#58 僕の居場所
今回の中心人物→淳太朗
今話は #8&9「彼の居場所」の後日談なので、出来れば先にそちらを読んで頂けるとより楽しめるかと思います。
文化祭も終わり、 桜野高校の周りも少しずつ秋の気配に包まれてきた。
三年生は受験や就職の対応に追われ、そうでない者たちも来るべき進級のことを考え始め、 校内は今まで以上に慌ただしさを増してきていた。
そんな中、 淳太朗はひとり廊下を歩いていた。
文化祭で真たちのステージを観てから――いや、 さらに遡ると杏香が踊る姿を観たあの夜から、 淳太朗の心には熱いものが燃え始めていた。
本気で好きな物に打ち込む人は、 何て格好いいんだろう。
自らの何よりも好きな物を考えると、 それは結局のところ「映画」だった。
まだ何が出来るかも、 部活の皆と上手くやって行けるかも分からないが、 映画に関わる「何か」がしたい。
その熱い思いに突き動かされるように、 淳太朗は再びかつて逃げ出した映画研究部の活動場所に向かっていた。 向かっていたのだが……
すでに、 顧問に部に戻る旨は伝えた。
だが、 活動場所の教室に近づくにつれて、 あの最初に部活に行って自己紹介をした時の苦い思い出が蘇ってくる。
そうしているうちに足がすくんでしまい、 淳太朗は活動場所近くの廊下の前で行ったり来たりする事を繰り返していたのだった。
そんな時、
「おーす、 淳太朗」
と言う声が飛び込んできた。
彼をそう呼ぶ者は、 ごく僅かしかいない。
「あ、 旋一……」
と言い終わる前に、 淳太朗は腕を掴まれて「拠点」へと連れて行かれたのだった。
「拠点」へと行くと、 旋一は用意されていた椅子へと座り、 やはり淳太朗を向かい合った椅子へと座らせて言った。
「あんな所をウロウロして何かあったん?」
「いや、 あの……もう一回映画研究部に入り直したいと思ってたんやけど……」
「映画研究部?」
旋一と一緒にいた謙司が、 立ったまま聞いた。
「うん、 何か、 文化祭の皆の様子を見てたら僕も何かに真剣に打ち込みたいって言う気持ちになって……。 それで、 僕の好きな事って言うたらやっぱり映画やから……」
「何か、 体育祭をきっかけに運動に目覚めてスポーツとかを始めるっぽい流れと違た?」
と、 旋一が言った。
「もちろん運動も少しずつ出来るようになって行きたいけど、 一番好きな物って言うたら……」
「ええやん映画研究部。 応援するで」
と、淳太朗に茶々を入れた旋一を遮るようにして謙司が言った。
「でも、 何でそれであんな所をうろついてたん?」
再び淳太朗の前に顔を向けて旋一が言った。
「それは……ほら、 最初に旋一たちのとこに来た時、 僕は部活の自己紹介で滑って逃げてきてもうてるから、 いざ部に入ろうとするとやっぱどうしても気まずくて……」
「だーい丈夫やって。 ほら、 逆上がりみたいなモンや。 最初はキツくても、一旦出来てしまうと後はどうって事無いモンや」
「誰でも逆上がりが出来るって言う前提で言うのやめてくれる…?」
珍しく睨みつけるようにして言う淳太朗に、 旋一は「あっはい……」と頭を下げた。
そんな旋一を退かすようにして、 「でもなあ、 淳太朗」と謙司が言った。
「お前は一度は逃げ出した所に、 自分から戻って行こうとしてるんや。 そんな人間を少なくとも俺は臆病やとは思わへんぞ。 やから、 今はしんどくてもきっと乗り越えられるんと違うかな」
「……」
そう言えば、 以前のラジオドラマの時も一度は逃げ出したけど、 結局は戻って来て最後までやり遂げた事を淳太朗は思い出した。
「うん、 頑張って行ってみたいと思う。 僕はみんなみたいな凄い所とか無いし、 まだ何がやりたいかもよく分かってへんけど……」
「いや、 俺は映画の事とかよく分からへんけど、 前旋一が言ってたように、 俺らの歳で周りに流されへんと自分だけの好きな物を持ってるって凄い事やと思う。 俺は自分が本当にやりたいのが何なのかまだよく分かってへんからな。 やから、 そんなお前ならきっとやりたい事も見つかると思う」
「……」
その謙司の言葉を聞いて、 淳太朗はスクッと椅子から立ち上がった。
「ありがとう。 僕行ってみるわ」
「よっしゃ。 フレーフレー淳太朗」
と言う旋一に謙司が、
「今日はお前は何もやってへんやろ」
と突っ込む。
「……でも淳太朗、 何かまだ浮かへん顔してんな。 もしかしてまだ何か心配事があるんか?」
と続けて謙司は言った。
淳太朗は、
「……やっぱ隠せへんか。 ほら、 僕って今まで映画観てた時ってずっと一人やったから……他の誰かと一緒に映画観た時に、今までみたいに楽しめへんようになるかもって不安で……」
と言った。
「ええ? 映画って大体何人かで観るもんちゃう?」
と言う旋一を「お前の基準で語んなや」と押しのけると、 謙司は言った。
「それは俺にも分からへん。 でも、 最初は不安やったり嫌やったりしても、 やってみると楽しい事って結構あると思う。 ……俺も、 どっかのアホにいろいろ連れ回されて、 最初は何やコイツと思ったりしたけど、 今振り返ったらそれも結構楽しかったりするねんな」
「……」
それを聞いて淳太朗は思い出した。 あの映画研究部から逃げ出した日、 旋一に無理矢理拠点に引き込まれた事、 強引に「蓬ヶ丘同盟」の一員にされた事、 でも、 旋一たちと過ごし始めた毎日は楽しくて、 いつしか掛け替えのない友達になっていた事……
「よしっ」
と言って、 淳太朗は深呼吸をした。
「大丈夫? 映画研究部やってるトコまで一緒に行こか?」
と旋一は言ったが淳太朗は、
「ありがとう。 でも、 もうホンマに大丈夫やから」
と言って「拠点」の扉を開けた。
淳太朗は教室の前まで行くと、 緊張を抑えるように再び深呼吸してゆっくりと扉を開けた。
教室の中では、 あの時と同じように部員たちが机を並べて座っていた。
淳太朗は座っている面々を見回した。 当然ではあるが、 大部分はあの時にいた者たちだった。
「えーと、 君は……ああ、 今日から来るって先生が言うてはったた子?」
と、 その中の一人が言った。
「はい」
「あれ? もしかして君、 前一回来て逃げてった子と違う? 」
胸の鼓動が早くなる中、 淳太朗は言った。
「は……はい、 そうです」
「ふうん……名前は何やったっけ?」
淳太朗の緊張の度合いが高まった。 あの時の事を非難されるかも、 罵倒されるかも分からない。
だが淳太朗はしっかりとした口調で、
「羊田淳太朗です」
と続けた。
「そうやったな。 ……で、 何で一回逃げたのにまた来ようと思ったん?」
とその部員は聞いてきた。
その目を見て、 あの時自己紹介した時の苦い経験が蘇ってきた。
胸の鼓動がさらに早まり、 手から汗が出そうになる中、 淳太朗は言った。
「やっぱ、 何かに真剣に打ち込むのってええなって思って、 ここで皆と何かやりたいと思って戻ってきたんです。 やっぱり、 僕は映画が好きやから……」
その淳太朗の目を見た部員は言った。
「そうか。 まあ入って来。 映画研究部はいつでもウェルカムやから」
それを聞いて、 自分が部に来たあの時の言葉を思い出した淳太朗は、 少しだけ安堵した。
が、
(そうや、 皆にも挨拶せんと……)
と思い、
「この前は逃げてごめんなさい。 やっぱりまた皆と活動したいと思って、 帰ってきました」
と、 周囲を見渡して言った。
そんな彼に、 「誰やっけこいつ?」「ホラ、 前に自己紹介の時、誰も知らんような映画紹介してた奴ちゃう?」という目が向けられる。
(まあ、 やっぱそんな簡単には打ち解けられへんか……)
と思いながら、 淳太朗は先の部員に示された席の方へと歩いて行った。
席に座ろうとすると、 横から「君、 前に自己紹介の時に○○を好きって言うてた羊田君やんな?」
と声を掛けられた。
振り向くと、 それは彼が逃げ出した時に一緒に入部した生徒だった。
「この前の休みの時、 たまたまTVであの映画やってたから観てみたけど結構おもろかったよ」
それを聞いた淳太朗は少し微笑みながら、
「うん、 そうやろ」
と言った。
――一歩踏み出した先に待っているのは、 きっと悪い事だけじゃない。
そう思いながら、 淳太朗は席へと着いた。
(つづく)
「杏香が踊る姿を」→#42「羊田淳太朗の冒険」
「以前のラジオドラマの時も」→#14「僕らの声が繋がる時②」




