#57 彼の一番長い夜
今回の中心人物→真、こずえ
文化祭最終日の夜。
店を片付ける生徒たちの声が響く中、 真は校庭を歩いていた。
桜野高校では文化祭最終日に限り、 出し物の片付けのために夜まで生徒が自由に活動する事を認めている。
それが、 「後夜祭」的な雰囲気を醸し出していて、 多くの生徒を惹きつけていた。 文化祭そのもの以上に、 この夜の雰囲気を楽しみにしている生徒も少なくない。
そう、 そして、 こんな夜だからこそ男女間のあれこれを進めるのに絶好のチャンスなのだった。
それは、 真にとっても例外ではない。
ある教室で行われていた軽音楽部の打ち上げの時。
皆が文化祭の余韻に酔いしれている中、 真はこずえを呼び寄せ、
「伝えたい事があります。 ○時に例の場所で待っていて下さい」
と、 声を掛けていた。
こずえの答えは、 ゆっくりと頷きつつ「分かった」。
そして、 真はこうして待ち合わせの場所に向かっているのだった。
――ついにここまで来た。
いよいよ今夜、 俺は先輩に想いを伝える。
その事を考えると胸が締め付けられるようになり、 「あれライブの人やんな」という周りの声も聞こえなくなるような緊張感に襲われてくる。
かつて、 女子に話し掛ける時に感じていたのとは全く異質な緊張感。
当然と言えば当然の話だ。 今までの先輩への想いが報われるのか、 これで決まるのだから。
「想いを伝えるのは、 利栖先輩に見合う男になってから」とか言ってたけど、 結局のところ、 今まで先輩に想いを伝えてなかったのは単に怖かっただけなのかも知れないと、 少し震える手を見ながら真は思った(ここまでになった方が告白に成功する確率が高くなるかも知れない、 という下心があったのも確かだが…)。
そんな事を考えながら歩いていると、 真は前方に知った顔を見つけた。
「ああ、 旋一、 まだおったんか」
と真は声を掛けた。 旋一だけでなく、 貫太と淳太朗も一緒である。
「こんな夜やったら、 ワンチャン女子に話しかけたら仲良くなれるかと思って歩いてんねん。 謙司は塾があるって言って帰りよったけど」
と旋一は言った。
「俺は彼女がいるから、 付いて歩いてるだけやけどな」
「僕も旋一に連れられて……」
と、 貫太と淳太朗も言った。
「で、 出会いはあったんか?」
と真は言った。
「いや、 それは……」
と言う旋一を見て、 お察しという奴やなと真は思った。
そうしていると、 出しぬけに旋一が言った。
「なあ、 お前、 俺が部活見に行った時のあの先輩に告るつもりなん?」
真は何も飲んでいないのに思わずむせそうになった。
「な、 なんでお前がそれを知ってんねん」
「何かお前が隠してる事ありそうやから、 鈴木に、 あいつが狙ってる3組の○○さんの極秘情報を教えてやるって言って聞き出したんや」
「鈴木は……というか、 お前はなんでナチュラルにその子の情報を知っとんねん」
「それはキギョーヒミツってやつや」
旋一はそう言うと、 他の二人と共に真の周りへと集まった。
「こう言う時は、 ドンと行ったれ。 結果がどうなっても、 俺がまた犬塚スペシャル2を作って待っといたるから」
と旋一は言った。
「『絶対に上手く行くわ』とかちゃうんかい……。 というか、 2って何やねん」
「ええか、 恋愛って言うのは駆け引きとか言うけど、 もし告白するって言うんなら、 押して押して押しまくる事や」
まるで、 この文化祭でひとつ大人の階段を登ったように、 貫太も得意な顔でアドバイスしてきた。
「ライブ観たけど、 あんな凄い演奏できる真やったら、 きっと上手く行くと思う……」
と淳太朗も言った。
「うん、 あんま根拠の無い励ましやけどありがとう、 淳太朗……」
などと言いつつ、 真は思った。
多分、 多分やけど、 最初に会った時の淳太朗は、 文化祭の日にこんな夜遅くまで残るキャラでは無かった気がする。
淳太朗も、 そして他の連中も、 この文化祭を通して自分の中の何かが変わっていったのだろう(いや、 旋一はあまり変わってない気もするが…)。
それに比べて、 こんな所でモジモジしてる自分はダサいな、 と思う。
俺も、 こいつらに負けない自分でありたい。
そして、 こいつらに誇れる自分でありたい。
「よっしゃ、 行くか」
と、 真は頬を叩いて気合を入れた。
『よし、 行ってこい!』
と、 旋一と貫太が(文字通りに)真の背中を押した。
「ほら、 淳太朗も」
と、 旋一が促す。
「僕もやんの……?」
「いや、 背中押すだけやから。 別にジャーマンスープレックスしろとか言うてるんちゃうんやから……」
戸惑う淳太朗に、 旋一は言った。
「え……えいっ」
と、 淳太朗も背中を押した。
三人の視線を背中に受けながら、 淳太朗は再び、 先ほどまでよりも少し力強い足取りで歩き出した。
そう、 今感じたように、 俺はずっと目一杯背伸びして先輩と並んでも恥ずかしくないような自分になりたかった。
最初に先輩に会った時のダサい自分のまま、仮に先輩と付き合ったとしても、 きっとそんな自分は許せなかっただろう。
突き詰めれば、 今まで部活やなんやらを頑張ってきたのも、 女子とまともに話せるようになりたいと思ったのも、 根底にはダサい自分を変えたい、 格好よくなりたいという思いがあった。
もしかしたら、 そうやって考える事で、 告白するのを恐れているのを誤魔化しているだけなのかもしれない。
だが、 今の真はさっきの三人との絡みを思い出すと、 無限の勇気を得るような思いになるのだった。
そして、 真はついに約束の場所へとたどり着いた。 部活帰りにいつも通った、 そして二人が最初に出会った場所である校庭に。
真が待ち合わせていた場所に向かうと、 すでにこずえが立っていた。
夜に彼女の姿を見た事が無かったわけではない。
だが、 電灯とほのかな月明かりに照らされるその姿は、今まで見たどの姿よりも美しく見えた。
こずえは時間を潰すような動きも見せずに、 静かに立っていた。
その姿は、 これから起こるであろう事をすべて理解している事を伺わせた。
真はこずえの前に出て「遅くなってすみません。 ……先輩」と言うと、 大きく息を吸って言った。
「初めてここで会った時から、 ずっと好きでした。 ……それで、 ぶっちゃけて言うと俺と付き会ってほしいです」
永遠に続くと思われた―――実際にはわずかの間だったのだろうが―――沈黙の後、 こずえは口を開いた。
「……聞くけどさ、 私もうすぐ東京に行く人間やで?」
真が小さく頷くと、 こずえはさらに続けた。
「その事を鹿野君に黙ってたような奴やで?それでもええの?」
真が力強く「はい」と言うと、 こずえは口を開いた。
「……うん。 鹿野君の心からの気持ち、 はっきりと伝わったわ。 心して受け止めます。」
本当に? 本当に自分と先輩が付き会えるの? 夢じゃなくて?
そう思うと、 嬉しさなのか、 それとも緊張感が途切れたからなのか、 真はフラフラと地面に倒れ込んだ。
まだ信じられないと言うような顔をして地面に倒れる真の腕を持ってこずえは引き起こした。
「しっかりしてや。 真くん」
「あ……ありがとうございます先輩」
「もう。 彼氏になったんやから先輩は無しやで」
「ウ……ウス……」
付き合う事になってから初めて見るこずえの顔は今までにも増して可愛く美しく、 真は顔を赤らめた。
「もう、 しっかりせんと、 東京に行ってもっと格好ええ人に合うたら、 そっちに転んでしまうかもしれへんよ」
そう言って、 こずえは冗談っぽく笑った。
「……」
どうやら、 付き合う事になってからも、 まだまだ先輩は格好良くて、 少しミステリアスな憧れの先輩のままなんやろうなと、 真は思った。
そう言えば、 旋一たちにもこの事を伝えんとあかんなと真は思った。
これから何が待っているかは分からないし、 彼氏として何が出来るのかもまだ分からない。
でも、 これからも、 先輩と一緒に並んでも格好悪くないような男でありたい。
そう、 真は改めて思った。
*
*
*
それからしばらくの後、 真からのメールを受け取った旋一は言った。
「アイツ告白に成功したって。 所々字ぃ間違えてるし、 文章も何か変やけどメール来たぞ」
「ホンマか。 やリよったなあアイツ」
旋一の言葉を受けて、 貫太も言った。
「でも、 あの先輩ってもうすぐ東京の大学に行かはるんやろ? そっちで別の男作ったらどうすんねん」
「縁起でも無い事言うたるなよ……真なら、 先輩に見切られたりせえへんよ……多分」
と言った後で貫太は、
「というか、 アイツの方こそ心変わりする可能性が……1ミリくらいはあるかも知れん」
と言った。
「そうなん?」
「やって、 元々素材は悪くない上に、 今回のライブで大活躍したわけやろ。きっと、 これから一杯女子が言い寄ってくんぞ」
「なるほどなあ。 ……モテるって言うんもいろいろ大変なんかもなあ……」
(つづく)
「犬塚スペシャル」→#28「男が階段を登る時①」
※旋一は別にストーカーとかしてたわけじゃ無いですよ(笑)




