い?」
「おう、 こんな歳で周りに流されへんと自分の好きな物を持って行動してる奴なんて、 そうおらんと思うで? ……でも、 やからって、 周りの奴らと関わること諦めんでもええんと違うかな」
「……」
「気が向いた時でええから、 俺らの所に来いよ。 お前ほど詳しくはないと思うけど、 俺も昔の映画の話なら少しは付き合えんぞ」
そう言って旋一は淳太朗の前に進み、 手を差し出した。
「おい、 そいつ五人目の仲間にするつもりか? 今日だけや無くて」
そう真は言ったが。
「言うて、 俺らの中で芸術とかに詳しい奴っているか? こいつが居れば、 なんか役に立つこともあるやろ」
「芸術系なら、 俺もいるやろ」
「お前は演奏メインで、 そんな作品に詳しいわけちゃうやろ。 言うか、 お前はクール系キャラ気取ってるだけなんがこいつにバレんのが嫌なんやろ」
「うっ……」
図星を突かれて黙った真を見ながら謙司は思った。 旋一が淳太朗を気に入った理由はきっとそれだけじゃない。
家族を楽させたいという思いに共感したのだ。
旋一は昔からそうだった。 家族、 特に弟や妹の問題になると首を突っ込まずにはいられない所があった。
「ま、 とりあえずお前は必要とされてるわけやけどどうする?」
必要とされている―――その言葉を聞いた時、 不安がありながらも淳太朗は、 自分の中に少し新しい世界が広がったような感覚に包まれた。
淳太朗はゆっくりと首を縦に振ると、 恐る恐る手を伸ばして差し出された手を握った。
「そうか! じゃあ、 まあ仲良くやろうや」
そう言って旋一が淳太朗の背中をバシンと叩いた。
「その……」
「ん?」
「その、 大きな声を出したり、 背中を叩いたりするの、 やめて貰っても……」
「嫌や。 て言うか、 無理」
淳太朗を除く三人が、 (やろうな……)と心の中で頷いたのは言うまでもない。
「ええ……」という表情を浮かべる淳太朗に旋一は続けた。
「でも、 お前かて好きな事やったらええやん。 俺たちは皆が好きな事やるために集まってるんやから。 甲子園に行けるかもしれへんかったのに野球部に入らんとこんな所にいる奴。 一見イケメンでクールっぽいけど女子には全然弱いやつ。 頭はええのにやりたい事が見つからなくてウダウダ探してる奴。 お前かて、 ここに居たらそんな変とちゃうよ」
そう聞いた時、 淳太朗の中で、 確かに何かが開くような感覚があった。
「変な奴の筆頭が何言うてんねん」
「うっさいわ!」
その謙司と旋一のやり取りを聞いた時、 確かに淳太朗の口元が緩んだ。
「おっ、 笑うたな。 何や、 ちゃんと笑えるやん」
そう言って、 旋一は淳太朗の頬を突いた。
蓬ヶ丘同盟に心強い仲間が加わった……のかどうかは神のみぞ知る。
(つづく)