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#7 彼らは咀嚼する

今回の中心人物→謙司、貫太

 4時間目が終わり、 昼休み。 謙司は足早に廊下を歩いていた。

 高校生がこの時間に急ぎ歩く理由は決まっている。

 昼食を求めているのだ。

 桜野高校では許可を取ればコンビニ等で買った食事の持ち込みも可能であり、 普段は謙司もそうしていたが、 ある日クラスメイトから「食堂の味噌カツ丼が美味い」という話を聞いて試しに食堂に足を向けてみたのである。


 昼休みが始まってほどなくして教室を出たので、 謙司はまだそれほど人は集まっていないだろうと思っていたが、 食堂の前まで来て彼は自分の認識が甘かった事を知った。

 すでに食堂の中には多くの生徒が集まっており、 券売機の前には上から見たら黒い波のように見えるほど(中には茶髪の者もいたが)生徒が押し寄せていた。

 慌てて謙司も食券を求める列に並ぼうとしたが、 後ろから来たひときわ小さい人影が素早くその前に入った。


「真?」


 首尾よく列に並んだ真に向かって謙司が言った。


「ああ、 何や、 謙司か」

「その……ええんか? 今抜かしてったの、 どう見ても上級生やけど」


 軽音楽部で先輩に丁寧に接していた真の姿に、 剣道という礼を重んじる世界を経験した謙司はある種のリスペクトを感じていたのだが。


「ああ、 謙司は食堂(ここ)は初めてか。 ええか、 ここは戦場やねん」

「戦場」

「人気のあるメニューはすぐに無くなるから、 ああして上級生も下級生も関係なくみんな我先に券売機に並ぶんや」


 真がそう言う間にも、 券売機には先を争うように何人かの生徒が並んでいった。 厨房の様子からして、 いくつかのメニューがすでに売り切れているようだった。


「だから、 謙司もここでは礼の精神は捨てることや」

「お、 おう……」


 券を持ってカウンターへと向かう真を見送りつつ、 謙司は慌てて券売機の列に並んだ。

 厨房のおばちゃんが真に、 「もっと沢山食べんと大きくなれへんで」などとベタな事を言いつつ丼を大盛りにしている間にも、 メニューは売り切れていった。

 そして、 謙司がようやく券売機のボタンに手を伸ばそうとしたその時、 無常にも、 味噌カツ丼どころかメニューらしいメニューがすべて売り切れた事が告げられたのだった。



 結局、 謙司が買ったのは購買で売れ残っていた餡パン一つだけだった。

 別段大食漢でもない謙司だが、 彼も成長期の男子である。 この程度で腹が満たされるはずもない。

 かといって、 彼にも(一応)良家の育ちとしてのプライドがある。 おいそれと誰かに食べ物を恵んで貰うわけにはいかなかった。

 浮かない顔をして廊下を歩いていると、 背後から太い声が届いた。

 貫太だった。


「おう、 ちょっと中庭まで行くから付き合わへんか?」


 謙司が貫太と共に中庭まで行くと、 貫太はベンチに座って鞄から大きな弁当箱を取り出した。

 蓋を開けると、 その見た目通りに飯もおかずも一般的なそれよりかなり多い弁当が姿を現した。


「自分で作ってんのか? それ……」

「アホか。 中学の頃はな、 オカンが部活のためにいつもこういう弁当作ってくれてたんや。 で、 野球してへん今でも、 作らんと寂しいとか言って、 時々こうして作ってくんねん。でも、 こんなんクラスの連中に見られたら何か恥ずかしいから、 今みたいに中庭に食いに来てるっちゅう訳や」

「そっか……」


 そう落ちついた口調で言った謙司だが、 その眼に少し寂しそうな、 かつ羨ましそうな色が浮かんだのを貫太は見逃さなかった。


「お前はそんなんで足りるんか? 身体作りは飯からやぞ」


 貫太は謙司の手の餡パンを見ながら言った。


「足りるわけないやろ、 こんなん」

「じゃあ、 何でもっと食べへんねん」

「……親父がさ、 もしどうしても桜野高(ここ)に通うのなら弁当も作らなくていい、 昼食代も出す必要はないって母さんに言ってさ。 (うち)は基本、 親父の言う事は絶対やから……」

「やからって、 別に飯をそれだけで済ますことはないんと(ちゃ)うか? 小遣いくらいはあるやろ」

「……別に、 家が少し金持ちやからって、 皆が親にたくさん金貰えるわけ違うから。 俺はたぶんお前らと変わらんよ」


 そう謙司は言った。 その少し強まった口調に、 貫太は謙司がかつて何度も周囲からそんな偏見を向けられてきたのだろうと察した。


「スマン。 何か悪いこと聞いてもうたな」

「止めてくれや。 そんな謝られると、 何か余計惨めになってきそうや。 こっちこそ、 何か愚痴みたくなって悪かったな」


 謙司は落ちついた口調でそう言ったが、 貫太には彼が寂しさを押し殺しているように感じられた。


「そう言えば、 今日は相棒は一緒ちゃうんか?」


 貫太は話題を切り替えるように言った。


「(相棒って何や……)ああ、 旋一なら……」



 時間は少し遡り、 謙司が食堂へと向かった頃。 教室内で、旋一は弁当箱を開いた。 決して大きくはないものの、 ウインナーや卵焼きなどの具が揃った効率よく栄養の取れるような弁当だった。


「旋ちゃん、 今日()オカンに作ってもらった弁当かあ?」


 旋一の弁当を見た級友が、 からかうように言う。


「ちゃうわ。 やからこれは俺の作った弁当やって何回も言うてるやん」

「ホンマかいな」


 あくまで明るく返した旋一に、 冗談かと思ったのか級友も軽く答えた。

 彼の去っていく背中を見送りながら、 旋一は(ホンマに俺が作ってるんやけどな……)と心の中で呟いた。

 幼い頃から両親が仕事で家庭にいる事が少なく、 さらに、 下に妹と双子の弟たちを持つ長男である犬塚旋一は、 自分で料理を作る術を身に付けざるを得なかったのだった。

(つづく)



「軽音楽部で先輩に丁寧に接していた」→2話参照。


P.S.学食のメニューは普通こんなにあっさり売り切れないような気もしますが、ここはリアリティよりストーリー展開を優先しました。

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