#8 彼の居場所①
今回、この作品にしてはややエグい描写がありますが、作者的にはこのキャラを表現するのに必要な描写だと判断しました。
「さて、 そろそろ5人目の仲間が欲しいな」
ある朝、 蓬ヶ丘同盟4人で駅から登校している時に旋一が言った。
「その5人へのこだわりは何やねん。 4人やったらあかんのか?」
そう謙司は言ったが。
「何か5人の方がかっこええやろ。 ヒーローとか5人組一杯いるやんか」
「……」
こういう時の旋一にはどんな理屈も論理も通用しないと言うことを、 謙司はもちろん貫太も真も理解するようになっていた。
と、 その時、 俯くように歩いていた一人の男子生徒の体が旋一に触れた。
旋一がその生徒の方に顔を向けると、 その生徒は小声で「ご、ごめんなさい……」と言って、 逃げるように学校の方へと向かっていった。
わずかに見えたその顔は、 悪くはないが別段特徴のない、 あまり印象に残らないものだった。
背は真よりは高いが、 背中を丸めるように歩いているため実際の身長よりも低く見える。
ぶつかった時の感じからして、 身体も細そうやな、 と旋一は思った。
「あいつって貫太と同じ駅にいるの見るけど、 蓬ヶ丘西中の奴なんか?」
「ああ、 クラスは一緒になった事はないけど俺と同じ学年や。 時々中学で見たな」
旋一の問いに貫太は答えた。
「話したりした事はないんか?」
「ああ」
人間として好きか嫌いか以前に、 住む世界が違う、 という風な素っ気ない口調だった。
「そう言えば、 あいつが誰かと一緒にいる所は見た事無い気がすんな……」
その貫太の言葉は、 彼に「友達」と呼べる存在がほとんど居ないことを伺わせた。
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一方、 その男子生徒―――羊田淳太朗は緊張しながら学校へと足を進めていた。
さっきの人、 ぶつかったのを怒ったりしてへんよな、 とチラリと後ろを振り返る。
(あそこに居たの、 確か野球で有名やった人や……)
それ以外の3人も、 明るくて友達が多そうに見えた。
まるで、 学校という生態系における上位種のようだ。 対する自分は―――「草食動物」ならまだ存在を認識して貰える。 きっと、 あの人たちから見たら自分は植物みたいなものなんだろうなと淳太朗は思った。
周りを見ると、 多くの者はスポーツや気になる異性やTVのバラエティ番組の話をしている。 漫画やアニメの話をしている者もちらほらいるが、 どれも誰もが知っているような有名な作品ばかりだ。 淳太朗はそんな話をしている者たちの輪に入ることは出来なかった。
彼の脳裏に、 中学の頃に進路指導で「ああいう公立校はいろんな生徒が来るから、 君には向かないかもしれないよ。 君は人より少し脆い所があるから、 私立の☓☓高の方が合ってるんじゃないか」と言われた記憶が蘇ってきた。
アホだのボケだの罵倒的な言葉を使ったり体をしばき合ったりする周りの男子のノリが、 たとえ遊びだと分かっていても淳太朗は昔から苦手だった。
幼い頃はまだ女子と遊んでいたが、 成長するに従って男子と遊ぼうという女子は少なくなっていく。
彼は次第に独りでいる事が増えていった。
それに加えて運動も苦手だった淳太朗は、 本やゲームといった空想上の世界に浸る事が多くなる。
特に彼が惹かれたのが映画、 特に周りの者があまり観ないようなマイナーだったり古かったりする映画だった。 TVでそんな映画を観るだけでは飽きたらず、 すでに中学の時から大京市の映画館に通うこともあった。
だが、 中学にそんな彼と趣味が合う者はいなかった。 それ以前に、 彼自身が周りは自分の趣味を理解出来ないと思っていた。 まるで、 マイナーな趣味に閉じ籠もることで、 半ば無意識に「普通」の子と同じになれない自分の心を守るかのように。
(でも、 桜野高なら映画研究部もあるからもしかしたら……)
淳太朗は、 わずかな期待を胸に学校へと向かった。
放課後。 淳太朗は、 入部届を手に映画研究部の活動場所へと向かっていた。 入学して以来、 なかなか踏み出せなかったが、 この5月になってようやく入部することを決心したのである。
活動場所の教室に向かうと、 もう一人、 数日前に入部届を出したという男子と共に部長に出迎えられた。
「君が顧問に入部希望を伝えてきたっていう子か。 もう5月やけど、 映画研究部はいつでもウェルカムや」
その部長の気さくな言葉に、 淳太朗の不安は少し和らいだ。
部長は部員の大部分が揃うと皆の前で淳太朗たちを紹介し、 「じゃあ、 この子たちに簡単な自己紹介と、 好きな映画でも言って貰おかな」と言った。
人前で喋るのが苦手な淳太朗だったが、 不安よりも自分の存在を受け入れて貰えるかもしれない期待のほうが勝っていた。淳太朗は拳に力を込めた。
もう一人の生徒が名乗ってハリウッドの有名作品の名前を挙げると、 部員たちから拍手が起きた。 そして、 淳太朗の番が回ってきた。 部員たちの視線が淳太朗に向けられる。
「えっと、 蓬ヶ丘西中から来た羊田淳太朗です。 好きな映画は『死神館のささやき』です」
「……」
部員たちは、 一瞬の沈黙の後、 「今の知ってるか?」とでも言うように顔を見合わせた。
「あの、 その、 『死神館のささやき』と言っても、 去年リメイクされた奴じゃなくて昔ので……」
そう続けた淳太朗だが、 部員たちは「えっ? もしかしてウケ狙い?」と言うような視線を彼に向ける。
教室に流れた気まずい空気を払拭するように、 部長は「いや。個性的やねえ」と話を切り出した。
内向的な人間は、 得てして自分に向けられるマイナスの感情には人一倍敏感になるものである。 淳太朗も例外ではない。
淳太朗は周囲の目から逃れるように顔を伏せると、 そのまま教室から飛び出していった。 「ちょっと、 君!?」と部長が引き止めようとするのも聞かずに。
(あかん……皆に引かれた……やっぱり、 ここでも僕の好きなものを理解してくれる人なんていないんや……)
廊下を足早に歩きながら、 淳太朗は頭の中でそう繰り返した。
それから数十分後、 淳太朗はふたたび先ほどの教室へと向かっていた。 やはり、 部に入ることを止めることを部長や、 もしかしたら居るかもしれない顧問に伝えなければと思い、 勇気を出して戻ってきたのだ。
教室の前まで来たとき、 「今日帰って何か映画観んの?」「えー?普通、 こんな新入部員が入ってきた日に観いひんやろ」という部員たちの会話が聞こえてきて、 彼の足が止まった。
ここの人たちも、 スボーツや恋愛の会話に夢中になる「普通」の人たちと変わらないのか。
やっぱり、 僕みたいな奴は、 皆の輪の中には入れないんや―――
そう考えた時、 彼は目の前に自分を阻む門が現れたような、 足を泥濘に踏み入れたような感覚に囚われ―――気が付いたら、 再び教室から遠ざかっていた。 彼が戻ってきたことに気が付いた部長が「あ、 これから皆でワクドで歓迎会するけど来いひんの?」と言ったのが微かに聞こえてきたが構わなかった。
あても無く廊下を歩いていた淳太朗は、 A棟の第4教室の前で、 中から何やら声が聞こえてくるのに気がついた。
(何やろう……こんな所に人なんているんかな……)
と淳太朗が思っていると、 中から「こうなったら、 意地でも5人目の仲間見つけたる!」と叫んで旋一が飛び出してきた。
扉の前にいた淳太朗と目が合ったかと思うと、 旋一は「この際、 お前でもええわ!」と淳太朗の手を掴んだ。
抵抗を試みる間もなく、 淳太朗は教室の中に引き込まれた。
(つづく)
現実に私立高より公立の方がガラの悪い生徒が多いと言いたいわけではなく、あくまでこの世界の人間(の一部)がそう考えているというだけです。