#6 僕らのミッション
今回の主要人物→旋一、謙司、貫太、真
「まだ三人全員には名乗ってへんかったな。 俺は鹿野真。 今日は練習のない日やけど、 軽音楽部に入ってる」
真は、 改めて貫太も含めた三人の前で名乗った。
「おう、 俺は馬路貫太。 知ってっかもしれんけど野球やってた。 よろしく」
貫太は、 「新しい仲間を紹介する」と言われて来たのがこの一瞬女子と見紛うような風貌の少年だった事にやや戸惑ったものの、 その力強い自己紹介に同じく元部活ガチ勢らしい威勢の良さで返した。
放課後、 四人は校舎の踊り場に集まっていた。 彼らは旋一と謙司以外みな別々のクラスなので、 四人で活動する時はこうしてどこかで一度集まらなければならないのである。
「やっぱ、 どこか拠点を決めといた方が集まりやすいな」
旋一が言った。
「それはそうかもしれんけど、 どこにすんのや」
謙司の疑問に、 旋一は「空き教室とかあるやろ」と返した。
ご多分にもれず、 桜野高校も近年は生徒数の減少によりいくつかの空き教室が生まれている。
他の二人が「空き教室か…」などと言い合う中、 謙司は「でも、 部活でも委員会でもない俺らに教室なんて貸してくれるか?」と疑問を呈した。
「そんなん、 何か上手い事言ったらええやん。 正式に許可取ったら秘密の場所っぽい感じせえへんやろ?」
「やろうな」
謙司は仕方ない、 と言う表情を浮かべた。 冒険心を漲らせている時の旋一には彼が何を言っても無駄なのである。
「とりあえず、 A棟の第4教室を誰も使う奴おらへんか職員室で聞いてみよ」
A棟の第4教室は一年の教室の並びに最も近い空き教室である。
「でも、 誰が職員室に聞きに行くねん」
そう言った謙司に向かって、 旋一は、
「そら、 お前しかおらへんやろ」
と肩を叩いた。
(まあ、 何かそんな気はしとったけどな……)と謙司は思った。
謙司は職員室に入ると、 学年主任の多古の元に向かった。
「A棟の第4教室?ああ、 当分の間使う予定はないよ。 でも、 あんな教室何のために使うんや?」
多古は訝しげに謙司を見た。
「え……と、 自習……です」
「……まあ、 君は真面目やから変なことにはならんと思うけど、 使うのは30分くらいにしとけや。 最後は元の状態にして戻すように」
謙司が皆の元に戻って教室を使えるようになった事を伝えると、 三人は小さくガッツポーズをした。
旋一が教室の扉を開けると、 要らなくなった机や椅子が無造作に置かれていた。
(成程、 ほとんど物置状態になってたわけか……)と、 謙司は多古が訝しげな顔をした理由を理解した。
「何か、 これやと雰囲気が出えへんな」
「これ動かすんか?」
旋一の言葉に謙司がそう言うと、 旋一は「心配せんでも、 俺らには体力バカがおるやん」と貫太の肩をポンと叩いた。
「バカ……って、 俺か?」
「頼むわ、 俺らの拠点のためやん」
やや釈然としない表情を浮かべながらも貫太が机を運び出すと、 続けて謙司にも、
「ほら、 謙司も」
さらに続けて、
「ほら、 真も」
『いや、 お前も手伝えや』
全員からの突っ込みを受けて、 旋一もしぶしぶ机を運び出した。
やがて、 机と椅子が動かされて、 教室の前面に小さな空間が出来上がった。 四人で座れるくらいの広さはありそうである。
「こうしてると、 昔、 河原にあったトタンとかで秘密基地作ってた事思い出すな。 河原で見つけたエロ本とか持って入って」
積まれた机を背もたれ代わりにした旋一が言う。
「エロ本持ってるのがたまたま歩いてた近所のおばさんにバレそうになった時、 俺に押し付けようとしたのはどこの誰やったかな」
謙司の言葉には答えず、 旋一は貫太に「貫太は基地とか作ったことあんの?」と振った。
「え? ま、まあ、 公園に段ボールで……」
「ショボっ」
「しゃあないやろ、 高学年になってからはずっと野球野球やったんやから」
「じゃあ真は?」
「えーと、 使われてへん炭焼きの小屋に入ってたかな……」
「野生児や、 野生児がおる」
「う、 うっさいわ!」
真がムキになって否定すると、 その勢いにつられて四人は笑い合った。
「何やかんやでこんな話、 蓬ヶ丘の連中とやなかったら出来んかったかもしれんな」
そう言って、 旋一は謙司の方を見た。
「まあ、 大京と違って自然だけはあるからな……」
その後も、 彼らは皆で談笑を続けた。
時が経ってもまだ明るく射し込む陽射しが、 彼らが入学したときよりも少しだけ夏が近づいたことを物語っていた。
そして、 その明るさは彼らの感覚を狂わせてしまったのである。
「そう言えば、 大分経った気がするけど今何時や?」
そうして腕時計を見て謙司は青ざめた。
「おい、 もう5時回ってるぞ」
すでに多古に言われていた30分を大幅に過ぎていた。 いや、 さらにそれ以上の問題が待ち受けていたのだ。
「下校時刻まで、 あと30分もないやん。 しかも、 その前に教師が見回りに来るから……実質、 20分あるかないかくらいやんけ」
「おい、 それまでに部屋元に戻せるんか?」
さすがの旋一と貫太も、 慌てながら言った。
急いで部屋を片付けようとした三人の耳に、 一つの声が届いた。
「お前ら、 ゴチャゴチャ言うなや」
『真?』
「ここは俺が片付けるから、 お前らは早く帰れや」
「でも、 お前一人で大丈夫か?」
そう聞いた旋一に、 真は「俺なら平気や」と自信ありげな口調で言った。
それを聞いた旋一も、
「よし、 じゃあ任せたで。 今度、 女子校の学園祭に連れてったるからな」
と真の肩を叩いて力強い口調で言った。
部屋を去る間際、 三人は真がこちらを向いて微笑むのを見た……ような気がした。
「本当にあいつ一人にして大丈夫なんか? どうせ残るんやったら、 俺か貫太の方が……」
校門の方に向かいながら謙司が不安げに言った。 当然ながら、 教室が片付かなければ彼に最も責任が振りかかるのである。
「あいつは大丈夫やと思うぞ」
と貫太が言った。
「そうか?」
「お前も剣道やってたんなら、 運動するのに体格差がどれだけ有利に働くかは分かるやろ。 やのにあいつはさっき、 あの体で俺たちと変わらないくらい仕事してたんやから根性あるぞ」
その言葉に、 謙司は真が軽音楽部で旋一と揉めた時のことを思い出した。
「フッ……そう、 奴の強さは戦った俺が一番良く知っている」
そう少年漫画のライバルキャラめいたことを言って、 旋一は不敵な笑みを浮かべた。
(まあ、 真に負けそうになった奴が言ったら説得力あるかもな……)と謙司は思った。
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帰宅後。 謙司は気になって、 真に「教室の片付け、 大丈夫やったか?」とメールを送った。
真からは、 「吹部や軽音では、 毎日のように練習する教室のセッティングしてるから。 あれくらい余裕や」というような返事が帰ってきた。
謙司は胸を撫で下ろすと同時に、 旋一の事を思った。
あいつはふざけてばかりいるように見えるけど、 何だかんだで周りを見てるというか、 人を見る目はあると思う。
事実、 今日も自分たちを上手く動かして結果的に拠点を手に入れたのだ。
それが、 旋一が生来持っている気質なのか、 それとも彼の家庭環境から培われた力なのかは謙司には分からなかったが。
(つづく)